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癒し系ラフランス
付き合って2年、同棲して5年経つ彼はすごくおっとりしていて、私を苛立たせる天才だ。
彼の一言に毎回苛立ちが募る。
「ねぇねぇ、みほちゃん今日の夜ご飯は何が良い?」
おっとりした口調でご飯尋ねる彼に、やはり私は苛々とする。
「なんでもいい」
「そっかぁ」
私の言葉を絶対否定しない。そればかりか、行動はとても甘く優しくツンケンとしてる私の頭を撫でてくれる。
パソコンにかじりついてる私を横目に見ながらエプロンをつけて彼は台所へと向かう。
トントンと、野菜を切る優しい包丁の音が耳に遠く聞こえる。その音すらなんだか、イライラを募らせる。私のイライラは、MAXを100と設定すればきっと80まで来ているだろう。
「みほちゃーん。ホタテあったからさぁ、ホタテシチューでもいい?」
台所から少しボリュームを上げた彼の声が、響くが苛立ち故に無視をする。
無視した私に気づいたのか、聞こえてないと思ったのか、台所から顔だけこちらへと出してもう一度声を張り上げる。
「ホタテシチューでいいー? ねぇってば」
「なんでもいいってば!」
しつこく何度も問うてくる彼に、イライラは90を超える。きっと私の今の言葉は、鋭く尖っていただろう。
「ごめん」
聞こえるか聞こえないかの声で、パソコンに向かって呟けば彼は何事もなかったかのように温かい音を響かせ始める。
どれほどたっただろうか……いつのまにか私は、パソコンに熱中していたようで、鼻の奥を優しいクリームシチューの香りがくすぐる。
「おいしそうな匂い」
ポツリと溢れでた本音に、お腹も賛同するかのようになり始める。
「できたよー」
呑気そうな彼の言葉を、聞いてもイライラは湧いてこなかった。お腹空いた、早く食べたい。シチューばかりが頭を支配する。パソコンを仕舞い込み、配膳を手伝うために台所へ向かう。
「あれ、みほちゃん? 終わったの?」
「まだだけど……お腹すいちゃった」
「じゃあ、シチュー運んでね」
私たちのシチューは、珍しいかもしれない。友人たちと話していて、知ったが他の家庭はごはんにシチューをかけないらしい。私たちのシチューはもっぱら、シチューライスだ。
「今日も、おいしそうだなぁ」
「ふふ。愛情込めてますから」
誇らしげに胸を張る彼を見つめながら、シチューライスをテーブルに運ぶ。机に置けば、シチューライスは湯気といい匂いを天井の方へと昇らせていく。
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます」
パクリと一口食べれば、帆立の味が濃く出ていてご飯が進む。
「やぱりさ、ごはんにかけてこそのシチューだと思うよね〜! かけないとか信じらんない」
そう言えば、彼は少し目を見開いて笑った。彼の手元のシチューは全然進んでおらず、疑問に思う。
「どうしたの?」
「僕は、元々かけない派だからさ」
そういえばそうだった、と同棲し始めた時の事を思い出す。シチューライスを出した時に、彼はパチクリと目を見開いて驚いた。けれど、一口食べ進めればその魅力に気づいたらしく「おいしいね」と笑ってくれたのだ。
帆立のシチューはやっぱり美味しい。彼の手料理の中で私が1番好きな料理だ。先に食べ終わった彼が台所でガサゴソと何かを探っている音が聞こえる。
「はぁ美味しかったぁ〜!」
そう言いながら器を片しにシンクへ向かうと、デザートが目に入った。
「あ、ラフランス!」
「一緒に食べようと思ってさ」
そう言ってキレイに切りそろえられたラフランスをお皿に盛っている。
「また、届いたの?」
「うん。もう飽きてきた?」
「全然!私大好きだよラフランス」
そう呟けば、お行儀悪くその場で一つつまむ。一口で鼻も口もラフランスになったような錯覚に陥る。
ラフランスを見つめていれば、私がイライラしていた原因がまた胸の奥へと顔を出す。
「行儀悪いなぁ。テーブルの方行こう?」
そう誘う彼の言葉に、またチクッと心が痛む。ラフランスを見るたびに、苦々しい思いが、香りが私の頭を支配するのだ。
「何でさ、私にプロポーズしてくれないの?」
そう言葉に出せば、彼の顔は少し歪む。もう7年、待った。私はもう、30歳だ。そろそろ良い時じゃん。そんなことを思っていた。
彼の実家から定期的にラフランスは送られてくるけれど、会ったのは同棲する挨拶の時だけ。
「みほちゃんはまだ、嫌かなって思ってたよ」
その一言で気づく。彼からのプロポーズなんて、待たなくてもよかったんだ。勝手に1人でイライラして、勝手に幻滅していた。
「あのさ、結婚しよう? そろそろ」
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