酒場の主は墓所にて憩う

1/1
前へ
/19ページ
次へ

酒場の主は墓所にて憩う

「なんだい、もう閉めるのかい。今日は終電まで飲もうと思ってたのに」 「すみません、このあともう一つ仕事が入ってまして。……せめてものお詫びにラストオーダーは私からおごらせてください」  私はは常連客のためにとっておきの一杯をこしらえると、ハードロックのアナログレコードを棚から取り出した。この店ではラストナンバーは子守歌のようなスローなナンバーではなく、死者も墓から出て来かねないラウドなロックナンバーと決まっていた。  最後の客がドアの外に消えると、蘭奈が辺りを窺うような表情で姿を現した。 「ええと……終わったのかな?どこで待っていればいいですか」 「ビルの駐車場に黒いバイクが停めてあるから、その傍で待っていてくれ」 「バイク?」 「年代物だから見ればすぐわかるよ」 「マスター、バイク乗るんですね。意外だな」 「……バーテン歴よりバイク歴の方が長いんだけどね。愛車も私がバーテンになるとは思っていなかったろうさ。……ほら」  私がタンデム用のヘルメットを渡すと、蘭奈は目を丸くしながら店の外に消えた。  ――夜の住人から闇の住人へ、か。  私はネクタイを外すと、古ぼけたライダースジャケットの袖を掴んだ。               ※ 「さて、ご到着だ。乗り心地の悪いタクシーですまなかったね」  私がそう声をかけると、蘭奈は尻をさすりながら「でも楽しかったわ」と返した。 「ここが私のもう一つの職場だよ。……建物の一部を間借りしているだけだけどね」  そう言って私が蘭奈に示したのは、墓地と隣り合っているさびれた教会だった。 「ここが……月上さんって神父さんか牧師さんだったの?」 「残念ながら違う。私の職場はむしろ隣の墓地に近いかもしれない」  私は冗談めかした口調で言うと、怪訝そうに眉を顰めている蘭奈を教会の中へと誘った。 「うわあ、雰囲気ありますね。……でも人気がないとちょっと寂しい感じもしますね」 「まあね。日曜になればミサや説教もあるからそれなりににぎやかだけど、普段はこんなものさ。……それより私の仕事場はここじゃない。ここは大家さんの仕事場だよ」 「ここじゃない……?」 「そうだ。私の仕事場は、この真下さ」  私は説教台の向こう側に移動すると、オルガンの鍵盤をある旋律を奏でるように叩いた。すると説教台が音を立てて横に動き、人一人が下りられるくらいの階段が姿を現した。 「マフィアの隠し部屋みたいだけど、別に怖くはないよ。私の後に続いて降りておいで」  私はできるだけ穏やかな口調で言うと、呆気にとられたような顔の蘭奈を手招きした。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加