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第20話:無自覚ゆえの会心の一撃
ザワつく気配に気づいてふりかえった俺の目に飛び込んできたのは、中庭に面した建物の渡り廊下に群がる人だかりだった。
その数、およそ20人は下らないだろうか。
おいおい、俺は客寄せパンダじゃあるまいし、見せ物じゃないからな!?
そんな気持ちがありつつも、いきなり注目を集めていたという事態に、小心者の俺はどうしていいかわからなくて思わず固まってしまった。
かろうじて目に映る景色の意味を考えてみると、皆そろって青の法衣を身にまとっているということは、この教会の神官見習いをしている人物ということになるんだけど……。
ザッと見ただけでも、比較的若い年齢層が目立つだろうか。
どちらにしても、かなりのギャラリーの数であることはまちがいない。
そのあまりの人の多さにおどろく……というか、いつの間にそんなに集まってたんだ??
これだけの人数に見られていたというのもおどろきだけど、そもそもまったく気づいてなかったからな、俺。
いくら安全な場所だからといって、これは油断しすぎだろう。
妖精の姿が見えない彼らにして見れば、ツボミと相談をする俺の姿なんて、あまり見かけない黒づくめのナゾの輩が、ブツブツひとりごとつぶやいてるようなもんだよな?
そりゃあ、めっちゃ不審者だよ!
あとはいきなり落ち込んだり、へらへら笑い出したりしたわけだろ?
どう考えてもヤバいヤツじゃん、それ。
思わず立ち止まって見ちゃうよな、わかるぞ!
───あっ、これ自分で言ってて、思った以上の不審者ぶりにダメージくらいそうなやつだった。
どうしよう、泣きたい……。
………じゃなくて!
なんで、こんなに多くのギャラリーに監視されてるんですか、俺は!?
しかも俺が動くたびに、ヒューヒュー言われるわ、キャーキャー歓声が上がるわで、やたらと盛り上がっている。
残念なことに彼らはみんな男だから、黄色い悲鳴どころか、なんか濁った悲鳴になってますけどね!?
その不可解な盛り上がりに、思わずツボミと顔を見合わせる。
「なんなんだろうね、これ?」
(オラクルちゃんが注目されている、ということはまちがいないと思いますのよ)
うん、さすがにそれは俺でもわかるけど、しかし人に見られているというのは、あんまり慣れない感覚だよなぁ。
正直落ちつかないし、なにより妖精たちにも相談しづらいだろうが。
だって俺のやろうとしていることは、アクセサリーへの複数の妖精たちによる加護の付与っていう、わりあい特殊なことだ。
特に俺が求めているアクセサリーの効果は、あのゲームでも物語後半にならないと出てこないようなスペックのものだ。
そこら辺に、ゴロゴロと転がっているようなものじゃない。
それに使い方によっては、たとえば犯罪者が本来の姿を隠す目的にも使えてしまうわけだ。
つまりは犯罪にも転用できてしまうんだから、アクセサリーに刻む術式情報もふくめた管理は、特に慎重な取り扱いが要求されるだろう。
それになによりこの世界では、単一属性ではない複数属性の加護の付与によるアクセサリーの作成とか、まだオーバー知識なことかもしれないわけだろ?
そんな危険なことを衆人環視のなかでやるとか、さすがにそこまでの勇気はなかった。
どうしたものかと対応に迷っているうちに、ふいにひとりの若者が走り出てくる。
元気よくハネている栗色の髪に青い瞳をしている彼は、おそらく俺よりもずっと年下だ。
ほっぺたの輪郭にまだ丸みが残っているから、いってても10代半ばといったところだろうか。
「あ、あのっ!御神託を授かる神官の、オラクル様でいらっしゃいますか?!」
顔を真っ赤にして早口でしゃべる声はうわずっていて、相当緊張しているのが見て取れる。
声だって、やたらと大きい。
「はい、オラクルと申します」
落ちつかせようと、ほほえみを浮かべて返せば、むしろさらに赤みが首から上、全部に広がった。
あれ、ひょっとして逆効果だったか??
