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第19話:ツボミ姉さんのお悩み相談室
ふと静寂のなかにいると、これまでのあわただしさが、かえって強く感じられるものだ。
まるで他人事のように、そんなことを思う。
というのも俺は今、ポツンとひとりで中庭に取り残されていたからだった。
さっきまではルイス王子とイケメン死神とお茶を飲んでいたのに、ふたりともなにか用事ができたとかで、あわてて飛び出して行ったのを見送ったばかりだ。
俺についている教会の職員たちも、茶器の片付けをするために席をはずした結果、こうして俺はひとりになったという流れである。
断じて嫌われて置いてきぼりにされたというわけではない、と思いたい……けど、こんな風に置いていかれると、案外不安になるものである。
ついでに、やたらとルイス王子には早く部屋にもどるようにうながされたけれど、なんでなんだろうなぁ?
さすがに教会内なら知り尽くしているし、今さら迷子になるはずもない。
そもそもまわりは身内だらけだし、なによりこの教会本部は強力な結界に守られてるんだから、モンスターが出るわけでなし、そんな危険もなくないか?
それともあれだろうか、俺に対する不満のある人に絡まれる可能性があるからとか?!
イジメよくない、暴力反対だ!
ルイス王子も、もう少し理由を話してくれないと、むだに不安だけがあおられるんだけどなぁ。
と、そこでふと気がついたんだ。
───あれ、いつもいる俺付きの護衛の人たちまで、今日は居なくない?ということに。
そうか、ルイス王子の護衛がついているから、一緒に動く際には、教会側の騎士たちはついて来ていなかったんだ。
おたがいに取り決めでもしているのか、敷地内を歩きまわる際にはルイス王子のお付きの者が、俺の部屋に来るときにはこちらの教会の護衛の騎士たちが、それぞれの警護につくことになっているようだった。
ということで今回はその担当は、ルイス王子付きの護衛のほうだったからこそ、こうしてボッチになったというわけだ。
だからといって、監視の目がなくなったとばかりに、逃げ出すつもりもないんだけども。
そこまで、ここでの生活に嫌気がさしているわけでもないし、みすみす外に出るなんて危険なフラグを立てに行くほどバカじゃない。
俺は自分が弱いことも自覚しているし、大人として無茶なことをしないだけの分別はわきまえているつもりだしな!
とはいえ、めったにないことではあるから、少し落ちつかない気持ちにはなっていたけれど。
逆に言えば、今ここにひとりでいるからこそできることをしようと、意識を切り替える。
「おーい、ツボミー!ちょっといいかな?」
そう思って、まずは花の妖精フローレのツボミに呼びかけた。
むしろ今回の『アクセサリーへの加護の付与』という相談内容を考えたら、人の目がないくらいでちょうどいいかもしれないもんな。
ツボミは俺にとっての厄介な体質のひとつである、『月花燐樹の香り』の元になっている加護をくれた妖精だ。
これから俺が己の身を守るためとはいえ、せっかくの加護の結果を、一時的にでも改変しようとしてるわけだし、本人にすれば決して面白い気分ではないだろうと思ったわけだ。
もしかしたら、妖精というモノはそこまで気にしないのかもしれないけれど、自分のなかでは仁義のようなものを切らないことには落ちつかなくてな。
そんなわけで、真っ先にツボミに相談することにしたのだった。
(アタクシになにか用事があるのかしら、オラクルちゃん?)
