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幕間:噂はかくして流れ行く~とある神官見習いが言いますには~
はい、オラクル様のことですか?
えぇもちろん、存じておりますとも!
むしろこの教会にいるもので、知らない人はいないでしょう。
聖女様とならんで、この教会で最も有名なお方のひとりです。
特に我々神官見習いにとってそのお二方は、あこがれの存在ですからね!
入団してこの教会本部に最初に来た際に、これから神官としてやっていくための洗礼を受けるんですけれども、その式のなかでお二方からお言葉をたまわる機会があるんです。
もちろん僕も、その式には出ました。
まぁそのときはオラクル様は黒のヴェールをかぶっていらっしゃったので、あまりお姿はわからなかったのですけども。
でも低すぎず高すぎず、艶のあるよいお声をされていらっしゃいました。
僕には幼なじみのシアンっていうのがいるんですけれど、彼といっしょに故郷を遠く離れて、こちらにお世話になることになりまして。
うちの田舎からすれば、とんでもない出世コースに乗ったようなものです。
まぁ、僕たちのいた田舎では学がないものが多くて、識字能力なんかも著しく低い傾向にあります。
だから当然のように、教会の聖典なんかも読むことができない人のほうが多いくらいです。
それでも畑を耕して暮らすぶんには、日常会話自体は支障なく交わせるわけですし、わりと問題はないんです。
とはいえ、そういった学習面で劣るわけですから、こうして教会本部での神官見習いに入れたこともすごい名誉なことだっていうのは、おわかりいただけますでしょうか?
一口に教会の一員に加わるといっても、色々なお仕事があります。
それこそ僕たちのいた田舎にある教会でも、掃除や修繕なんかを受け持つ下男のようなお仕事から、食事の仕度や洗濯なんてものを扱うものもありますし。
馬の世話、なんていうのもあります。
そういう意味では、教団に入っても本職ともいうべき神官になれるのは、ほんのひとにぎりの人だけです。
ましてそのなかでも、本部での神官見習いとして認められるのは、ある意味でエリートコースと言いますか。
僕もシアンも、村の教会にいた神官の方に勉強を教えてもらいましてね、おかげさまで難関を突破できたというわけです。
ガリ勉だのなんだのと故郷ではいじめられることも多かったですけど、それもここに入れたことでチャラになりました。
───あぁ、はい、すいません。
だいぶ話が脱線してしまいましたよね。
お聞きになりたいことは、オラクル様のことでしたよね。
実はちょうどオラクル様に関しては、トピックスがあるんですよ……なんと僕たちはこの前、すごいお近くに寄らせていただくことができまして!
いまだにあのときに拝したご尊顔が、あたまから離れないくらいです!
そう、そうなんです!
ふつうなら、僕たちのような下っぱじゃ、近寄ることすらできないはずだったんですけど、偶然にも……。
それもね、ここだけの話、お声をかけていただいたばかりか、そのお手がこの額に触れてきたんですよ!!
あのときばかりは、天上の国とはこのようなところにあったのかと思ったほどでした。
だってもう、遠巻きに見ているだけでもまぶしいほどにお美しいのに、それをまさかの至近距離から拝めるなんて……っ!
