レモンキャンディ

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レモンキャンディ

 こんな年になって、ファーストキスがなんの味だ、なんてちょっと恥ずかしい。ガリっと噛むと、レモン味の飴がほろほろと崩れ落ちる。  レモン味のファーストキスなんてあるわけなく、私のファーストキスの味は、無味無臭。それでいて、無感動。少しやり直ししたいくらい。舌でざらりと、飴の破片を触ると溶けて消えていった。  下校時間のため、教室の見回りに向かう。自分のクラスの教室に入ればまだ女の子達が残っていた。  話題はキスについてらしい。生徒たちが、キスの味について語っているのを見るととても懐かしく、可愛く思う。  机をくっつけ、耳を寄せ合い恋の話に花を咲かせる。きゃっと盛り上がった瞬間に机を揺らしたのか、手をぶつけたのか、かたん、とシャーペンが落ちる音がした。 「はい。落としたわよ」  拾い上げて渡してあげれば顔を真っ赤にして俯いた。 「き、きこえてました……?」 「うん、ばっちり」  なんて、言って笑い返せば周りの子達も恥ずかしそうにする。 「せんせー、実際はどーなんですか!」  少し間延びした、だけど、真剣な声におかしさと可愛らしさを感じて戸惑う。なんと答えれば良いのか。  聞かれるのは想定していなかった。 「ひみつ。その時まで楽しみにしておきなさい」  えーと非難の声が上がるが、生徒達にそんなを話できるはずもなく。 「そろそろ下校時間だから、荷物まとめて早く帰りなさい」  生徒たちを帰し、教室の鍵を施錠する。ガチャン、という音を聞き、きちんとしまったことを確認する。今日もやっと終わる。  職員室に帰ると、残りは私と先輩教員だけであった。 「もう全員帰りましたか?」 「はい。最終確認も、終わっています」 「さすがだね。じゃあ、俺たちもそろそろ帰ろうか」  少し、私を子供扱いして笑う先輩。私はそれが、気に入らなくて少しムッとしてしまう。 「早く準備して帰ろう?」 「はい」  渋々、片付けを行う。こつん、と机の上に何か、固いものが置かれた音がした。顔を上げて先輩を見つめると、先輩はニッと笑って言った。 「レモン飴。いつも食べてるから、あげる。機嫌なおして?」 「ありがとうございます」  飴をそっとつまみ上げポケットに、しまいこむ。机に散らばっていた教科書やテストをまとめて掴みカバンに詰め込む。  先輩の方はもう準備が終わっているようで、薄いコートを羽織り、カバンを手に持っていた。コロコロと飴を転がしながら、私の方を見つめていた。 「あと、ちょっとだけまってください!」  慌ててトレンチコートに袖を通し、カバンを持ち上げる。 「ん、じゃあ、帰ろっか」  ゆっくりと、廊下を歩き玄関へと向かう。この時間になると、まだ少し肌寒い。 「もう少しで、桜満開かなぁ」 「どうでしょうね?あ、でも蕾はもう見かけましたからね」  玄関から出ると、桜の蕾がちらほらと目に入る。あと少しで咲いてくれるだろう。今までとの別れの季節、新しい出会いの季節を運んで桜が咲くだろう。 「俺がいなくなったら、寂しい?」  先輩は、少し前を歩きながら振り返って笑う。 「寂しいに決まってるじゃないですか」  私は、なんて答えればいいかわからないで、目線を下げたまま早口に答える。桜の木の下を歩きながら、出口へと向かう。あと、数歩というところで先輩は歩みを止めた。 「どうしたんですか?」 「あのさ、」  じっと、私の方を見つめて先輩が、躊躇う。 私は、何もできず、ただただ、先輩を見つめていた。先輩の優しい手が私の髪の毛を掬う。そっと耳に私の髪をかけて笑った。  そして、レモンの味が、口の中に広がった。壊れないようにそっと、私を抱きしめる腕の温かみを感じながら色々なことが頭を巡った。 「じゃあ、また明日」  急に離れ、風が吹きぬけ肌寒さを感じる。スタスタと先輩は歩いて行ってしまった。この歳になってレモン味のキスを、体験するとは……  明日あの子たちに、レモン味のキスって本当にあるのよ。と教えてあげようか迷いながら、帰り道を進む。この先の道が、一緒になっていることを願いながら、1人自分の家までの道のりを歩いていく。
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