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第21話:思わぬ伏兵が現れた!
正直なところ、なにが起きたのか理解できなかった。
群衆をかき分け、こちらへ走り寄ってきたのは、俺の護衛担当の責任者だった。
あぁよかった、彼ならこの目の前の少年たちを託せるとホッとしかけたところでの、突然の抱擁である。
───え、なんで?
なんで俺は、コイツに抱きしめられてんの??
体格差があるせいで、完全にすっぽりと腕のなかに収まってしまっている。
おかげで、身じろぎひとつできない状態だ。
「あ、あのっ?」
しかもこちらを抱きしめたまま、相手はなにを言うでもなく、動きもしないっていう。
もうマジで、意味がわからない。
俺よりも背の高い人物に、正面からガバッと抱きしめられるというこの状況、なんとなくイケメン死神にもされたやつを思い出す。
それよりも、こっちのほうが防具とかもつけてる分、かさばるし触感も固いんだけどな。
あとは香水でもつけているんだろうか、ムスクのような甘いのにスパイシーな濃い匂いが、ツーンと鼻の奥まで一気に刺さる感じがした。
もうその時点で、げんなりとする。
……いや、うん、ごめん、この匂いは苦手なヤツかもしれない……。
つーかあれだ、前世の同僚にさ、こんな感じの匂いさせてるのがいたんだけど、どうにも自己主張が激しいリア充自慢タイプで、苦手だったのを思い出す。
もちろんソイツとこの護衛の騎士は別人だっていうことは、ちゃんとわかってるけどな?
でも匂いって、わりと記憶と直結するものだし、そしてなにより生理的な好き嫌いが出やすいものだと思う。
ほかにも俺の場合は、この距離で触れ合いがあるのなんて基本的にはイケメン死神くらいなものだから、こういう人工的な匂いに慣れていないせいもあるかもしれない。
さすが──といっても推定なんだけど、死神だけあって、特に匂いとかしないんだもんな、アイツ。
………なんて、現実逃避している場合じゃなくて。
このまま事態が膠着しても困るとばかりに、なんとか腕のなかから抜け出そうともがけば、勢いよく引きはがされるようにして解放された。
ただ、ホッとしたのも束の間、今度は両肩に手を置かれて正面から向き合わされる。
至近距離でそれをされるには、なんていうか……うぅむ、忌憚のないご意見として言えば、少し暑苦しかった。
この護衛班長をしている教会所属の騎士は、たぶん世間一般でいえばイケメンの部類に入るのかもしれないし、かなり鍛え上げられた身体は恰幅もよく、いかにも頼り甲斐がありそうだった。
たぶん夜のお店に行けば、そこで働く女性たちからはモテるタイプだ。
だけどこちらにしてみれば、とても身近なところで幼いころからイケメン死神をずっと見続けてきたせいか、だいぶイケメンというものに対するハードルが跳ね上がってしまっているのは否めない。
そのせいでむしろゴツすぎて、種別で言えば『イケメンゴリラ』にしか見えなくて。
もうなんて言うか、本当にすまん!!
これは俺が悪いやつで、彼にはなんの非もないはずなんだ。
だけど俺にしたって、ある意味で悪気はないんだよ、本当にすまんとしか言いようがないんだ。
平気、平気、きっとマッチョ好きな女子にはモテると思うぞ!?
「大丈夫ですか、オラクル様!なにもされておりませんか!?」
そして片方の手はほっぺたに添えられて、上を向かされ、顔をのぞき込まれた。
至近距離から、きれいなガラス玉のようなグレーの瞳が、俺の様子をうかがおうと必死に見つめてくる。
───って、いやいやいや、この体勢おかしくね?
ていうか、距離が近すぎる。
いっそ熱っぽいくらいのまなざしに、困惑するしかなかった。
「なにかされるって言えば、今まさに、あなたからされてますけども……」
若干声が冷たくなってしまったのは、許してほしい。
だってそうだろ、イケメンだろうがなんだろうが、マッチョな男に抱きつかれたところでうれしくもなんともないし。
心配してくれているのはわかるけど、どう見たって俺よりもこの子たちのほうが、緊急性高そうに見えるだろうが!
