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第18話:引きニートコースを回避せよ
ひとまず俺が思っている以上に、この世界でモブとして平穏無事に生きていくのは、大変らしい。
もともと引きこもりがちな俺が、これ以上どうすれば安全になるというのか。
今だって、社畜だった前世基準でいえば申し訳ないくらい楽させてもらっているというのに、これ以上外に出る仕事を減らしてくれなんて、とてもじゃないけど、言えるわけがない。
かといって、己が置かれた環境の危険性を認識したにも関わらず、なにも対策しないなんて危機管理意識が低すぎる気がする。
………いや、参った。
人に迷惑をかけずに生きていきたいだけなのに、正直詰んでる気がする。
いったい俺は、どうすればいいんだろうか?
今だってこんな風にのんびり優雅にお茶を淹れてもらって休憩してるとか、ルイス王子がご一緒とはいえ、実質的に仕事をサボっているようなものだし。
ここ3日ばかりは、なんだかバタバタしてて、ついでに神気酔いで具合悪くなっていたもあって、ろくに自分の仕事もできてなかった気がする。
あまりサボりすぎても、ただでさえ教会内で孤立している俺の立場は、よりヤバいことになるんじゃないだろうか?
せっかくルイス王子の接待役として命じられて、公式に仕事をサボることができるというのに、前世で染みついた社畜根性は、ぬるすぎる仕事加減に不安を覚えてしまっていた。
クソ、なんて貧乏性だよ!
そんな風に毒づいたところで、魂に染みついた性分というものは、そう簡単には変えられないらしい。
それこそ小心者ゆえに、モブでいたいと願うくらいだもんな……。
でも今の様子を見たほかの神官たちに、『また王子様をダシにサボりやがって!』とか思われたりしないだろうか?
そんなつもりは毛頭ないのに、ヘイトを一身に集めるとか勘弁してくれよ!
ホント、泣きたくなる。
「またなんか面白そうな顔をしてますけど、なにを考えているんです?」
俺が悩んでいたら、紅茶を飲み終えたらしいイケメン死神に、ほっぺたをムニッとつままれた。
なにすんだよ、このやろう!
「どうせ面白い顔ですよ!」
パシッとその手を払い、不満げに口をとがらせる。
なんでこう、俺が真剣に悩んでるっていうのに、コイツはからかってくるんだよ。
「オラクル様のお心をくもらせるものがあるというのでしたら、ぜひ僕にお聞かせ願えませんか?」
そんなイケメン死神とは反対に、マジメに聞いてきたのはルイス王子だった。
胸に手を当てるようなポーズを取り、真剣なまなざしでたずねてくる、そのあいかわらずの紳士っぷりには、恐れ入るしかない。
うん、というよりは真剣すぎて、なんだか申し訳なくなってくるんですが!
だって俺の悩みなんて、サボりすぎないようにしたいとか、まわりから嫌われすぎないようにしたいなんていう、程度の低いものだ。
わざわざ王子様のお耳に入れるほどのものじゃない。
「いえ……大したことではございませんので、どうぞお気遣いなく」
あわてて大丈夫だとお断りを入れれば、とたんにしょぼんと肩を落とされた。
えぇっ、そんなに落ち込むことか!?
というか、気のせいか垂れた耳と尻尾が見えるような気がする。
ルイス王子のフワフワの金髪とあいまって、ロングコートチワワとかそういう小型犬の姿が重なって見えるような気までしてきたぞ。
クーンクーンと切なげに鼻を鳴らす、捨てられた子犬みたいなしょんぼり感に、むしろこちらの良心がチクチクと刺激された。
えっ、いや、そんな信頼してないとかそういうわけじゃないんですけどね??
「ル…ルイス様?申し訳ありません、なにか失礼をいたしましたでしょうか!?」
「いえ、そんなことはございません。オラクル様に信頼いただけていないのは、僕の不徳の致すところですので……」
弱々しいほほえみを浮かべたルイス王子に、ますます俺の良心の呵責が増していく。
なんていうか……うわぁ、重い、重すぎる……!!
