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酒場の主は墓所にて憩う
「なんだい、もう閉めるのかい。今日は終電まで飲もうと思ってたのに」
「すみません、このあともう一つ仕事が入ってまして。……せめてものお詫びにラストオーダーは私からおごらせてください」
私はは常連客のためにとっておきの一杯をこしらえると、ハードロックのアナログレコードを棚から取り出した。この店ではラストナンバーは子守歌のようなスローなナンバーではなく、死者も墓から出て来かねないラウドなロックナンバーと決まっていた。
最後の客がドアの外に消えると、蘭奈が辺りを窺うような表情で姿を現した。
「ええと……終わったのかな?どこで待っていればいいですか」
「ビルの駐車場に黒いバイクが停めてあるから、その傍で待っていてくれ」
「バイク?」
「年代物だから見ればすぐわかるよ」
「マスター、バイク乗るんですね。意外だな」
「……バーテン歴よりバイク歴の方が長いんだけどね。愛車も私がバーテンになるとは思っていなかったろうさ。……ほら」
私がタンデム用のヘルメットを渡すと、蘭奈は目を丸くしながら店の外に消えた。
――夜の住人から闇の住人へ、か。
私はネクタイを外すと、古ぼけたライダースジャケットの袖を掴んだ。
※
「さて、ご到着だ。乗り心地の悪いタクシーですまなかったね」
私がそう声をかけると、蘭奈は尻をさすりながら「でも楽しかったわ」と返した。
「ここが私のもう一つの職場だよ。……建物の一部を間借りしているだけだけどね」
そう言って私が蘭奈に示したのは、墓地と隣り合っているさびれた教会だった。
「ここが……月上さんって神父さんか牧師さんだったの?」
「残念ながら違う。私の職場はむしろ隣の墓地に近いかもしれない」
私は冗談めかした口調で言うと、怪訝そうに眉を顰めている蘭奈を教会の中へと誘った。
「うわあ、雰囲気ありますね。……でも人気がないとちょっと寂しい感じもしますね」
「まあね。日曜になればミサや説教もあるからそれなりににぎやかだけど、普段はこんなものさ。……それより私の仕事場はここじゃない。ここは大家さんの仕事場だよ」
「ここじゃない……?」
「そうだ。私の仕事場は、この真下さ」
私は説教台の向こう側に移動すると、オルガンの鍵盤をある旋律を奏でるように叩いた。すると説教台が音を立てて横に動き、人一人が下りられるくらいの階段が姿を現した。
「マフィアの隠し部屋みたいだけど、別に怖くはないよ。私の後に続いて降りておいで」
私はできるだけ穏やかな口調で言うと、呆気にとられたような顔の蘭奈を手招きした。
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