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黒衣の妻は闇を駆ける
「そこに隠れているお二人さん。早く上がってこないとあなた方が仕事を依頼した『プロフェッショナル』が死にますよ」
私はそう言い残すと身を翻し、もがいている令音に「外へ出るドアを開けるんだ」と言い放った。令音は苦しみながら端末のような物を取りだすと、表面をタップし始めた。
「――あっ、令音さん!」
ふいに声が聞こえ、振り返ると地下への入り口から黒羽が顔を出しているのが見えた。
私はドアが解錠された音を確かめると、まだのたうち回っている令音をその場に残して建物の外に出た。
ブルーシートの外に出て夜気に吹かれた途端 私は強い頭痛を覚えてその場にうずくまった。私は頭痛が収まるのを待って路地裏に潜りこむと、資材置き場の前で携帯端末を取りだして『救援』を呼んだ。
十五分ほどその場で息を整えていると、やがて一台のトレーラーがコンテナの扉をこちらに向けてバックで侵入して来るのが見えた。
「来てくれたか……」
私が近づくとそれを察したかのようにコンテナの扉が開き、中から二つの棺桶を積んだ小ぶりの馬車が姿を現した。
「あなた、身体をこんなにしてしまってごめんなさい。今、代わるからゆっくり休んで」
私は自分の身体に語り掛けると、棺桶の一方に歩み寄った。馬車の上で黒い馬を操っていたやはり黒づくめの『御者』は、顔を前に向けたまま「災難でしたな、奥様」と言った。
私は蓋の開いた空の棺桶に身体を横たえると、静かに目を閉じた。棺桶の蓋が閉じると、機械の立てる唸りが私の身体を包みこんでいった。やがて、私の意識は『夫』の身体を抜けて隣の棺桶で眠っている私本来の身体へと移動を終えた。
「あなたの身体が完全に治るまで、何とかこの身体で頑張ってみるわ」
棺桶から外にでた私は、隣の棺桶に口づけすると『御者』の背中に「主人を無事に屋敷まで送り届けてくれる?」と囁いた。
「承知いたしました。乗り物はどうなさいます?」
「私の愛車を使うわ。申し訳ないけど、あなたはトレーラーで戻って」
「わかりました。どうかお気をつけて」
私はコンテナの隅に置かれている衣装箱から黒いつなぎのライダースーツを取りだすと、素肌の上に直接纏った。
「さあ、お前たち、魔法の時間は終わりだ。元の姿に戻りなさい」
黒づくめの『御者』が言うと、黒い馬はモーターの駆動音と共に変形をはじめ、一台の大型バイクになった。
「それでは奥様、旦那様と一緒にお帰りをお待ちしております」
私は頷いてバイクに跨ると、エンジンをかけた。コンテナの床から地面に向かってスロープが伸び、私は肩越しに『御者』の方を振り返ると、「留守の間、主人をお願いね」と親指を立てた。
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