……ついでに言うと、コイツに抱きつかれた瞬間とか、顔をのぞきこまれたりとか、そのたびに後ろのギャラリーが大騒ぎをしてうるさいんだよ。
だから俺は、見せ物じゃねーっての!
「はっ、誠に失礼いたしました!」
あわてて俺を解放してくれた護衛班長──名前はグリージャ・オルトマーレというらしい──は地面に片膝をつくと、こちらに向かって恭しく頭を下げる。
それよりも、俺に気を遣うんじゃなくて、目の前の子たちをどうにかしないとだろ?!
たしかにコイツの仕事は俺の護衛をすることなんだから、まずは俺の身の安全を確認しなきゃいけないというのも、わからなくはない。
だけどいくら職務に忠実であろうとも、教会の理念的にも───その前に人としても、目の前に倒れている急病人とおぼしき人物を助けるのは、あたりまえのことだと俺は思う。
「それはともかくとして、今はこの子たちです。突然目の前で倒れられたので、あたまを打ってないか心配です」
「お待ちください、オラクル様!」
ようやく解放されたからと、膝をついてモスグリーンの瞳の少年の様子を見ようとしたのに、それもふたたび正面から抱きつかれるように腰の辺りに手をまわされて、止められた。
そのついでに相手が立ち上がれば、まるで片腕に抱かれたようなかたちになる。
片腕だけだっていうのに、それだけでろくに身動きができなくなった。
クソ、これが、ゴリラパワーか。
さすがに護衛の班長を命じられるだけあって、強いと言うべきなんだろうか。
「この場合、オラクル様がなにをされても悪化させるだけなので、視界に入らないことがなによりかと存じます」
はっ!?
なんだよそれ、俺がなにをしても悪化させるってどういうことなんだ!?
「でももしあたまを打ってたら、下手に動かしたら危険です。せめて癒しの術をかけるくらいは……」
たぶん中庭の柔らかい土の上なら大丈夫だとは思うけれど、せっかく勇気を出して孤立しがちな俺に話しかけてきてくれた、かわいい後輩なんだ。
俺としては心配もするし、なんなら怪我を治すくらいはするつもりはあったんだけど……。
「いいえ、この者たちにそのようにオラクル様がお手を煩わす必要などありません!」
けれどそんな俺の申し出は、思った以上にキツめの言い方で否定された。
その言い方が、職務を優先させるためなら俺の意思もさることながら、見習い神官なんてどうでもいいと言わんばかりにも感じられて、カチンとくる。
なんなんだよ、コイツ!
思わずムッとして、にらみつける。
(オラクルちゃん、この男はなんなんですの?!)
そうしたら俺の気持ちは肩に乗る、花の妖精フローレのツボミにも伝わったんだろう、嫌悪感もあらわにほっぺたをふくらませて苦情を申し立ててきた。
護衛班長と俺の視線が交錯したのは、ほんの一瞬のことだった。
ただ、思った以上に相手からのも強い視線で、ひるみそうになる。
だって迫力あって怖いんだから、しょうがないだろ!?
