11人が本棚に入れています
本棚に追加
「ああ、さっそく鬼鍋にするべえ。いやあ、ほんと鬼の肉なんて久しぶりだなあ……ジュルリ…」
「いやあ、想像するだけで生唾が溢れてくるだよ……ヘヘヘヘ…」
一方、まるで〝安達ヶ原の鬼婆〟が如き出刃庖丁を煌めかせた奥さんの登場に、村長を筆頭とした村人達は全員、私を見つめながら涎を啜り始めている。
皆、私のことを食材としてしか見ていないのだ……私はずっと人間を食料として見てきたが、自分が食物として認識されるのは初めてだ……。
「さあさあ若い衆、この鬼を台所に運んでくれ。新鮮な内にさばいて、血抜きをしなきゃ味が落ちるべ」
「へい! みんないくぞ? よっこらせっと!」
予想だにしなかったこの展開に、驚きと恐怖に支配された私の動かぬ身体を、村長の呼びかけに若い男衆が持ち上げ、再び戻る奥さんについて台所へと運んでゆく。
「味が落ちないようシメずに調理するから、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね。すぐに美味しい鍋にしてあげるから」
そして、巨大な俎の上に仰向けに寝かされた私を見下ろし、変わらぬ朗らかな笑顔を浮かべた奥さんが、大きく包丁を振り上げながらそう声をかける。
泣くことなどもう何百年ぶりだろう……動かせぬ身体同様、閉じることもままならないその瞳から、私は一筋の涙を流した……。
(泣いた鬼 ※注 感動しない方向です 了)
最初のコメントを投稿しよう!