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第17話:わりと危険がいっぱいだった
いやはや、ルイス王子が俺のことを知っていたのは、この5年間そばにいたというイケメン死神のせいだと思っていたのだが、どうやら察するにそれだけでもないらしい。
それが解せぬ、という気持ちになる。
だって俺なんて、所詮はゲームの本筋には出てこないくらいのモブキャラクターなんだろ?
多少能力的な面ではチート気味かもしれないけれど、本人の基礎体力だとか運動能力だとかを考慮すれば、果てしなく凡人だ。
それこそレベルさえあげていけば魔王だって倒せちゃうようなルイス王子をはじめとする、あのゲームでのメインキャラクターなんかには敵いっこないし、ひっそりと平穏無事な人生さえ歩めればいいと思っている。
回復役にしても、単純な魔法での回復なら、たぶん聖女様のほうが上なくらいだし。
だけど、そうは問屋が卸さないらしい。
自分では単なる引きこもり神官として、世界的にも無名のつもりでいたら、現実はちがっていた。
香りのいい紅茶を一口ふくんだあと、こくりと音を立てて飲みこんだルイス王子がゆっくりと口を開く。
「そもそもは、僕が生まれたくらいのころですかね。オラクル様が教会に保護されたあたりに、この教会本部から『御神託を授かる神子があらわれた』と公式発表されたらしいですから、この世界にいる王族なら、たいていの人はオラクル様のことをご存じだと思います」
はいぃ、なんですかそれ!?
いきなりのふいうちで明かされた真実に、さっそくおどろかされる。
え、なに、全世界の王族に知られているとか、そんなに有名人なのか自分。
いやいや、冗談だろ、さすがに……。
「もちろん、姿形や名前なんかは秘匿されたままですけどね?でもまぁ、ご自身が『神託』なんてお名前で呼ばれていたら、ほぼ役割はバレてしまいますよね」
「たしかに……」
大仰な名前をつけられたものだ、なんて思っていたけれど、別の危険もはらんでいるのか。
「実際、キミがあらわれてからというもの、ワタシたちとの会話もスムーズで、神託はより具体的に伝わりますしね。それに対する的確な処置ができているおかげで、各国からの支持もあつまってきて、今や教会の権力はうなぎのぼりですからねぇ……」
ルイス王子のあとを引き継ぐようにそう口にしたのは、イケメン死神だ。
お、おぉ……、そうだったのか。
なんで俺よりもそんな世俗のことに詳しいんだろうかという疑問は、この際さておいたとして。
たしかにこれまで俺が聞いてきた御神託には、どこの国が大きな反乱を起こそうとしているのか、なんて軍事機密ばりの情報もふくまれていたからな。
ついでに言えば聖女様だって、俺がここに来てまもなくのころに、妖精たちに教えてもらえたおかげで、すんなり教会が身柄を保護できたわけだし。
そういう重要人物をどこが囲い込むのかというのは、軍事バランスを保つ上でも大切なファクターだ。
どこの国だって、自国の領内に魔法のあつかいに長けた人物がいればスカウトするし、妖精の加護を持つ人物がいたとしても、またしかりだ。
だからそういう人のウワサになるような人物の情報を、血眼になって探しているんだろう。
その点、俺の御神託と妖精たちからの加護過多チートは、ズルすぎるくらい役に立つ。
それこそ聖女様自身の物心がついて奇跡を起こすようになり、そのすごい力が人のウワサになれば、その国の王様だって獲得に動けたかも知れないけれど、その獲得に際して俺が妖精たちから聞いたのは、『そばにいると、すごく気持ちのいい空気をまとった赤ちゃんがいる』という話だけだった。
そんなもの、よほどの特殊な人でなければ知りようもない情報を、しかも独自の妖精たちのネットワークを通じて、どんなに遠くはなれた場所からでも知り得てしまうって、ネットもテレビもないこの世界では相当有用だ。
まだどこの団体も知らない段階なんだから、当然のように争うこともなく、すんなり獲得できてしまうからな。
妖精にとっては人間界のそういう動きは興味ないのかもしれないけれど、基本的に人とちがって悪意をもって隠ぺいするとか、そういうことはしない。
だから聞き方さえまちがえなければ、いくらだって教えてもらえる。