余計に言い出しにくい雰囲気になってませんかね、これ。
本当に大したことないんだけど、今さらそうも言えないし、せめてそれらしい言い方でもしておくべきか。
「えぇと……、おふたりからの話をうかがっていると、己の身を守る行動をとらねばと思案したのですが、一番いいのは先ほども申し上げましたとおり、ここから出ないことになってしまうのではないかと……」
と、ここでいったん言葉を区切る。
もうこの時点で、頭はフル回転だ。
「しかしそうすると各地に出向き、癒しを求める方々のために、神の御技をふるうこともできなくなってしまいます。それではさすがに、この教会の神官として本来の務めも果たせなくなってしまうのではないか……と憂慮しておりました」
うまいこと言っているけれど、直訳すれば『引きニートになるしかなさそうで、すまん!』ってことだ。
「そんな!オラクル様には御神託を授かるという、なによりも大切なお務めがあるではないですか!ほかの者に代わることができない仕事をされているというのは、それだけで誇るべきことです!」
そう主張するルイス王子のお気持ちはありがたいけど、やはり魂にまで染みついた社畜根性が、そのぬるい仕事ぶりを許せそうにないんだよなぁ。
「お心づかい、ありがとうございます。ですが、さすがにそれだけでは申し訳ないですし、なにより危機管理意識が低すぎると思いまして……なので、もう少し自衛の手段を講じなくては、と愚考致しました」
ここが俺の知るあのRPGゲームの世界だというのなら、まだとれる策はある。
その策とは、つまり────。
「目くらましのを幻術をかけられるようなアクセサリー、そして邪気や魔力に対する耐性のつくそれも身につければいいのではないか、と」
それが俺の出した結論だった。
「なるほど、その手がありましたか!」
さっそくイケメン死神が手を打ち合わせて、同意を示してくる。
「えぇと……?」
一方でルイス王子は、いまいちピンと来ていないようだった。
そりゃそうか、俺だって今世になってから知った知識というよりは、前世の知識を思い出したからこその発想だもんな。
そうそう、この世界には王道ファンタジーだからこそ、そんな便利道具があるんだよ。
あのゲームに出てくるキャラクターの装備品の種類は、大きく分けて3つある。
ひとつは武器、ひとつは防具、そしてもうひとつはアクセサリーだ。
武器や防具は、勇者だとか剣士だとか、魔法使いだとかのジョブによってつけられるものがかぎられるのは、一般的な仕様だと思う。
そのなかでも、このアクセサリーというのは主に特殊効果を付与するためのもので、ジョブを問わず装備できるものが多いのが特徴だった。
そのため、たとえば討伐したいボスの属性に合わせて、必要な耐性なんかをつけたりするのにも重宝していた。
具体例をあげれば、炎のブレスを吐いてくるドラゴンを倒すときには、火の妖精であるサラマンダーの加護が欲しいところだけど、それがないキャラクターには火耐性のあるアクセサリーをつけさせて、防御力を底上げしたりとか。
ゲームの進行上、確率の問題で必ずしも狙った妖精からの祝福を受けられるとはかぎらないだけに、そういうアクセサリーの類いは重要視されていたんだ。
今回の俺の策は、このアクセサリーを身につけることで、俺の身体的特徴による身バレを防ぎ、ついでに色んな耐性を底上げしようというものだった。
具体的には、人から見た際に俺が黒髪黒目ではない色に見えるよう、そして月花燐樹ではない匂いに感じられるよう、認識の阻害をする目的の幻術を自分のまわりに張りめぐらそうというものだ。
あとはなんといっても、邪気と魔力を寄せつけなければ、俺の安全性はグッと高まる。
神気に関しては……まぁ神託神官なんて因果な役職に就いている以上、ある程度は覚悟をしなきゃダメかもしれないけれど。
この作戦でも問題がないわけではないものの、それでも自力でできるかぎりの努力はしておくべきだと思ったんだ。
そこら辺をうまくかいつまんで説明すれば、なるほどと納得された。
「さすがオラクル様は、博識でいらっしゃいますね!寡聞にして、そのような効果までアクセサリーで付与できるとは、存じ上げませんでした」
素直にルイス王子には感心されたけれど、あれ、ひょっとしてこれ、この世界ではまだオーバー知識だったか?!
