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とある中学校の三年三組の教室。帰りのホームルームを終えた頃、クラスの中心的人物である花咲華は教室内に戻って来るなり叫んだ。
「まじでやばい! みんな帰るの待って! やばいから!」
花咲の言葉はあまりよくわからない。やばいしかないからだ。しかしクラス内で目立つ彼女の声を聞いて、無視できる生徒は少なかった。
「私のサイフ、なくなったの! ちゃんと貴重品として預けてたのに!」
やばいとは紛失のことだったようだ。
このクラスでは朝のホームルームに担任が貴重品を預かる。大きな巾着にひとまとめにして、教室内の金庫に入れる。金庫には鍵がかかっており、鍵を持っているのは担任と副担任だ。そして帰る前に金庫を開けて返品する。
過去に教室内でなんらかの問題があったのだろう。それを警戒しての対策だ。
「なんでか私の財布が返されなくて、さっき丹波先生に聞いたの。そしたら『最初からそんなの預かってなかったんじゃないか』って。だから誰か、私が財布を先生に預けているところ見てない?」
貴重品預かりは毎日のこと。毎日の習慣になると細かな記憶もあやふやになりがちだ。とくに記録も取らないため、担任である丹波は花咲の勘違いではないかと言ったらしい。
「わたし見てたよ。細川君のあとに花咲さんが並んで、その後に先生が持つ巾着に入れてたよね?」
女子のクラス委員である平が言った。日頃真面目で信頼のある平の証言なので、疑うものはいない。その次に視線が集まったのは、話にあった細川だ。
「俺も覚えてる。俺が財布を巾着に入れた時、花咲が後ろに並んでた。巾着に入れるとこまでは見てねーけど」
細川からの証言。これで花咲の勘違いではなくなった。そして盗難事件である可能性が高まった。
そうなるとクラスで一番腕っぷしが強い郷田が黙っていない。郷田は以前から花咲に好意がある事を隠さず、格好をつける機会としたようだ。
「つまり盗まれたってことかよ。花咲、その財布にはどれくらい入ってる?」
「今日志望校に書類取りに行くから、その交通カードと受験対策の参考書買うための二千円」
「なんだその額。しょぼ!」
「額じゃないし! おばあちゃんに買ってもらった財布だし!」
「相変わらずおばあちゃん子だな。確かピンクのラメラメのやつだっけ。前に俺の財布と一緒に貴重品袋に入れたとき、俺の財布までラメラメになってたぞ」
「いーでしょラメぐらい!」
花咲は派手な見かけに反しておばあちゃん子だ。なので金銭よりも財布がなくなった事の方がつらいらしい。
「細川君! 私の財布細川君の財布の中にまぎれ込んだりしてない?!」
「どんだけミニ財布使ってんだよ。俺の財布こんな小銭入れだぜ」
細川は財布を改めて見せる。それは黒の革で出来た、カードも入らないような小さなものだった。巾着内で大きな財布の中に小さな財布が入ってしまった、というのも考えにくい。
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