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お風呂上がりのフルーツ牛乳
「ぷはぁ!」
右腰に右手を当てて、左手にはフルーツ牛乳。ごくごくと飲み干せば、おじさんチックな声が漏れる。水分を失っていた体の芯にゆっくりと染み渡っていく。色々なフルーツの味を牛乳がまろやかに混ぜ合わせてくれる。
「あぁー染みる!」
「本当に好きだね、それ」
髪を乾かすのに時間がかかっていた私を待っていた彼が笑う。彼の手には、私の飲めない炭酸ジュース。シュワシュワと喉に刺さる刺激が得意じゃない。でも、彼はそれが大好きらしい。
「フルーツ牛乳の美味しさに目覚めたら、人生もっと楽しいよ」
そう告げれば、怪訝そうな顔を隠そうともせずこちらを見つめる。目が合えば、少しだけ微笑んで炭酸を飲み込む。そして、おじさんのような声を出す。
「ぷはぁ。同じ言葉をそっくり、そのまま返すよ」
牛乳の飲めない彼は笑う。お風呂から上がったばかりの体が湯気を上げる。彼の体からもぷかぷかと温かい煙が立ち上っている。
「気持ちよかったね」
お風呂は確かに気持ちよかった。大きなお風呂に浸かるとどうしてこんなに気持ちがいいものなんだろうか。体をきれいにして温かいお湯に浸かって、心までもさっぱりした気分になる。
「そうだねぇ」
私の言葉に、彼も優しく同意してくれる。彼の表情は、何を考えているのか私にはもうわからなかった。
「じゃあ、帰ろうか」
彼の一言で、私たちのお風呂の時間が終わる。まだ、帰りたくないなという気持ちが、胸の奥でチリチリと燃える。けれど、そんなことを言えるわけもなく私の口からは素直じゃない言葉が放たれる。
「うん。じゃあ、バイバイ」
またね、がもう言えない関係になる。今日で最後。これで、最後。
「うん。バイバイ」
そう言って彼は手を振って、先をどんどんと進んでいく。私も手を振って彼を見送れば、彼は後ろ髪を引かれるように何度も振り返る。
今からやり直せば、間に合うのかな。見えなくなりそう……待って! そう思った時には、彼の姿は見えなくなっている。
不思議な喪失感が、胸を鷲掴みにする。自分の帰る場所へ、帰ろう。彼が行った道と反対方向に目を向ければ、後ろから彼の声が聞こえる。
「あのさ!」
「なに?」
素直じゃない私の言葉が、自分の言葉なのにとても憎らしい。
フルーツ牛乳みたいに、優しく包み込めればよかったのかな。
炭酸飲めるようになってたら違ったかな。
私には、優しさが足りなくて。
彼には、刺激が足りなかった。
「またね」
「うん! またね」
ただ一言なのに、嬉しくて涙が溢れた。いつか、また笑い合える日を願って前を見据えた。
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