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生と死の二つの箱
「なんだかお化けが出そうな地下室ですね」
蘭奈の無遠慮な感想に、私は「まあ、お化けの棲家みたいなものだね」と返した。
礼拝堂の地下は貯蔵庫だったスペースを改造した空間だった。私はコンクリートの壁の前に立つと、蘭奈の方を向いて「ここが私のもう一つのオフィスだ」と言った。
「オフィス……ここが?いったいどういったお仕事をされているんです?」
蘭奈は問いを放つと、探るような目を私に向けた。それはそうだろう。得体の知れない相手と戦ったと思ったら、今度は教会の地下のアジトだ。警戒されて当然だ。
「これから説明するよ。少々、頭が混乱するかもしれないけどね」
私はそう前置くと、壁の隅にあるスイッチを押した。すると壁が左右に動き、隠し部屋が目の前に現れた。
「あっ……」
隠し部屋の壁に作りつけられたある物体を目にした瞬間、蘭奈が驚きの声を上げた。
「これがなんに見える?お嬢さん」
私は二つ並んで壁から突きだしている縦長の箱に目をやりながら尋ねた。
「……言ってもいいですか?棺桶に見えます」
おずおずと答えた蘭奈の両目は、恐怖というより好奇心に見開かれているようだった。
「その通りだ。これは棺桶だよ」
私が答えると、蘭奈は「どうして壁に立てかけてあるんです?それも二つ並べて」
私は一瞬、即答をためらった。この部屋の説明をする時は、決まって胸が苦しくなる。
「これはね、私と『妻』の棺桶なのだ」
「……奥さん?」
蘭奈はぎょっとしたようにその場に固まった。私の答えが想定外だったからに違いない。
「そう、私と妻だ。詳しいことは後で語るとして、ここからはもう一人の『私』が応対することになる。なにかと面倒だが、了承してもらいたい」
私はそう言うと、右側の棺桶の『ふた』を開けた。内部はがらんどうだったが、見えない部分に工夫があるのだ。
「あの……もしかしてその中に入られるんですか?」
「その通り。……この箱は、私の本来の棲家でもあるのだ」
私はそう告げると内側から『ふた』を閉めた。途端に周囲が闇に閉ざされ、無数の電子装置が起動する気配があった。私は棺桶――『鋼鉄の仲人』と接続され、次の瞬間、頭からつま先までを落雷のような衝撃が走り抜けた。
「――月上さん?」
蘭奈の叫び声が聞こえた時、すでに私はもう一つの棺桶の中に移動を終えていた。私は『ふた』を開けると、移ったばかりの身体をぎこちなく操りながら蘭奈の前に姿を見せた。
「えっ……あなたは一体……どなた?」
驚愕の表情を浮かべている蘭奈を前に、私は精一杯の笑みを浮かべて「はじめまして」と言った。
「私は月下氷人美。あっちの棺桶で眠っている男性の『妻』よ。毎晩、死んだ夫を操ってバーに立たせていたのは、私。そしてこの身体の時は死者と生者を結びつける冥界の仲人」
「死者と生者……冥界の仲人」
「そう。私たちを知る人は、私と夫を鋼鉄の仲人、アイアンコンシェルジュと呼ぶわ」
「アイアンコンシェルジュ……」
私は目を見開いて絶句する蘭奈に頷くと、喪服を思わせる黒いスーツの襟を整えた。
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