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死者を巡る取引き
私の本名は日下瞳美。夫とは三年前に知り合った。家を飛びだして夜の世界でその日暮らしの日々を送っていたところへ、たまたま仕事のお得意様に連れられてお店にやってきた夫と出会った。つき合い始めて一年後、私は夫からプロポーズを受けたけど、考えた挙句に断った。
代々続く名家の次男である夫とやさぐれた暮らしをしている不良娘。たとえ結婚できたとしても、越えなければならないハードルが多すぎてうまく行かなくなることは目に見えていた。
だが夫に家を捨てるとまで言われた私は、結局彼の申し出を受け入れることにした。
私と彼は私の仲間が経営する小さなレストランで、彼の数少ない理解者と柄は悪いが友情に厚い私の友人たちを招いてささやかな結婚披露パーティーを催した。
そして私たちが永遠の誓いを交わしている最中、大型のタンクローリーがレストランに突っ込んで何もかもがめちゃめちゃになった。
私はかろうじて一命を取り留めたが、彼を含む数名は即死に近い状態で運び出された。
絶望した私は自らの命も断とうと何度か自殺を試みかけた。そんな中、私を思いとどまらせたのはある人物からの呼びかけだった。その人物によると、夫は死者に近い状態ではあるが生きていて、努力次第では彼を死の眠りから呼び戻せるかもしれないとのことだった。
私はその人物に会うことにした。死のうと思っていた私に迷いなどあるはずがなかった。
※
「そんなことってあるんでしょうか」
私の話を聞き終えた蘭奈は驚愕の票用を浮かべたまま、かろうじてそれだけを口にした。
「信じられなければ信じなくてもいいわ。私にとっては事実、それは間違いない」
「……で、その人物って何者だったんです?」
「私も詳しいことはいまだに知らないわ。在野の科学者らしいという事しか……ね。その人から私に持ちかけられた取引は、こうだった。あなたとご主人に災厄をもたらしたのは『サイマーダ―』という超能力殺人集団だ。もしあなたが『サイマーダ―』を全滅させるかトップの人物を殺害してくれればご主人が復活する手助けをしましょう、と」
「そんな……生きからせることができるのなら、すぐしてあげたらいいじゃないですか」
「それが、そうもいかないみたいなのよ。私たちの結婚を邪魔した真犯人は『サイマーダ―』ではないらしいけど、彼らに殺害を依頼したことは間違いない、そう聞かされた私は一も二もなくその人物と契約を交わしたってわけ。『サイマーダ―』を全滅させるとね」
「でも見たところ、月下さんは普通の女性ですよね。どうやってその超能力集団と戦うんです?」
「あなたも見たでしょう?主人が『サイマーダ―』と戦う所を。実は夫の身体は脳を除いてほとんどが機械の身体――つまりサイボーグなの。そして私にはなぜか、超能力を感知する力がある。つまり、私が夫の身体を動かしている間は奴らと互角に戦えるってわけ」
「あの時の……そう言えば、バーテンの姿だった時は、敵と互角に戦っていた気がします」
どうやら蘭奈は私の語る突拍子もない話を、少しづつ呑み込み始めているようだった。
「じゃあ、今度はあなたのお話を聞いてもいい?」
「私の話を……?」
「そう。あなたの婚約者を容疑者に仕立て上げたのはおそらく『サイマーダ―』よ。誰に依頼されたのかはわからないけど、叔父さんって方を証拠を残さずに殺害し、あなたの婚約者を自殺に見せかけて完璧に葬ることができたのは、奴ら以外にありえないわ」
「でも、私の話には超能力者に関する手掛かりなんて、出てきませんけど……」
「なんでもいいから、覚えていること、調べたことを全部聞かせて。必ず連中に繋がる糸がみつかるはずよ」
私が強い口調で言うと、蘭奈は「わかりました」と頷き、意を決したように語り始めた。
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