俺は自分で思うよりも、実は顔が凶悪だったりするんだろうか……?
思わず不安に思いながらも、改めて目の前の少年をよく見れば、服をにぎりしめている手や大地を踏みしめる足も震えているし、めちゃくちゃ緊張してるのが伝わってきた。
自分で言うのもなんだけど、俺ってば引きこもりだし、ひとりごとの多い不審者だもんな?
そりゃあ、どんな人物なのかわからないから、話しかけるのにも勇気がいるだろうよ。
「なにかご用でもありましたか……?」
なにかを言いかけては、くちびるをふるわせて閉じる少年に、なるべく威圧感を出さないように心がけながら問いかける。
ここら辺は前世の会社員として、責任者の立場で新人教育を行っていた経験から、慣れているといってもいい。
一度たずねれば、あとは相手が言い出すまで、おだやかなほほえみを浮かべて待っていればいい。
下手に急かすのは、得策じゃない。
とはいえ、ゆでダコのようになった少年はガタガタふるえはじめるし、どんどん事態は悪化していくようにも見えた。
どうしよう、もう一度声をかけるべきだろうか?
一瞬ツボミと視線をかわして、おたがいに首をかしげたところで、目の前でふるえる彼のあとを追ってきたらしい別の少年が追いついて、その肩をつかんでゆさぶるのが見える。
「お、おい、ヤバいって……僕たちみたいな下っ端じゃ、お姿を見るだけでもありがたいことなんだし、まして声をかけるだなんて、失礼だろっ?!」
その追いついてきたほうの少年は、やはり似たような年齢に髪の色だったけれど、髪型もおとなしいし、こちらの瞳の色はモスグリーンだった。
「大丈夫ですよ、後続を導くのも私のお役目ですので」
やたらと恐縮しているらしい、新しくあらわれたモスグリーンの瞳の少年にも、怖くはないよとほほえみかける。
「ひぇぇ……っ!そんな、オラクル様から話しかけていただけるなんて……っ!!」
まぁそんなに怖くないから、お兄さんに話してみなさい。
そんな気持ちで声をかけたのに、なぜだか後ろに飛びすさっていかれた。
しかも顔を赤くするやら青くするやら、身ぶり手ぶりをふくめると、まぁいそがしそうだ。
あれっ、でもこれ、また逆効果だったか?
なんだろう、うまくいかないな……。
俺は自分で思ってる以上に、後輩たちに嫌われていたんだろうか?
ちょっと、俺のメンタルはそこまで強くないんだから、だんだんと心配になってくるだろうが!
泣きそうだよ、お兄さんは。
そんなとき、最初にこちらへ走り寄ってきた少年が意を決したように口を開いた。
「あのっ、自分はシアンと言います!以前よりずっとオラクル様のことを、大変お慕いしておりました!!き、記念に握手してもらえませんか!?」
おぉ、勢いがあるなー。
……じゃなくて。
ん?握手??
