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苦く香るピーチ
「ゆうきさん!」
柔らかい落ち着いた声。一回りも離れた俺とあの子。少し大人びた雰囲気を纏い、ふわりと笑う少女。
初めて出会ったのは、あの子が大学4年生の夏。あの子は友達とはしゃぎながら大学構内を歩いていた。俺はその時、その大学の講師をやっている友人と歩いていた。友人のゼミの学生だったらしくすれ違い際に、友人があの子を引き留めた。
「佐藤さん。少しいいですか?」
「あ! はい! すぐ追いつくから先行ってて?」
そう言って友達を見送る。若さからくる元気なのか、もともと元気な性格なのか。眩しいくらいの笑顔で挨拶をされた。
「こんにちは! 初めまして、この大学の4年生で、佐藤 実紀です。よろしくお願いします!」
「こんにちは、坂本 有季です」
若さが少し眩しくて、元気さがとても羨ましく、そして好ましく感じた。
あの子の唇が優しく、俺の名前を呼ぶ。
「ゆうきさん」
それだけで、たまらなく愛おしくなって、苦しくなった。あぁ、大人らしくない。だとか、
余裕ないなぁだとか、考えながら、あの子の頭を撫でる。ふわりとピーチと苦い香りが混ざった匂いが香る。
「ん? どうしました?」
もしかして……と一瞬だけしかめた顔を見られてしまった。俺の知ってるこの子は、良い子だったはずだ。悪いことなどしない純粋ないい子なはずだ。
「もしかしてなんだけど、最近タバコとか、吸い始めた……?」
「少し……だけ」
言い淀みながらも、認める。あぁやはりか、この苦いピーチの香りは、タバコか。申し訳なさそうに、目線を下げながら指をクルクルと回す。
「何すってるの?」
優しく問いかければ、ふわっと笑ってタバコを出してくる。
「これ! ピーチの香りでね!」
と嬉しそうに、説明し始める。俺もタバコを吸うからあまり強くは言えないのだが、始めた理由を問わないことにはどうしようもならない。
俺の影響じゃないことが、腹立たしい。何に影響された。などときつく考えてしまう。独占欲なのか、俺のエゴなのか。
「なぁ、どうして吸い始めたの?」
また、言いづらそうに、口を開いては閉じては繰り返し、決心したように息を吸い込み話し始めた。
「怒らないで聞いてくれる?」
俺の不機嫌そうな雰囲気を読み取ったのか控えめに、でも真摯につぶやく。
「だいじょうぶだよ」
できうる限り、優しく温かく答える。傷つけないように、俺のエゴを悟られないように。少し不安そうな目で俺を見つめながら、ぎゅっと、俺の手を握って話し始めた。
「あのね、興味本位だったの。ゆうきさん、いつも吸ってるでしょう。それに、近づきたくて。ごめんなさい」
ふにゃり、と困ったように眉を下げるこの子がたまらなく愛しくて、困ってしまった。俺らは付き合っていない、特別な関係などではない。わかっているのに、錯覚してしまいそうになる。
「謝ることなんてないよ、そうだったんだね」
優しくもう一度頭を撫でて、微笑む。
「一緒に吸う?」
タバコを咥えて、火をつける彼女の仕草にめまいがした。
子どものつもりだった。大学生がそんなに子どもじゃないことも、わかっていた。だが、俺には、幼い子どものつもりだった。
「どうしたの?」
タバコを吸う姿は、美しい女性そのものだった。まだ、女の子であると思っていたのに。急な焦りと不安が、大きくなり心を埋め尽くす。
ぎゅっと俺の手を握りしめながら、彼女は不安そうにこちらを見つめる。
「大丈夫だよ。吸い慣れていてちょっとびっくりしちゃった」
笑いながら伝えると彼女は怪訝そうな顔をし、小さい声で呟いた。
「うそ」
どきりとした。彼女の真摯な視線が俺の目を貫く。
喉が渇き、体が熱い。
「そうやって笑うときは嘘ついてるときだって気づいてた?」
ちょっとイタズラっぽく笑いながら、煙を吐き出す彼女の唇に目が奪われる。あぁ、もう完敗だ。
「気づいてなかった」
「私、ずっと我慢してたけど、言っちゃダメだって思ってたけど、やっぱ、我慢できない」
彼女の頬が赤らんでいる。聞いたら、答えたらダメだと思った。理性に反して口が先に開いていた。
「好きだよ」
「な、なんで、私が言おうと」
顔を赤らめ、でも俺を見つめる彼女の目線に答える。今更、こんなに優しい目で俺のことを見ていたなんて気づくだなんて。彼女からタバコを奪い取り、微笑みキスを落とす。
「あーあ。隠すつもりだったのにな」
そう呟くと、少し嬉しそうに彼女は笑いながら呟きかえす。
「こうなれて、私は嬉しいよ?」
タバコからはピーチの甘い香りが漂っていた。
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