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変わらぬ日々
髪を梳かれる感覚に、飛んでいた意識が戻ってくる。
全身に重苦しく疲労が張り付いていた。
腰の奥で、まだ熱の名残りが疼いている。
「千景、大丈夫か?」
癖のない黒髪を、白い指が掻き上げてくる。
心配そうに覗き込んでくる大きな瞳に、汗を浮かべた褐色肌と気怠げな灰色の眼が写り込んでいた。
声を発そうとすると、喘ぎすぎて渇いた喉が痛みを発する。
「あ、待って……」
「け、……ッぁ、ふ……っ」
大丈夫だと首を振りかけるも、顎を細い指が持ち上げて唇を重ねてくる。
抵抗せずに口を開けば、冷たい水が流れ込んできた。
俺が意識を失っている間に、冷蔵庫から急いで取ってきたんだろう。
中学からは別の学校に進学したとはいえ、誰よりも同じ時間を隣で過ごし続けてきた相手だ。
俺が起きて一番に何を求めるか、どのタイミングで欲するのか。その程度、考えなくても体が覚えているはずだ。
俺がそうであるように。
男――江藤 圭人は、俺の幼馴染だ。
我が斎宮家とは確実に異なる、中流家系の一人息子。
本来なら交わることのない相手だが、圭人の父親がかつて俺の父の命を救ってくれた恩人らしい。
その縁から、一般的な父子家庭である江藤家は俺が物心ついた時から最も近しい他人だ。
特に同い年の圭人は、まだ立って歩く練習をしていた頃からの長い付き合いである。
楽しいこと。腹が立つこと。悲しいこと。嬉しいこと。全て、一緒に味わってきた。
互いに隠し事をしたことはなかった。
これからもそれは変わらないと、信じていた。
なのに、なんでこんなややこしい事態になってんだろうな。
馬鹿馬鹿しくなってきて、整えられたばかりの髪を掻き混ぜる。
「あ、千景。髪が乱れるよ」
案の定手を掴まれ、指先に唇が落とされる。
うるせえ。元々汗で張り付いて乱れてんだよ。
そもそも、んなこと気にする余裕がある程度の抱き方してんじゃねえよ。
ねちっこいくせに、遠慮が見え隠れしてる。
半端なんだよ、いちいち。
信じがたいほど大胆な嘘は、吐けるくせに。
「千景、寝るの?」
目を閉じれば、顔を覗き込んでくる気配がした。
どんな表情をしているのか、手に取るように分かる。
可愛い寄りながら、垢抜けた華や素朴な愛嬌はない平凡な顔を歪めて。
優越感と、罪悪感に満ちた苦悩の表情で俺を見下ろしているんだろう。
相変わらず、圭人は何も言わない。
初めて圭人の嘘を聞いた時から抱き続けている苛立ちを今日も感じながら、今度は意識的に眠りに沈む。
幼馴染の表情はありありと描けても、何を考えているかは分からない。
誰よりもこいつを理解しているという自負は、今日も揺らいだまま戻らないままだ。
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