逆立ちしたって敵いそうもないくらい、明らかに強そうなイケメンゴリラ相手では、俺のような貧弱な神官じゃ瞬殺されるしかないじゃないか。
………うん、これは無理だ、なんてあきらめそうになったそのとき。
「はっ!大変失礼いたしました!!オラクル様に対して無礼な態度を取りましたことをお詫びいたします!申し訳ございません!!」
次の瞬間には、弾かれたようにオルトマーレ護衛班長は俺を抱えていた腕を離し、後ろに飛びすさると、身体を直角に曲げて深々とお辞儀をしてくる。
「え……?あ、はい、大丈夫です……」
なんならそのまま平伏しそうな勢いに、あっけにとられるしかなかった。
俺といっしょになって怒っていたはずのツボミですら、出鼻をくじかれて黙り込んでいる。
「あの、本当に大丈夫ですから、あたまを上げてください!もう全然、気にしてませんので!!」
その後もひたすら恐縮してくるイケメンゴリラに、かえってこちらのほうが申し訳ないくらいの気持ちになってきて、あわててあたまを上げさせた。
なんつーか、精神衛生上良くないよ、この人……。
「そうですか、それならば良いのですが……では、その間に彼らを運ばせましょう!おい、ロッソにジョーヌ、コイツらの看護を!」
後ろをふりかえって部下を呼び寄せる護衛班長に、ホッと息をつく。
それに合わせて、渡り廊下にたまっていた見習い神官たちが、ほかの護衛たちによって散らされていった。
まぁこれから勉強の時間がはじまるわけだし、いつまでも俺も見せ物になるつもりはないしな。
あらためてホッと息をつけば、ツボミも今は落ちついているようだった。
先ほどの一瞬で、ザワつきそうになっていたほかの妖精たちも、今は落ちつきを取りもどしているみたいだ。
そのことにも、安心する。
もしあのとき、この護衛班長が俺と言いあらそいにでもなっていたら、きっとこの中庭にいるシズクやホムラ、ダイチにハヤテといった初期メンバーの妖精たちが黙ってなかっただろうし。
みんな一斉に、この目の前の男に攻撃を仕掛けていたかもしれないんだ。
もしそんなことになったら、大惨事だ。
いくらイケメンゴリラ枠の屈強な騎士だろうと、不可視の存在の前には、赤子の手をひねるようなものになってしまう。
まして妖精たちのあやつる力は、人間の使う魔法とは性質が異なるからこそ、相殺することはおろか、防ぐことさえむずかしい。
なんなら、血を見る事態が引き起こされていた可能性だって、捨てきれないんだぞ。
いつもは穏やかなツボミですら、さっきは俺につられてイラついてたもんな……。
………反省しよう、きっとこれは俺が聖職者らしからぬ血気盛んな態度をとってしまったのがいけないんだから、もっと穏やかな凪いだ心ですごさなければ……。
これくらい、前世のやけに理不尽な会社の上司や取引先と比べれば、余裕だろ?!
俺自身は一介のモブ神官のつもりでいたけど、そもそもこうして護衛がついている時点で、おそらく教会内での立場は上のほうになるんだろう。
この護衛班長にしてみれば、気をつかわなければならない相手になるわけだろ。
その俺と意見が対立した場合、もしこちらが押しきったら、パワハラとかにもなりかねないんじゃないだろうか?
どちらにしても彼にとっての俺は、ゴネられたら面倒な相手であることには変わりない。
やはりここはひとつ、おとなしくしているしかあるまい。
そんな反省を一人でしていたら、じっとこちらを見つめる熱い視線を感じて、ふと意識を内から外に向けた。
その視線の主は、オルトマーレ護衛班長だった。
その場に片膝をついたまま、狼を思わせるような眼光鋭いグレーの瞳で、まっすぐに俺のほうを見つめてくる。
「まだなにか……?」
言い残したことでもあったのかと、ひるみそうになる気持ちを抑えて、なるべく心を穏やかに保ちながらたずねる。
すると相手からは、その鋭い眼光をやわらげながら、ほほえみかけられた。
「いえ、ただオラクル様のご尊顔を、拝することができるよろこびを噛みしめておりました。このグリージャ・オルトマーレ、神名に賭して、この命に代えてもオラクル様をお護りいたします!」
そして手をとられ、おでこに当てたあと、手の甲へとキスされた。
「─────っ!!」
これがいわゆる『騎士の誓い』の作法であることは、まちがいない。
とっさにルイス王子との間に起きた昨夜の一件を思い出して、思わず身構えそうになった。
本当に、なんなんだろうか、今日もイベント盛りだくさんすぎないか、これ!?
あたまを抱えたい気持ちになりながら、俺はそっと天を仰いだのだった。
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