さりげなくイケメン死神の様子をうかがったけれど、ブツブツとなにか独り言をつぶやいていて、あまりこちらに意識を向けているようにも見えなかった。
コイツがこんな様子を見せているなら、たまたまルイス王子がご存知なかっただけで、大した情報ではないんだろう。
物語の後半にならないと出てこないけれど、たしかめずらしくジョブを限定するアクセサリーで、『魔除けの首飾り』なるものがあった気がする。
それの効果は、ずばり『邪気や魔力によるダメージの軽減』だったはずだ。
あとはほかにも『変わり身の腕輪』なるものもあって、人間お断りのエルフの里に潜入する際のイベントアイテムだけど、これの効果は『人の放つ気や匂いを別のものと周囲に認識させる』だった。
まさにそのものずばり、今の俺にとって必要なものだろう。
これらをつければ邪気だの魔力だのに酔って苦しむこともなくなるかもしれないし、なにより月花燐樹の香りを無駄に振りまくこともなくなるわけだ。
加護をつけてくれた花の妖精フローレには申し訳ない気もするけれど、せめて人前に出るときくらいは安全策として封じさせてもらおう。
───ただひとつ問題があるとすれば、それらのアクセサリーの入手場所が、基本的にはダンジョン内の宝箱からしかないということだけだ。
それはひとりで回収に行くわけにもいかない俺にとっては、かなり大きな問題のようにも思える。
けれど、魔除けの首飾りにしても変わり身の腕輪にしても、ゲーム内では複数手に入っていたし、きっとそういうもの自体はそこまでめずらしくないのかもしれないだろ。
だから少なくとも、似たような効果があるものさえ手に入れば、どうとでもなる気がする。
というかむしろ、それが一点ものだった場合は、俺がもらっちゃダメだと思う。
特に魔王を倒しにいくパーティーメンバーにこそ、つけさせなきゃダメだろうし、やはり狙うべきは模造品レベルで十分だ。
最悪でも妖精たちの力も借りれば、特殊効果部分については自力で祈りを込めて作れなくもない気はするし、どうにかなるだろう。
そう軽く考えていたところで、ふいに気づいた。
そうだよ、アクセサリー類なら自作できんじゃね??
どの術式を取り入れて構成するかってのは、少し考えないといけなさそうだけど、それさえわかればあとは簡単だ。
そこら辺の宝飾品をあつかう店で買った土台に、祈りでその効果を付与すればいい。
もしくは地の妖精ノームの力を借りれば、そもそも宝石ですら簡単に用意出来てしまう気もするけれど、それはさすがに経済価値が崩壊しそうだな……。
でも核となる石だけ用意して、あとはそれに金具をつければ、気軽に持ち歩けんじゃないだろうか。
うまく行けば、勇者様ご一行の魔王討伐パーティーへも、出立初期からアクセサリーでのバフもかけ放題になりそうだし、ルイス王子とともに魔王討伐部隊の随行者に編成されるであろう一般兵士たちにも配布できる。
そうなればみんなの安全性は高まるだろうし、良いこと尽くめな気がする。
そしてなにより、これが軌道に乗れば、俺は引きニートからの脱却が図れるんだ。
これだったら教会内に引きこもったままでも、立派に仕事になるわけだし。
在宅ワークは、引きニート脱却の一番手っとり早い方法だよな!
久しぶりに見えてきた明るい未来図に、俺は気持ちも明るくなるのを感じる。
そうしてちょうど紅茶も飲み終わったことだし、休憩も終わりとすることになったのであった。
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