侵入禁止は秘密の呪文

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侵入禁止は秘密の呪文

 黒羽は建物が影を落とし始めた街路を、落ち合った女性と肩を並べて歩き始めた。私は人目を避けるように右左折を繰り返す二人を、一定の距離を置いて尾行した。やがて、二人は逢瀬に似つかわしくない、奇妙な場所で足を止めた。  ――こんな場所で一体、何を?  私は二人が見える距離で、物陰に身を潜めて様子をうかがった。黒羽たちが足を止めたのは、改装中のビルの前だった。作業はしておらず、人気のない建物をしばらく眺めていた二人は、やがてうなずきあうとにブルーシートの隙間から中へと侵入を始めた。  改装中のビル――どう考えてもカップルが入っていく場所ではない。仮に片方が弁護士だったとしても、不穏な臭いをぬぐえないロケーションだ。私は二人の後を追うべく薄闇の中、ブルーシートの隙間から建物内へと足を踏みいれた。  私が侵入したフロアはロビーのようなだだっ広い空間で、まだ内装も終わっていない様子だった。私はざらつく足元を気にしつつ、フロア内を歩きまわった。  資材らしきパネルが隅の方に詰まれている以外、何もないフロアを一周すると、私は立ち止まって天井を仰いだ。壁には四つほどドアがあるが、いずれも施錠されているようだ。  ――ここに入っても先へは進めない。……いったい、どこへ消えた?  間仕切りもないこの空間に、二人もの人間が身を隠すスペースはない。手詰まりになった私はため息をつくと、床の上を丹念に調べ始めた。やがて、私の目が床の一点に釘付けになった。それはよくある埋め込み式の電源タップだった。中央の開閉スリットはテープのような物で塞がれ『使用禁止・触るな』と警告らしき文字が記されていた。  配線もされていないフロアに不似合いな眺めに違和感を抱いた私は、テープを剥がすとコインをスリットにはめて回転させた。  ガチン、という音と共にタップが持ちあがった次の瞬間、すぐ傍に積んであったパネルが自動で横にスライドし、その下から地下へと続く暗い階段が姿を現した。 「なるほど、こういう仕掛けか。それでパネルがずれ込む側の床に埃がなかったんだな」  私は意を決すると二人が消えたと思しき穴の中へ足を踏み入れていった。三メートルほどの階段を降りきると、突然、頭上でモーターの駆動音がして天井が塞がれた。 「まいったな、閉じ込められちまった」  私が呟くと今度はいきなり照明が点き、短い廊下と突き当りを塞いでいるアルミ製らしい扉が浮かび上がった。
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