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覗き屋は鼠の罠にかかる
私は短い廊下を気配を殺して進んでいった。私はアルミの扉の前で足を止めると、徒っ手を掴んだ。音を立てぬようそっと引くと、施錠されていなかったらしく扉が手前に数センチほど開いて中の光が漏れ始めた。
私はドアの隙間に顔を近づけると、存在を悟られぬよう慎重に中を覗きこんだ。
隙間の奥に見えたのは八畳間ほどの殺風景な部屋で、真ん中あたりにいやに小柄な人物が立っているのが見えた。
――子供?
こちら側に覗く横顔は少年と言っていいほど若く、私は思わず首をかしげた。
「なるほど、新たな依頼者が現れたので我々の力を借りたいと、そういうことですね?」
少年は視界の外にいる誰かに向かって語り掛けた。恐らく黒羽と女性に違いない。
「力を貸すのは構いません。が、その前に黒羽さん、依頼者の身元をよく確かめましたか?」
「どういうことです?」
黒羽の訝しむ声が聞こえ、少年のような人物はふっと笑うとこちらに背を向けた。
「敏腕弁護士ともあろうものが、ずいぶんと用心が足りないようですね。……そこで聞き耳を立てている君!姿を現したらどうです?」
気づかれた!少年が背を向けたまま発した言葉に、私は思わず扉から飛び退った。
『僕に用があるなら、こそこそ探っていないで堂々と入ってきたまえ」
私ははっとした。最初の声こそ普通の呼びかけだったが、続く第二声は違う。直接、私の頭の中に呼びかけてきたのだ。
――あの少年、『サイマーダ―』か?
私はドアに背を向けると、踵を返して階段の方に戻り始めた。引き返すわたしの背を、少年のせせら笑う声が追いかけてくるのがわかった。
階段の下までたどり着いた私は、上を見上げてはっとした。そうだ、地下への入り口は階段を降り始めると同時に自動で閉ざされてしまったのだ。
私が絶望的な気分を噛みしめた瞬間、突然、モーター音が聞こえて天井が開き始めた。
「助かった?」
私は階段を駆け上がると、改装中のフロアに飛び込んだ。そのまま出口を目指そうとした私は、フロアの中央辺りで動きを止めざるを得なくなった。
――出口が……ない!
入ってきた時には確かに開放されていた出入り口が、いつの間にか積み上げられた資材の陰になっていた。私は外に出ることをいったんあきらめると、フロアの壁に設けられた扉を片っ端から改めていった。
……が、扉はすべて施錠されており、私は自分が建物の内部に完全に閉じ込められてしまったことを知った。
「あっはっは、そろそろわかったかい?名無しのお客さん。自分が袋の鼠だってことを」
嘲笑うような声と共に階段の下から姿を現したのは、先ほどの少年のような人物だった。
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