そんな芸能人でもあるまいし、俺なんかと握手したところで、特にメリットなんてな……───いや、あるか。
ひょっとしてこのシアンと名乗った少年は、昨日のルイス様のお話を聞いたのかもしれないな。
俺と手をつなげば、妖精たちの姿が見えるっていう。
そりゃ教会本部で神官見習いなんてするくらいだもんな、ほかの一般人と比べたら、はるかに興味を持っていてもおかしくない。
別にからだへの負担もないし、俺の力を一時的にわけて見せてあげるくらい、どうってこともないんだけど、だれにでもホイホイやるとイケメン死神がうるさいんだよなぁ。
やたらとしつこく食い下がってくるし、むしろアイツのほうがベタベタ触ってくるし、あとが面倒なんだけど……。
でもそのうるさいヤツは、さっき急用を思い出したとかでいなくなっているし、いつもなら代わりに目を光らせている護衛の騎士もいない。
なら、せっかく勇気をふりしぼって話しかけてきてくれたんだから、シアン少年の願いを叶えてやるのもやぶさかじゃなかった。
ルイス王子もビックリしていたけれど、この中庭にいる妖精たちが見られるなら、人生に一度くらいは見ておいたほうがいいと思うし。
「本当は禁止されているんですけど、せっかくなので特別に……でもみんなには、内緒にしておいてくださいね?」
口もとに人差し指をあてて笑いかければ、カクカクとロボットみたいに不自然な動きで勢いよくうなずかれた。
あはは、緊張してるなぁ。
「では、どうぞ握手を」
「は、はいっ……」
そっと軽く触れるだけの握手をして、その手のひらから俺の『見る』力をちょっとだけ流し込む。
「はわわわぁ~~っ!!」
とたんにその視界のなかに、俺の肩にとまるツボミをふくめ、色とりどりの妖精たちが飛び込んできたんだろう。
シアン少年はどこから出ているんだという声をあげて、固まった。
うーん、口も開きっぱなしになっているし、目はどこを見ていいのか定まっていないし、とにかくテンパっていることだけはよく伝わってくる。
それはそれで、ちょっと面白かった。
「どうです、妖精たちの姿は見えましたか?たとえばこの肩にいるのは、花の妖精フローレのツボミです。どうです、美人でしょう?」
「は、はひぃ!と、とても……っ!この世のものとは思えないくらいにお美しいですっ!!」
軽くツボミを紹介すれば、大げさなくらいに誉められた。
言われたツボミも、まんざらではなさそうだ。
心なしか、その身にまとう花の香りの甘さが強くなった気がする。
「これが、私の見ている世界です」
サービスはこんなもんでいいだろうかと、そっと手を離せば、シアン少年は口を開いたまま固まっていた。
うんうん、その気持ちはわからなくはないよ。
さて、もう一人のモスグリーンの瞳の子はどうだろうか?
「君はどうしますか───って、あれ??」
たずねようとしたところで、完全に呆けてしまっている様子に、思わず首をかしげた。
「おーい、大丈夫ですか?」
しかし目の前で手を振ったところで、全然反応を示さない少年に、困惑が広がっていく。
あれ、ひょっとしてこれは立ったまま意識を失っているとか、そういうやつじゃないのか??
まだ俺、なんもしてないぞ!?
本当に大丈夫なのか、この子たち?
実は最初から、具合が悪かったとかなんだろうか。
それなら熱とか、計ったほうがいいよな……?
「うーん、ちょっと熱い気もしますけど、でも平熱っぽそうですが……」
さすがに俺はルイス王子みたいな接触はせず、ちゃんとおたがいのおでこを手のひらで触れて計る方式にしたけどな!
ただ、それをやった次の瞬間。
モスグリーンの瞳の少年は、カチンコチンに固まったままに、その場で後ろにゆっくりと倒れていった。
「ええっ!?ちょっと!だ、だれか……っ!」
突然倒れた後輩を心配して声をあげたそのとき、ザワついていた遠くの人だかりをかき分けて、見知った顔が飛び出してきた。
「ご無事ですか、オラクル様っ!!」
それは、いつもの俺の護衛についてくれている騎士のうちのひとりだった。
俺よりもたしか7歳くらい年上だとかで、藍色の髪を後ろになでつけ、グレーの瞳をした彼は、俺の護衛班の責任者だった。
「あ……ちょうど良かった……それが、急にこの子が倒れてしまって……」
だから運んでやってほしい、と言おうとした矢先のことだった。
走り出てきた勢いのままに、全力で抱きしめられる。
「っ?!」
あまりの衝撃に、とっさに声も出なかった。
俺よりもはるかにガタイのいい騎士から、正面切って抱きしめられるとか、マジで意味がわかんねぇ。
ホントにどうなってんだよ、この中庭!
なんか幻影とか見せちゃう系の、危険な毒草でも生えてたか?!
度重なる俺の理解の範疇を越えた出来事の数々に、叫び出したい気持ちでいっぱいだった。
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