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嵐の後の小さな嵐
蘭奈が再び私の店に現れたのは、悪夢のような夜から二日後の夕方だった。
「こんばんは」
「やあ。また歌いに来たのかい」
「ええ。……でも、その前に少しお話したいんですけどいいですか?」
来たな、と私は思った。どうやら夢を見たという落ちで片付けてはくれないらしい。
「いいよ。でも一応は客商売だし、何か注文してくれると有難いな」
「じゃあ、ノンアルコールカクテルを」
蘭奈はカウンター席に収まると、ギターケースを脇に置いて天板の上に頬杖をついた。
「バーテンさん、この前の夜のことだけど……あれって、私の気のせいじゃないよね?」
蘭奈は組んだ指に顎を載せると、私の顔を覗きこんだ。強いまなざしに射すくめられた私は、ふっと息を吐き出すと「夢ってことにしておいた方が良くないですか、お嬢さん」と答えた。
「私もできればそうしたいところだけど、このままじゃ不安で学校にも行けない気がするの。……ねえ、バーテンさん、私の後をつけてきたあの人、誰なの?」
「それについて話す前に、自己紹介しておこう。私の名前は月上怜人。バーテンでもいいが一応、名前も覚えておいてくれないかな」
「あら、私の名前と似てるのね。水と月か。……で、あの黒づくめの人は何者?」
「残念ながら正体まではわからない。私にわかるのは、奴が念動能力を使う超能力者だということだけだ」
「念動能力?……なんなの、それ」
「手を使わずに物を動かす力のことだ。気功みたいなものだと思えばいいいかな。念動波というエネルギーがあって、そいつを操る能力があるんだ」
「それでバイクが空を飛んだりしたのね。……でも超能力なんて、本当にあるの?」
「信じる信じないは自由さ。君自身が自分の見たものをどう考えるか、それだけだよ」
「うーん、そういう力があるのなら、確かに説明はつくけど……やっぱり信じられないな」
「それより、私にも一つだけ、質問させてもらっていいかな。……はい、できたよ」
私は蘭奈の前にカクテルグラスを置くと、できるだけ穏やかな口調で言った。
「質問?……ええ、どうぞ」
「あの人物は確かこう言っていた。「今、調べている物をそれ以上、追及するな」とね。よかったら、君が調べていることについて、刺し障りのない範囲で教えてもらえないかな」
私の問いに蘭奈は一瞬、躊躇するそぶりを見せた後「わかったわ」と言ってグラスに口をつけた。
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