少年は堕天使の歌を歌う

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少年は堕天使の歌を歌う

「やはりサイマーダ―だったのか。ちょうどいい、お前さんには色々と聞きたいことがある」 「聞きたいこと…なんだろう?答えてあげてもいいけど、その前に名前くらい名乗ったら?」 「私は月上玲人。しがないバーテンだ」 「面白いね、バーテンさんが改装中のビルに何の用?ちなみに僕は令音(れね)。おじさんと名前が似てるね。会えて嬉しいよ」 「では質問に答えてくれるかな。あいにくとそう長く店を開けてもいられないんだ」 「……おじさんが床にはいつくばって虫の息になったら教えてあげるよ」 「ほう。……果たしてそううまくいくかな、坊や」 「いくさ。せいぜい心の準備をしておくんだね」  少年が不敵な笑みを浮かべた瞬間、私は上着の袖をまくり、『鋼鉄の腕』からワイヤーを引き出していた。どんな能力の持ち主であれ、サイマーダ―戦に油断は禁物だ。 「よかった、ただのバーテンじゃないんだね。じゃあ遠慮なく」  令音はそういうと、口を開けて何か歌のような物を口ずさみ始めた。催眠波か?私が身構えた途端、突然、目に見えない手が脳を鷲掴みにして揺さぶり始めた。 「ぐっ……うわああっ」  熱さとも痛みともつかない、脳が沸騰するような感覚に襲われた私は頭を抱えてその場にうずくまった。 「あっさりやられたところを見ると、まだこの力を持つ敵と戦ったことがないみたいだね。僕は超低周波から超高周波までのあらゆる音を出せる『天使の歌』が武器なんだ」  どうやら令音は歌を歌いながら喋ることができるらしかった。頭の痛みに必死で耐えていた私を、今度は心臓を掴まれるような感覚が襲った。 「がああっ」  床に倒れ込んだ私は、溢れだした鼻血の中に顔をつっ込んだ。私の脳裏にある考えが閃いたのは、ハンカチを出そうとポケットを弄った時だった。  ――そうだ。  私はやっとの思いで取り出したハンカチで血まみれの顔を拭うと、残った力を振り絞って立ち上がった。 「まだ立つだけの力が残っていたのかい。それじゃあそろそろ終わりにしてあげないとね」  令音がそう言った次の瞬間、私は床を蹴って令音に飛びかかった。 「――むっ?」  私は血まみれのハンカチを令音の顔に貼りつけると、ハンカチごと顔面にワイヤーを巻きつけた。 「……ぐっ……むぐっ」 「助けてほしければ、下にいる『依頼人』を呼ぶんだね」  わたしはそう言って令音から離れると、地下への入り口まで引き返した。
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