三年三組の見えない探偵

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「桂木君、音楽室ははじめて行くよね。案内したげる」 昨日の被害者である花咲が、なんてことのないような顔をして転校生の桂木に話しかけた。桂木は一度は断ろうとするが、その前に花咲がささやく。 「昨日の推理をした探偵、桂木君でしょ」 そのささやきに桂木は男子にしては細い体をこわばらせた。しかしすぐ愛想笑いを浮かべて否定する。 「違うよ。昨日の騒ぎは野次馬みたいな気持ちで一緒に見てただけだから」 「実はあのチャットルーム、他のSNSサービスのアカウントと紐付けしてて、管理者である私にはどれが誰の発言かわかるんだよねー」 「えっ?」 ここで桂木は大きく反応してしまう。そしてすぐさまそれを後悔した。花咲は無邪気な笑みを見せている。 「いや紐付けは嘘なんだわ。本当にあれは素性がわからない愚痴吐き場にしたかったから。本当は教卓からだと生徒側がよく見えてさ、スマホであんな長文書き込んでるとかなり目立つよ。だから長文書き込んでた人にカマかけてみた。まさか一発でひっかかるとは」 スマホで長文を書くとなるとその様子は音がなくても目立つ。それで花咲は書き込みしたらしい生徒に声をかけ、カマをかける。そうして桂木はまんまとひっかかった。 見えない探偵は桂木だったのだ。 「あれだけかっこいいことしたんだから、名乗ればいいのに」 「……かっこよくはないよ。受験で大変な時なのに、逆にクラスを混乱させてる」 「私ら女子からしてみれば情報盗み見され続けるよりはよっぽどいいけど。一部の男子は受験がどうだって文句言ってるけど、女子は桂木君に感謝するからモテモテになれるよ?」 音楽室に向かう集団から離れながら、密かな会話を続ける二人。花咲は質問ばかりして、桂木は騒がれたくはないと淡々と答える。 「なんでそんな隠すの?」 「僕の父が人殺しだから」 その中の、やはり淡々とした答えに花咲は大きく目を見開いた。 とんでもない隠しごとをしていたから彼は無記名でしか謎を解けなかったのだ。 そしてこれ以上絡まれるのが面倒になり、事情を語る。これで怖がって花咲は話しかけてこないはずだ。いいふらされたらそれはそれで構わない。派手な事をしてしまった自分が悪いのだから。 「だからもう構わないで。目立つわけにはいかないんだ。推理ができたって、そんなの人殺しの子供だからだって言われるに決まってる。実際、僕は人殺しの血を引いているんだから」 それだけ言って桂木は先を歩く。しかしその背を花咲が掴んだ。 「だから?」 「え」 「だから何だって聞いてんの。桂木君のお父さんと桂木君は違うじゃん。私だっておばあちゃんが自慢だけど、すごいのはおばあちゃんであって私じゃないしすごくなれるかもわからない。あ、うちのおばあちゃん看護師してたんだけどさ」 「話、脱線してる。それに自慢になるおばあちゃんと犯罪者のうちの父親じゃ話が違う」 「とにかく、桂木君はまったく気にする必要はないしすごい奴だよ! それでもって私は桂木君の嫌がる事はしたくないから秘密は守る!」 花咲の話は強引だった。ここで騒がれて噂が広まってしまう方がまだマシと思えるほどに、やっかいな事を言い出している。 「あのチャットルーム、残しとくね。もしまた桂木君が言えないような事があったら書き込んでみてよ」 「もう書き込まないよ。目立つわけにはいかないんだから」 「自分でそう決めたからって、誰にも話を聞いてもらえないのは辛いよ。まるで自分が存在していないみたいなかんじなんだから」 花咲華はただの感情的なだけの少女ではないのかもしれない。 桂木樹はそれを少しだけ意外に思って、この後再びチャットルームに書き込みする事になる。 見えない探偵はその後もチャットルームに現れたのだった。 END
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