もうこれは、興奮せずにはいられないレベルですよね。
ついでに言うと、めちゃくちゃいい匂いがしました。
あれは月花燐樹の匂いでしょうか、ほんのりと甘さを帯びた、さわやかな香りです。
うわさで耳にしたことはあったんですけど、本当でした。
いや、月花燐樹というのは、うちの教団にとっての御神木なんですけれど、紫に光る花を年に一夜だけ咲かせることで信徒には知られています。
その開花の際には、たいそう芳しい香りがただようのですが、僕たちも田舎の教会で一度だけ立ち会って見せていただきました。
あれこそ、この世の神秘そのものです。
夢心地の光景ですよ、本当に。
そんな御神木と同じ芳香がするんですよ、オラクル様からは。
そういう意味でも、御神木と同じとはありがたい、主祭神様に愛された証拠だろう、となるわけです。
それから、オラクル様のお姿に関して聞いていたうわさの『黒髪黒目』というのも、本当でした。
艶やかな黒髪も、貴石のような黒い瞳も、本当に混じりっけのない漆黒で。
僕も若輩者ですので、たいした見識を持っているわけではないですが、それでも故郷からここまでは遠く離れていまして、修行のためにここへ寄宿させていただくのに、だいぶ色々な国を見てきたつもりだったんですけどね。
あんなにきれいな黒は、ほかに見たことがないです。
ちなみに聖女様も、それはそれはお美しい紫の瞳に、髪のお色は淡い紫をされてらして、こちらも女神様かと思うほどの美貌の持ち主です。
オラクル様よりは年下のようで、むしろ僕たちに近いかもしれません。
いやはや、お二方ともに、なんとありがたいお色なんでしょうね。
我が教会でお祀りしている三柱の神様のお色ですからね、黒と紫は。
そういう意味でも、その方々はうちの教団にとって、高貴にして特別な存在なのです。
そんなオラクル様に、間近から接見させていただけたなんて、一生ものの思い出ですよ。
いやぁ、神様は我々の厳しい修行に対するご褒美をくださるものなのかと、あのときから、よりいっそう深く信心することになりましたから!
あ、でもこれは一応ナイショにしておいていただけますか?
えぇ、そうなんです。
我々神官見習いは、その教育の一環として『オラクル様と聖女様には、決して手を出すことなかれ』というのを最初に叩き込まれるものですから。
むしろそこをクリアできないような煩悩のかたまりのような人間は、どれだけ神力が強かろうと、ここから追い出されてしまいます。
僕もシアンもここを追い出されては、とてもじゃないけれど遠くて、帰りの路銀もなくて困りますので、はい。
といっても、本来なら聖女様はともかく、オラクル様は特に隠されているといいますか、その入団当初の洗礼の式でもヴェールでお顔は隠されていますし、ふだんから護衛騎士の方々が、ガッツリ脇を固めていらっしゃいますからね。
手を出すどころか、お姿を見るのもむずかしいくらいですし、当然のように物理的にも近寄れません。
この本部内を移動されるにしても、常にその騎士たちのだれかがついてますからね。
神様や妖精のお姿と声を、オラクル様ほどはっきりと見て聞くことができるのは、やはり歴代の神託神官のなかでも突出した能力のようですし、癒しの術である『神の御技』にしても、かなりの腕前のようですから、仕方ないと思います。
万が一にも拐われでもしたら、大変ですからね。
むしろ、そのお顔を拝見した今となっては、その警備も過剰どころか足りないくらいだと思いましたもん。
あれは危険です、神様だってきっとメロメロになりますよ。
それくらい、あのほほえみには破壊力がありましたから!
え、どうやってそのお顔を拝見したのかですか?
実はですね、つい先日オラクル様が、そのいつも公式行事の際なんかはかぶっていらっしゃるヴェールをせずに、しかもたったおひとりで中庭にいらっしゃったのです。
ここの聖堂と食堂のある建物をつなぐ渡り廊下から、その中庭が見えるんですけれども、たまたまその日は授業の合間の移動で、そこを通ったときにいらっしゃったんですよ。
それも、いつもなら脇を固める護衛の騎士もいない状態でですよ!?