ふわりとスカートの裾をひるがえして、ツボミが現れる。
とたんに周囲には、甘い花の匂いが広がった。
「うん、ちょっとツボミに聞きたいことがあって……そもそもツボミから祝福を受けてから、俺は月花燐樹の花の香りがするようになったわけだろ?でも、なんで……月花燐樹だったんだ?」
すぐに呼びかけにこたえてあらわれてくれたツボミに、俺はまず一番気になっていたことを聞く。
花の妖精の加護を受けたから、自分から花の香りがするようになるというのは、百歩譲ってまだ納得できる。
モブ男にとってそれが必要なオプションなのかどうかはさておいたとして、一般的にもフローレがあらわれるときには甘い匂いがするものだから、なんとなく因果関係もわかる気がするし。
それに男でも香水をつけるヤツだっているわけだし、汎用的な香りの花だったら、なんら問題ないんだ。
事実、さっきまで一緒にいらしたルイス王子は、白薔薇の香りをまとわせていた。
まぁそのゴージャスな香りも、あれだけのキラキラ王子様ならまったく違和感はなかったわけだからな。
初見のときには感じなかった匂いだから、たぶんアレがフローレの加護を受けた影響によるものだということは容易に想像がつく。
ただ、赤薔薇の瑞々しい香りもそうだけど、白薔薇の芳醇な香りは貴婦人たちにも人気があるし、そのせいで香水も作られているから、その匂いがしたところで、決して不自然ではなかった。
だけど、月花燐樹は別だ。
あれはまだ世界中の調香師たちがどれだけ研鑽を重ねたところで、いまだに再現ができていない奇跡の香りと言われている。
つまりそれは、そんな匂いをただよわせている人間がいたら、それだけで十分に人智を超えた存在の影響を受けているってことを周囲に喧伝しているようなものだ。
もうその時点で、なんか色々と面倒ごとに巻き込まれる気配しかしないだろ?
特に権力者ってのが厄介だってことは、前世から骨身に染みてわかってることだし、できるだけそういう方面からは目をつけられないようにしたいところだと思っていた。
───ルイス王子いわく、俺の存在はこの教会に保護されたときに世界中の王族には通達されていて、もはや手遅れのようだけど。
おかげさまで、引きこもりのモブ神官のつもりでいたら、さすがに危険すぎるってことは理解したぞ!
メディアの発達していないこの世界とはいえ、人相書きまでは出まわってなかったとしても、黒髪黒目だっていう外見の情報が流出してるなら意味ないよな。
教会の発表した時期から逆算してちょうど良さそうな年齢の、しかもふだんから教会本部にいる黒髪黒目の人間は、残念ながら俺だけだ。
考えるほどに、消去法で俺を特定できるとしか思えなくなってくるから怖い。
やっぱり安全に生き残るためには、外に出なきゃいけないこともあるし、信頼のおける人と会うとき以外に身につける、己の匂いと外見をごまかすためのアクセサリー製作は急務だった。
幸いにして、教会の敬虔な信者でもなければ月花燐樹の開花の瞬間には立ち会えないとは思うから、一般人にまではそんなに香り自体を知られているとは思わないけどな?
でもまぁ、教会関係者と調香師なら、確実に一発で気がつくだろう。
いやはや、あの泉でフローレが授けてくれた祝福はありがたいものではあったし、たしかにそれはこの教会に預けるのであれば、そこの御神木と同じ匂いというのは、悪いことじゃないはずだ。
少なくとも、実際に俺のように汚いガキだったとしても、ないがしろにはされなくなったという意味では、手厚い保護につながったわけだし。
でもモブにつけるには、少々仰々しすぎる匂いではないだろうか?
それこそ、そこらへんに生えている雑草の花っぽいものとか、その程度で良かったのに……。
そう様々な葛藤を経たのちにたずねたのだが、それに対するツボミの答えはある意味で想定外のものだった。
(そんなことでしたの?それならば簡単ですわ、オラクルちゃんにとって、『一番強い加護』をあたえてくれる存在に、この加護授与の際の匂いはつられますの)
なん、だって……?!
それはつまり月花燐樹の香りが俺にとって、一番強い加護を与えてくれる存在に縁のある匂いってことになるって意味なのか……!?
───つまり、月花燐樹の匂いがするっていう事実が指し示しているものついて、一番可能性が高いと思われる話をするとしよう。
その加護をしてくれている存在って───それがうちの教会の御神木扱いをされていることをかんがみるに、ここで主にお祀りしている三柱の神様のうち、いずれかってことになるんじゃないのか!?
うえぇぇ、マジかよ?!
とんでもない大物が出てきたぞ!?
でも、いつそんなすごい相手から加護を受けてたんだろうか?
まったくその瞬間の心当たりがないんだが……神官になったから、とかだろうか??
そもそも神様によってこの教会に囲い込まれていたとか、逃げ出せる要素がまったくもって、どこにも見当たらなくなるわけだ。
若干ありがたいより泣きそうな気持ちのが大きいのは、仕方ない……よな?
