咎なきもの、人を殺める

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咎なきもの、人を殺める

「私の婚約者、古関恂也は刑事事件の弁護士を目指しながら、契約社員として働いていました」  蘭奈は女性の姿の『私』を前に、婚約者の死について語り始めた。 「私と知り合った時、ちょうど彼は二度目の司法試験に落ちた直後で落ち込んでいました。……ですが私が彼の夢を応援したいと告げると、心機一転して勉強に身を入れ始めました」 「つまりあなたは結婚を急いではいなかった……ということかしら」 「はい。私は彼が納得するまで見守ろうと決めていたので……でも、彼の方はなんとか形だけでも思っていたようです。男としてのプライドかもしれません。収入が少ない中、どうにかして結婚資金を作ろうと焦り始めたのです」 「それで叔父さんの所へ無心しに行った?」 「ええ。でもあっさり断られてしまったようです。殺人が行われたのは、無心を断られたというメールがあってから数時間後のことでした」 「彼しか合鍵を持っていない状況で、叔父さんは施錠された部屋で殺害された……たしかそうでしたね?」 「はい。合鍵を彼が作っていたというのも、彼の遺書にあった記述でした。遺書がもし、他人による偽造ならそもそも彼は合鍵を作っていなかった可能性もあります」 「つまり叔父さんを殺害した人物は、彼を犯人に仕立て上げるためにわざわざ、犯行現場を密室状態にした上で、犯行に及んだと」 「たぶん。……でもそれを立証するには、どうやって殺害を実行したのかを警察に説明する必要があります。私にはその方法は思いつけませんでした」 「普通に考えたらそうでしょうね。……でも『サイマーダ―』なら容易に実行できるわ」 「ということは部屋の外から、その……『超能力』で?」 「それ以外、あり得ないわ。でも立証するのはたぶん、無理。犯人を特定するところまでしかできないと思うわ」 「じゃあ、彼の無念をどうやって晴らせばいいんです?」 「冤罪の立証は私にはできない。でも、真犯人に罪を告白させて復讐の手伝いをすることならできる」 「復讐というと、つまり……」 「そう。『鋼鉄の仲人』に依頼をするということはすなわち、真犯人を殺すということよ」 「殺す……」 「『サイマーダ―』は単なる実行犯で、直接、被害者に恨みはないはず。探すのは奴らに殺害を依頼した人物よ。その上で、実行したマーダーにも鉄槌を下す。それが私のやり方」 「じゃあ、被害者の身辺を洗って、叔父さんを恨んでいた人を見つければいいんですね?」 「そういうこと。私も調べてみるけど、あなたの協力がなければ復讐は成功しない。……お願いできる?」 「つまり復讐の……いえ、殺人の協力をするってことですか」 「もちろん、あなたが罪に問われないよう、細心の注意を払うわ。それが嫌なら今すぐ依頼を取り消すこと。……どう?」  私が顔を覗きこむと、蘭奈は俯いてしばし押し黙った。そして割り切ったように一つ、うなずくとやおら顔を上げ、私の目を見つめた。 「……お願いします。彼の無念を晴らしてください」 「わかったわ。じゃあ早速、明日から調査を始めましょう」  私は蘭奈の手を取ると、強く握りしめた。
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