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小さな影の落とし物
「今度は手加減しないぞ、バーテン」
人物は左手を私の方に伸ばすと、口元に不敵な笑みを浮かべた。まずい、手持ちの武器が限られている状況ではこちらに勝ち目はない。私が攻撃の瞬間を見きわめようとした、その時だった。突然、人物が手をだらりと下げて身を捩り始めた。よく見るとコートのあちこちに火花が散っており、なにがしかの不調に見舞われたのは間違いないようだった。
「うう…身体が……」
人物はよろけながら二、三歩脚を前に進めたかと思うと、道路上に前のめりに倒れ込んだ。やはりサイボーグと超能力は相性が悪いのか、私がそう思った時だった。腹ばいの姿勢で倒れているコートの背が不自然に盛り上がったかと思うと、縫い目のところから一文字に裂け始めた。
何が起きているんだ?訝りながら成り行きを見ていると、突然、人物の背中がふたのように開き、中から二回りほど小さな人間が姿を現した。
――人間の中に人間が?
小さな人影は、どうやら裸の少女らしかった。少女は粘液のような物を滴らせながらゆっくりと身を起こすと、怒りを含んだ眼差しで私を見た。
――いや、この子が本体で今までの奴は入れ物だ!……だとすると。
「――死ねっ!」
少女はいきなり叫ぶと、私に向かって両手を前に突きだした。……だめだ、よけきれない!私は少女が放った念動波をまともに受け、背後に数メートルほど吹っ飛んだ。道路に頭と背中を嫌というほど打ち付けたわたしは、追い打ちが来ること本能的に予測した。
だが、しばらくそのままでいても少女がとどめを刺してくる気配はなかった。私が不審に思いつつ上体を起こすと、少女が再び元の身体に戻ってゆくのが見えた。
少女を中に収めた黒衣の人物はゆっくりと立ち上がると、私にくるりと背を向けた。
「命拾いしたな、バーテン。……だが今度会ったらこうはいかないぞ」
どこからかパトカーのサイレンが聞こえる中、人物はぎこちない足取りで私の前から去っていった。私は人物が残していった手首を近くのゴミ箱に隠すと、シャッターに背を預けたまま意識を失っている蘭奈に歩み寄った。
私は蘭奈を抱きかかえて目抜き通りへ移動し、通りがかったタクシーに「連れが泥酔してしまって」と嘘を言って蘭奈を預けた。
再び路地に戻ったわたしはゴミ箱を開けて手首を取り出し、ワイヤーを外し始めた。ワイヤーを外し終えてポケットに収めた瞬間、私は背後に人の気配を感じ、振り返った。
「へへ……そいつは何だい?旦那」
私の前でずるがしこそうな笑みを浮かべていたのは、一見してホームレスとわかる男性だった。
「なんだかわからないけど、いい物のようだな。旦那、金に困ってるわけじゃないんだろ?そいつをこっちに譲ってくれよ」
どうやら相手は私がゴミ箱から金目の物を見つけたと勘違いしたらしい。私はため息をつくと、「欲しければ持っていけ」と機械の手首を男性の前に放った。
「――わあっ、な、なんだこりゃあ!」
目の前に転がった物体が人間の手首とわかった瞬間、男性は腰を抜かして後ずさった。
「ひ、ひ、人殺しいっ」
男性は私を恐怖に満ちた目で見ると、そのままくるりと身を翻して一目散に逃げだした。
「……人殺しか」
私はできるだけ中が見えないような袋を探し出し、機械の手首を放り込んだ。そして留守番を押しつけてしまった常連客へのお土産を買うため、目抜き通りの方へと歩き出した。
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