もちろんそれはツボミのせいじゃないし、むしろ本来なら神官として、主祭神様にちゃんと認められているってことだし、これほど光栄なことはないとは思う。
でも俺以上に敬虔な信者なんて、いくらでもいるだろうに、なんでなんだろう……??
(どうなさったの、オラクルちゃん?)
急にどんよりとした空気をまといはじめた俺を心配して、ツボミがパタパタとアゲハ蝶みたいな羽根をはばたかせながら顔の前に寄ってくると、その小さな手であたまをなでてくる。
まるで子どもみたいなあつかいに、思わず苦笑が浮かんだ。
「あぁ、いや……、別にどうってことはないんだけどね」
(それならよろしいのだけれども、でももしオラクルちゃんが悩んでいるのなら、アタクシに遠慮なくおっしゃい!)
ドンと自分の胸を叩いてそう言うツボミは、やたらと頼もしかった。
「うん、ありがとう。ツボミはやさしいね」
(当然でしてよ!オラクルちゃんを泣かす相手は、アタクシがやっつけて差し上げますわ!!)
胸を張るツボミは、なんていうか、やけに姉みがあふれている。
見た目の年齢的には、ツボミはだいたい10代前半くらいの外見をしているから、とっくに俺のほうが上に見えているはずなのに、はじめて会ったときの外見的年齢差がそのまま今の関係でも続いているみたいだった。
ある意味で、年齢のない妖精ならではの感覚なのかもしれないな。
種族的にはツボミと同じフローレは、たとえばシズクたち水の妖精ウンディーネにとっても姉のような立場でいるように見える。
同じく、ホムラと同じ火の妖精のサラマンダーや、ハヤテと同じ風の妖精シルフィードを前にしても姉属性であることは変わらない。
………でも、ちょっとだけ『姉』がいるっていうのには、憧れた。
だって今世の俺には、気がついたときには孤児院にいたから、明確に家族と呼べるほどの存在は居なかったから。
正直なところ、本当の家族がいたかどうかも怪しいくらいだ。
なにしろ、記憶にまったく残ってないんだもんな。
そういう意味では、ツボミやシズクたち泉からついてきてくれた初期妖精たちが、俺にとっての家族みたいなものになるのかもしれない。
はじめて会ったときの見た目年齢でいうなら、ツボミは姉だし、シズクは妹だろうか?
ホムラは兄か弟か微妙なところだけど、きっと性格的に兄だと言い張るだろう。
ダイチは、地の妖精ノームらしく中年太りをしているオッサンにしか見えないから、兄というには年が離れすぎているし、むしろ父とかになるんだろうし。
まぁハヤテに至っては、そもそも兄なのか姉なのかすらも不明だけどな……。
でもためしに考えてみたら、本当にそう思えてくるから不思議だ。
「ツボミはまるで、俺の『お姉さん』みたいだね」
つい気楽な気持ちで、ポロっと口からこぼれ出てしまった。
言ってしまってから、『家族』という括りにこだわるのは人間だけなんじゃないかって気づいて、ハッと口元を押さえる。
(あらっ、ずっとそう思っていましたのに、今ごろ気づいたんですの?さすが主様が心配されるだけあって、オラクルちゃんはのんびり屋さんですこと!)
そしたら、思った以上にツボミからも大切にされていたんだろうか、肯定されたあげくにクスクスと笑われた。
「うん、ありがと……」
なんか……今さらながらに照れるな。
こんな風に無条件であたたかい気持ちをまっすぐに向けられるのって、やっぱり身内ならではという気がして、それがどこかくすぐったくて面映ゆい。
でも、悪くない感覚だ。
うん……むしろうれしいな、これ。
胸のあたりが本当にあったかくなったみたいに感じられて、ちょっと照れくさくもあるけれど、それにつられて自然と笑顔になる。
ザワッ
と、その瞬間に、空気がわき立つ感じがした。
えっ?なにかあったのか?!
そうしてツボミから視線をはずしてふり向いた俺の目に飛び込んできたのは、ここからだいぶ離れた食堂のある建物と聖堂をつなぐ渡り廊下に張りつくようにして、こちらの様子をうかがっている黒山の人だかりだった。
え、なにあれ、何があったって言うんだ!?
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