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闇芝居の主役、黄泉より来る
「恂也に殺害された……ことになっている、叔父の古関泰三は外食チェーンで成功した元調理人で、相当な個人資産を有しているという話でした。泰三と敵対していた人物は多いのですが、殺すほど疎ましく思っていた可能性があるのはこの人だけのようです」
そう言って蘭奈が私に見せたのは、年配男性の写真とプロフィールだった。
「南田宗太……これも外食チェーンの経営者ね。商売敵というわけですか」
「はい。……でもそれだけではありません」
蘭奈はいったん言葉を切ると、覚えた事柄をそらんじるようにゆっくりと語り始めた。
「二人は若い頃、同じ老舗料理店で修業をしていたのですが、宗太が独立した時、新たにオープンする店のメニューや店構えを考案したプランナーを、泰三が引き抜いたのです。そして宗太が計画していた物と寸分たがわぬ店を、一足早くオープンさせたそうです」
「それはちょっとひどい話ね。あなたの婚約者の叔父さんだから、悪くは言えないけど……」
私が口ごもると、蘭奈は「いえ、私もそう思います」と頭を振った。
「やっとの思いで開店にこぎつけた宗太の店は、風評被害がもとで立ち行かなくなりました。後でわかったことですが、その風評は、泰三の店で働いていた学生が面白半分に流した物でした」
「なるほど、不幸な偶然もあったにせよ、恨みがつのってしまうのも致し方なしというわけね。……でもそこから一足飛びに殺し屋を雇うっていうのも唐突な話ね」
「はい。私もそう思って引退された刑事さんや、闇社会に詳しいジャーナリストの方にうかがったところ、一人の人物の名前が浮かび上がってきました。殺し屋ではないのですが、闇社会と繋がりがあるといわれる弁護士です」
「弁護士?」
「はい。相当な切れ者らしく、やくざが隠れ蓑として経営しているブラック企業の訴訟をたくさん手掛けているそうです」
「その人物に、宗太が頼ったと……?」
「両者の間に面識があったらしいことは、すでにわかっています。わからないのは、どういう経緯で殺害というリスクの大きい復讐方法を選んだか、です」
「なるほど、いくら何でも弁護士が殺人を薦めるなんておかしいものね」
私が率直な疑問を口にすると、蘭奈は「私もそう思います」と頷いた。
「それで私が考えたのは、宗太ではなくこの弁護士に接近してみるという方法です」
「弁護士に?」
「ええ。私が資産家の娘に成りすまして、「事業を邪魔する奴がいる、どうにかしたい」と相談を持ちかけるのです。もし殺し屋の斡旋を始めたら、この弁護士こそが殺害計画の首謀者ということになります」
「なるほどね。……でも危険だわ」
「危険は承知の上です。……でもこうでもしないと、彼の死の真相には近づけない気がして……」
「じゃあこうしましょう。その「邪魔な奴」の役を私がやるわ」
「えっ……」
私が口にした提案がよほど意外だったのか、蘭奈は目を見開いたまま、絶句した。
「ただしその役は私の『夫』にやってもらう。そしてこの姿の私は、あなたの友人役でその弁護士に近づく……どう?」
「それは……」
「あなたはただ、ひたすら『彼』を憎む言葉を吐く。そして『私』はあなたのことを案じるそぶりを見せる一方で、だったらいっそ、殺してしまった方がいいわと焚きつけるの」
「そんなことをして大丈夫なんでしょうか。あなたも、あなたの『ご主人』も」
「どっちも私だから問題ないわ。一緒に姿を現すことは残念ながらできないけど。……あくまでも私の狙いは、その弁護士がサイ・マーダーと接触するかどうかよ。あなたは『私達』夫婦には構わず、その弁護士を相手に資産家のお嬢さんを演じてくれればいいの」
私はまだ不安げな表情を浮かべている蘭奈の手を取ると「私を信じて」とウィンクした。
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