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いちごりっぷ
ピンク色の可愛らしいイチゴのリップを先生が買ってきた。
「え、どういうことですか」
「美梨っぽくてつい」
照れながら眉毛を下げる先生はやっぱり、可愛らしい。リップを丁寧に開封して、匂いを嗅ぐ甘酸っぱいイチゴの香りがする。
「珍しいですね、プレゼントなんて」
浮気を疑う妻のようなことを言ってしまったが、そんなつもりはさらさらない。先生らしくないな、って思っただけ。
「いや、りんごっぽいなって」
「え、いちごですよこれ」
「え?」
私の手元のリップを覗き込みながら、先生が落胆したように笑う。パッケージのイチゴを指差しながら先生の目元へと突きつける。
「りんごだと思ったのに」
「ふふふ。先生らしいですね」
「浅間くんが……」
先生がそう言いかけたところで、ふと止まる。首を傾げていれば、リップクリームを手から奪い取られる。
「え、くれたんじゃないんですか」
「あげるよ。あげるけど」
はっきりしない物言いに、頭の上にはハテナが浮かぶ。リップクリームの蓋を先生の細長い指が優しくつまみ上げる。
先生の動作を見つめながら、思いを巡らせる。浅間先輩がまた、なにか余計なことを告げ口したのだろう。でも、ここ数日リップ関連の何かなんてなかったと思う。
「はい」
「ん?」
先生の言葉に、首を傾げれば先生の優しい手にリップを塗られる。
「ちゅってして」
言われた通りに先生の唇にキスを落とせば、先生の目は猫のように丸く広がっていく。
「違いました?」
「あ、いや、ほらなんだ、あの。女の人が口紅とか塗った時に、するやつ」
「あ、あぁあああ」
先生の言ってる意味を理解して、頭を抱える。キスをしてくれなんて先生から言われることは、確かにない。キスはしてくれるし、愛してくれるのは実感してるけれど先生から求められたことはない。
嬉しくなってしまってつい、キスを落としてしまったけれど先生が言っていた意味はリップを伸ばしてくれだ。
唇をキュッと閉じてリップを満遍なく唇に伸ばし込む。
「薄く色づいてキレイだね」
「ふふふ、ありがとうございます」
「浅間くんが、心配してたから」
「何かしてましたっけ私」
「時々、イラつくと唇噛んでるって……」
あぁ、私が無意識にしていた癖なのだろう。浅間先輩も先生も、過保護だと思う。年下だからしょうがないのだろうけれど。
「気を付けます」
先生から渡されるいちごのリップクリームを大切に大切にスーツのポケットへと押し込む。
「じゃあ、俺は続きでも書いてこようかなぁ」
「次は、いちごりっぷの君かなぁ先生?」
執筆に向かう先生の後ろ姿に意地悪な質問を問いかける。先生は振り返っていつものように優しく微笑みだけ残していった。
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