もう、びっくりです。
といっても通りかかった僕たちは、その中庭にいらっしゃる方がだれなのか、最初はまったくわかりませんでした。
少なくともただよう神力の質も高くて、これは名のある幹部の方にちがいないと思ったものの、だれもそのお美しい容貌に心当たりはなかったんですから。
あれだけの美形なら、一度お会いすれば二度と忘れないと思うレベルです。
ましてそれが教団幹部の方なら、一度は必ずごあいさつさせていただいているはずだし、わからないはずはないだろうと思ったんです。
最初にその方の正体に気づいたのは、僕の幼なじみのシアンでした。
あとで問いただしてわかったことなんですが、実はシアンは過去に、風に飛ばされた手紙を追って、中庭にいるオラクル様のお姿を遠巻きに見たことがあったとか。
手紙を飛ばすほどの風ですから、当然ヴェールもはためいていたわけでして、それでお顔がチラリとだけながら見られたということのようです。
それ以来、どこかぼんやりとすることが多かったように思えましたが、今なら僕にもその気持ちがよくわかります。
それも仕方ない、魂が持っていかれそうになっても理解できる、そんな麗しさをお持ちでしたからね。
ちなみにシアンがその麗人の正体に気づいたあとに、黒髪黒目であることだとか、どうやら僕たちには見えないなにかと会話をされているご様子に、さすがの神官見習いの仲間たちも目の前にいらっしゃる方が、どうやら例のうわさのオラクル様だと気づいたようでした。
といっても、気づいたからといって、なにができるわけでもないんですけど。
だって僕たちは、入団後最初の教育で『近寄ることなかれ』と学んでますからね。
そうでなくとも、なんだかあの絵画的な美しい光景に自ら割って入る勇気のあるものなんて、そうそういなかったとしてもおかしくないでしょう。
だけどね、シアンのやつはその抑えが利かなかった。
ずっとそのお顔を中庭で拝見してから、恋い焦がれていたみたいなんです。
身の程知らずのそしりは、免れないでしょうね。
僕が止める間もなく、さぁっと中庭に向かってかけ出していました。
あわてたのは、僕のほうですよ。
シアンとは同じ遠方の田舎から出てきた幼なじみということもあって、おたがいにセットで考えられているわけですから。
アイツがなにかヘマをすれば、当然のように僕も連帯責任をとらされることになるのだろうと思います。
だからこそ、必死に追いかけて、もどるよう説得するつもりでした。
だけどその前に、アイツはオラクル様に話しかけたあげくに、握手までしていただこうとしているんですよ!
あり得なくないですか!!?
なに堂々と、禁忌を犯しているのかと。
僕もあわてて注意しようとちかづいたところで、なんとオラクル様が、僕たちに向かってほほえみかけられたんです!!
しかも『みんなには内緒ですよ?』なんておっしゃって、口もとに指を当てて、小首をかしげられたんです。
もう、それを目にした瞬間、ぽーんと記憶が飛びましたよね。
あれは仕方ない、不可抗力です。
それくらいの魅力が一瞬にしてあふれて、もはや大氾濫ですよ。
一目惚れ、なんてなまやさしいものではないとは思うんですけど、あの爆発的な感情をなんと呼んだらいいのか、いまだに答えは見つかっておりません。
ともかく、そんなのを見てしまったら真っ赤になって固まるしかないし、シアンだってもはや意識があるのかどうかっていう様子でした。
まぁ、反対に心臓は壊れるんじゃないかってくらい、めちゃくちゃバクバクしていましたけど。
そんな風に僕が顔を赤くして固まっていたらですね、今度はそのオラクル様が僕のほうに向いたんです。
でもいくら手を振られても、話しかけられても、もうどう返していいのかわからなくなって、ひたすらゴーレムのように立ち尽くすしかできなかったです。
そうしたら、今度はオラクル様が手を伸ばしてきて、ご自分の額と僕のそれに当てられたんです。
僕が顔を真っ赤にして固まっていたから、具合が悪いんじゃないかって、心配してくださったんでしょうね。
えぇ、よく熱の有無を調べるときなんかにやる、あのしぐさですよ。
さすがにそんな風に接触されるなんて思ってもみなかったので、もうそこで意識は途切れました。
たぶん、失神したんでしょうね。
次に気がついたときには、医務室のベッドのなかでした。
僕の言うオラクル様とのエピソードというのは、それです。
ともかく、お美しい。
それこそ至近距離でその笑顔なんて拝もうものなら、確実に心臓を撃ち抜かれるのはまちがいないです。
軽く天国が見えますから、どうぞ被弾にはお気をつけください。
それでは修行の時間ですので、ここらで失礼いたしますね。
あなたにも、神のご加護がありますように。
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