使いようにっては、その情報だけで世界を掌握できることだろう。
そんなわけで、俺を通じて手に入れた情報をうまく活用するのは、うちの教会の幹部連中の仕事だった。
権謀術数の渦巻く世界に生きる、老獪な狸オヤジというやつも当然いるわけで、そこら辺は得意分野なんだと思う。
そういうアレコレを踏まえた上で、この教会は『神の御技』に代表されるように、癒しの分野においては他の追随をゆるさない、確固たる地位を築いていた。
それこそ国の境なんて関係なく、全世界的に広がりを見せているからな、この教会。
さすがあのゲーム内でも、この世界を統べる三大勢力のひとつに数えられているだけある。
といっても、教会自体は騎士団がいたところで、もっぱらそれは護衛目的にすぎず、大した軍事力ではないからこそ、他国に疎まれることもなく、こうして巨大組織になれたんだろうけども。
「まぁ、人の口に戸は立てられませんから、いくら秘匿されたところで、それだけ教会の地位を向上させる要因となったオラクル様のことを知ろうと、各国も躍起になって情報を収集していましたから、ある程度のものはつかんでいるはずです。黒髪黒目なんていう、遠くからでもわかる身体的特徴なんかは、ほぼ流出していると見てまちがいないでしょう」
人差し指を立てたルイス王子がまるで先生のように、出来の悪い生徒ばりに物わかりの悪い俺に対しても、やさしく解説をしてくれる。
なるほど、そういうものなのか。
わかりやすいご説明、ありがとうございます。
「あとはなんと言っても、その容姿ですよね……権力者というものは総じて、美しいものを手元に置きたがる傾向がありますからね。そういう意味では、ただでさえのどから手が出るほど欲しい存在であるオラクル様の、より付加価値を高める原因となっていると言いますか……」
そう言ったルイス王子は、ほっぺたに手を当てたまま、深いため息をつく。
そんないかにもなポーズでさえも絵になるのだから、リアル王子様は強い。
うん……?
イケメン死神みたいな顔なら美形の極みだと思うし、ルイス王子みたいにキラキラの天使ならわかるけど、俺はしょせんこの世界でのモブだろ?
それってきっと、単純に黒髪黒目が珍しいからだよな。
この世界じゃ『黒』という色は、うちの教会のせいで神聖な色扱いされているってやつだったっけ。
だからその色がありがたがられているって、それだけなんじゃないかとも思う。
この世界では、居ないわけではないけれど、混じりっけなしの漆黒の髪と目を持った人物ってのは、わりと珍しいみたいだし。
いわゆる『コレクター魂』ってやつだな!
珍しいものを集めて自慢するとか、自慢しないまでも自分の手元に置いて眺めてはニヤニヤするのなんて、ヲタならあたりまえのことだから、その気持ちはわからなくもない。
……うん、大丈夫、理解してるぞ。
「あー、これはまたトンチンカンなことを考えている顔してますねー。キミはどうしてこう、本来なら賢い子なのに、自分のことになるとおバカな子になるんですかね?」
あきれかえったような表情で、イケメン死神にほっぺたをつつかれた。
むぅ、なんなんだよ、それ。
「まぁ、そんなわけですので、各国からも狙われているという現状はご理解いただけたかと思います。本当に御身には、お気をつけくださいね?まぁ、いずれは僕が、そんなやつらを片っ端から抑えてみせますが」
わぁお、ルイス王子ったら男前だなぁ。
……………ていうか、やっぱり俺の価値がインフレしすぎてやいませんかね?
ついでに言えば、ニコニコの天使の笑みをくずさないルイス王子からは、しかし妙な迫力がにじみ出てきている気がするのは、なぜなんでしょう?
「ということですので、キミの価値が高く評価されているということは、なんとなくでもご理解いただけましたか?」
「はい……たしかに珍しいってだけでも、価値が高まりますしね。とにかく今後も、無用な外出は控えるようにします」
なんとなくは、把握できていると思う。
「うーん、本当にわかっているんですかねぇ、キミは。そういうことではないんですけど、あながち対処法としては、まちがいとも言いがたいですし……」
あたりさわりのない回答をすれば、イケメン死神には盛大に首をひねられた。
───なぜだ!?
