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泣いた鬼(※注 感動しない方向です)
大正七年、世間は相変わらず大正デモクラシーに沸いていた……。
特にこの年は米騒動なんかも起こり、社会・経済的には不安定であったものの、爵位を持たない非華族出身の原敬が内閣総理大臣となり、〝平民宰相〟ともて囃されるなど新しい時代の到来を予見させる出来事とも相まって、さらにその自由・平等な気風に拍車をかけていた。
都市部の街には〝モボ〟・〝モガ〟なるこの時代を謳歌する若者達が現れ、都会的な享楽の文化を欲望のままに花開かせている。
そのおかげで賑やかな街には獲物にする人間も増えてよりどりみどりだが、近代化した都会はむしろ、私が仕事をするのには不向きな場所だ。
人の眼がある上に武装した警察やら軍隊やらが厳しく治安維持を行っているし、何か騒動を起こせば瞬く間に噂が広がって、とにかく目立ってしまう。
下手をすれば古に伝わる〝酒呑童子〟の二の舞だし、そうでなくとも長らく一つの町に留まることはできないだろう……。
だから、人の数は少なくとも、辺鄙な片田舎の方が私にとっては好都合だったりする。
都市部とは対象的に、田舎の村はいまなお前時代的な暮らしを続けており、閉鎖的で公的な治安維持機構の影響も少なく、中で何か起きても外に漏れるまでに時間がかかる……私の狩場としてはもってこいだ。
とはいえ、そんな田舎にも問題がないわけでもない。
閉鎖的な村は他所者を受け入れず、外部の人間に対して警戒心が強い。事を起こせば即疑いをかけられ、やはり長居はできなくなるだろう。
まずはこの警戒心を解きほぐし、なんとか中に入り込まなくてはならない。
そこで目をつけたのが、立身出世の野望を抱く若い世代や、何か産業を興して村の近代化を図ろうとしているリーダー層だ。
思案した末、私は「鬼瓦煎餅の工場を作り、村の特産品にしよう」と嘘の事業を売り込む作戦を思いついた。
その指導兼共同経営をする実業家として、村人達の信頼を得ようというのである。
そうして信頼を獲得して受け入れられれば、外部からは隔離されたこの生簀の中で私は好き放題に獲物を喰らうことができるって寸法だ。
ああ、〝喰らう〟とはどういう意味かって? それは読んで字の如く、文字通りの意味である。
そう……私は〝鬼〟。人を喰らって生きる〝鬼〟なのだ。
もっとも普段は獲物を油断させられるよう角や牙は隠しているし、ばっちり白いスーツを着込んで実業家風の格好をして、鬼辻夢三なんて名乗っていたりするのだけれども……。
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