獲物と狩人の晩餐会

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獲物と狩人の晩餐会

「二名で予約の新宮寺だけど」  蘭奈が滑らかに偽名を口にすると、長身のフロアスタッフが「承っております。お待ちしておりました」と恭しく頭を下げた。 「……私、こんな会員制のお店なんて初めてよ」  私は世間知らずの友人になり切って、蘭奈に囁いた。『プロメテウス』は会員制の高級レストランで、南田宗太に殺人をもちかけたとされる弁護士、黒羽礼次郎の行きつけの店だった。 「こちらへどうぞ」  通された奥のテーブル席は照明が部分的に落とされ、それなりの高級感を醸し出していた。 「見て、あそこ」  生ハムのサラダを口に運びながら蘭奈が口にしたのは、フロアの一番奥のテーブルだった。 「あいつよ。あの左側の色の白い男」  蘭奈に促されて目を向けた私は、黒羽とおぼしき人物の風貌を見た瞬間、本能的に身構えていた。如才ない笑みの下に、ただならぬ悪意が潜んでいるように思えたからだった。  私はすぐさま、どういう角度から攻めれば効果的かを画策し始めた。こういった手合いは往々にして自信があだとなることが多い。ならばとことん付け入らせて、敵が勝利を確信したのを見計らって逆襲に転じるのがベストかもしれない。  私があれこれ奸計を巡らせていると、ふいに黒羽がこちらを向いた。私と相手の視線が空中で勝ち合い、私は思わず顔を伏せかけた。  ――気づかれた?  黒羽は私の表情から何かを感じ取ったのだろうか。ならばこの機会を逆に生かしてやろう。私は蘭奈に「はじめるわよ」と囁いた。 「ところでその、あなたのビジネスを邪魔しに来るって人だけど、そんなにひどい人なの?」 「人なんて生易しいものじゃないわ。目的のためなら手段を選ばないハイエナよ。もし許されるなら――」  そこで蘭奈は言葉を切り、フォークを皿の上に置いた。かちんという硬質な音が空気を震わせ、私は内心でほくそ笑んだ。 「――殺してやりたいくらいよ」 「……ちょっと、あんまり過激な事言わないで」 「本気よ。できるなら自分の手でやってるわ」  私は息を殺し、背後の気配をうかがった。誰かが私たちのやり取りに固唾を飲んで聞き入っているのが、背中を向けていてもわかった。私は『今の身体』になってから、周囲の人間が放つ気配をレーダーのように感じ取れるようになったのだ。 「……だけど、無理。あいつは猜疑心の塊で、金に糸目をつけずに最高級のセキュリティやボディガードを揃えているの」  そこまで言うと、蘭奈は目だけを動かして私の方を見た。私が目で「いいわ」と促すと、蘭奈は頷いて口を開いた。 「――ああ、私に相手を呪い殺す能力でもあればなあ」 「ちょっと、やめてよ。丑の刻参りでもするつもり?」  私がたしなめると蘭奈は「ねえ、あなた霊能力者か何か知らない?お金ならあるわよ。……たしかあなた、留学したいって言ってたわよね」 「もうやめて。そんな知り合い、いるわけないじゃない。お酒も飲んでないのにこれじゃ、目が離せないわ」  これでよし。最初の撒き餌でうまく行くとは思えないが、印象づけることだけでもできれば――私が思った、そのときだった。 「失礼ですが特殊な能力を持つ人間を、お探しですか?」  いきなり背後で低い男性の声が聞こえ、私たちは同時に「えっ」と声を上げた。振り向いた私たちの前に立っていたのは、口元に笑みを湛えた黒羽だった。 「突然、お声がけする失礼をお許し下さい。お話が聞こえてしまったので、つい……」  黒羽はそういうと、慇懃に頭を下げた。怪しさがある種の品に見えるのは才能だろう。 「私は弁護士をしている黒羽といいます。失礼ですが、そちらのお嬢さんは――」  黒羽はそう言うと、大胆にも蘭奈の方に身を乗り出してきた。 「どなたか、殺したいほど憎い方がいらっしゃるのでは?」  蘭奈は黒羽に対しいったん警戒するような素振りを見せた後、おずおずと頷いた。 「もし、通常の方法ではどうにもならないほど悪質な人間がいて、どうにかしたいという事でしたら――」  黒羽はそこで背筋を伸ばすと、不気味な間をこしらえた。 「――ささやかながらこの私が、お力になれるかもしれません」
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