たとえそれが結果論だとしても、外が危険だと言うのなら、不要不急の外出を控えるのはまちがえていない選択肢のはずなのに。
台風のときに出歩くなっていう、アレと同じようなモンだろ?
「まぁ、それよりも火急の対策が必要なのは、ほかにもありますしね」
そう言って、意味深に笑う。
コイツがこういう風に笑うときは、たいていロクでもないことを言い出す前兆だ。
「なにしろ魔王も復活するのでしょう?だったら、なにがあっても向こうの陣営にキミの情報がもれないよう、万全の対策を立てねばなりません!」
鼻息も荒く拳をふりあげるイケメン死神に、俺は昨日言われたセリフを思い出した。
『キミの発するその月花燐樹の香りは、我々のような存在にとっても、大変好ましく惹きつけられるものですし。なによりキミはその魂も気も、すべてが極上品なんですから、復活する魔王にしても、きっと知れば欲しがりますよ』
あー!それか!!
なんてことだ、そんな恐ろしいフラグが立てられていたのか。
てっきり大袈裟に話を盛っているだと思って、そのまま流してしまっていたけれど、あれはマジの話だったのか……。
魔王という存在が妙にリアルに感じられて、とたんに背筋が寒くなってくる。
ブルッと身をふるわせると、それに気づいたルイス王子が俺の両手をとって、例のキラキラスマイルを浮かべた。
「大丈夫です、そうならないように僕がお護りしますから」
「ルイス様……ありがとうございます、そのお心がうれしいです」
だけどそんな俺の横で、イケメン死神はさらに不穏なことを言い出しやがった。
「そうですね、万が一にもキミが拐われたら、延々凌辱コース確定じゃないですか!」
「はぁっ?!!」
さすがにそれは聞き捨てならないぞ、なにをどうしてそうなるんだ?!
「よく考えてみてくださいよ、キミは魔力や邪気にも弱いじゃないですか。魔王なんて、その塊みたいなモンですからね。キミにとっての弱点の、最たるものになりますよね」
た、たしかにそれはそうだけど……だからってなんで……。
「なるほど、つまりは常時昨日のような状態に陥るということですね!」
「そのとおりですよ、ルイスくん!」
昨日のような状態───それが指すことはつまり、あの身体の芯に熱がこもったような感覚がつづくということだ。
とたんに忘れようと記憶の奥にしまい込んでいた昨日の出来事が、鮮明な感覚をともなってよみがえってくる。
今、俺の手をつかんでいるこの白い手が、ナニをつかんでいたのかなんて、口にはできないけれど。
カァッと、ほっぺたが赤く染まっていくのを自覚するしかなかった。
どうしよう、耳まで熱い。
きっと俺は今、ものすごいゆでダコみたいに赤くなってるんだろう。
一度意識してしまえば、どんどんはずかしさやら後悔やらが押し寄せてくる。
顔を隠したいのに両手はいまだにルイス王子に取られたままで、気まずげに身じろぎするしかなかった。
なんて羞恥プレイなんだ、これ!!
「それは……なんともエロいことになりますね……」
ちょっとルイス王子!?
真面目な顔して、なにをおっしゃってるんですか!
「そうなんですよ!それこそ魔王といえど悩殺まちがいなしですし、おためごかしで『楽にしてやる』なんて言って、襲われる未来しか見えません!!」
「それだけはなにがあろうと、決してゆるすわけには参りませんね!人類を代表してそうなる前に、芽すらもつぶさねばなりません!!」
いやいや、そんなことないだろう!?
そう言いたいのに、なにも言えなくて、ふたたび怪気炎を上げて結託するふたりを前に、俺はあたまをかかえたい気分になった。
そんな断固拒否したい未来どころか、今の話を聞くかぎり、むしろ俺にとってはお先真っ暗で、なにも見えない気分だった。
俺にとっての安心できる安全な生活圏て、いったいこの世のどこにあるって言うんだよ───!??
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