第22話:シベハスが下僕になりたそうにこちらを見ている

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第22話:シベハスが下僕になりたそうにこちらを見ている

 オルトマーレ護衛班長から『騎士の誓い』を受けて、俺はとっさにどうこたえたものかと迷い、言いよどむ。  だって、答え方次第では、その誓いは成立してしまうんだから。  そのとき俺の脳裏によぎったのは、昨夜のルイス王子との誓いをした際のあれこれだ。  もちろん、元から妖精たちにとってルイス王子の好感度は高かったんだと思うけれど、四大属性の妖精たちに加えて、光の妖精ルミエールからも特に大きな加護を受けることになったのは、記憶に新しい。  つまり可能性としては、そんな加護の嵐が再現されないともかぎらないってことだ。  あのゲームのメインキャラクターであるルイス王子ならばともかく、魔王討伐をしに行くわけでもないモブ騎士にまで、チート能力をつけさせるわけにはいかないだろ?!  いくらなんでも、これ以上の原作改変は責任が取りきれないし、この世界への影響がどれだけ出るのか計り知れないからな。  ちょっと考えてみるだけでも、そんな危険なことはできなかった。  こちらに向けられる気持ちの元が、個人的な好意からによるものか、それとも教会、引いてはそこでお祀りされている神様に対する深い信心によるものなのかはわからない。  ただ、悪意でないことだけはたしかだと思うから、お断りするのも忍びないのだけど……でもここはひとつ、心を鬼にして断らなければならないよなぁ……。  捧げ持たれた手をそのままに、ルイス王子にしたのと同じ返答をすれば、おそらく契約は成立してしまう。  ならばわかりやすく、受け入れることはできないと示すしかないだろう。  護衛班長の手のひらの上から、そっと己のそれを引き抜く。 「っ!」  その瞬間に息を飲んだ彼には、この動きがなにを予期させるかなんて、きっとあやまたず伝わっているはずだ。  その悲しげに顔をゆがめて息を飲む姿を見れば、彼が受けたであろう衝撃は想像にかたくない。  そりゃ騎士にとっての『騎士の誓い』が、どれほど重たいものなのか、俺だってわからないわけじゃない。  あれは、己の誇りすべてをかけて誓うものだ。  その重みを知っていればこそ、断るのは失礼に当たるんだろうってことも、わかってはいるんだ。  だからこそ、己のしていることに対する申し訳なさに、ズキズキと胸が痛む。  その痛みをごまかすように、胸の前で引き抜いたほうの手首をもう片方の手でつかんで、小さく息をついた。  だけどこの痛みは、甘んじて受け入れるべきものだ。  おそらく俺がこうして、すげなくあしらうことで彼が受けたであろう衝撃や、悔しさ、怒りなんていういろんな感情の渦を思えば、比べるまでもないくらいに軽いものだ。  彼のためにも、このままそれには気づかないふりをするのがいい。  一度ゆるくかぶりを振ると、心のなかで気合いを入れる。  よし、『浮世離れをした神託神官』としての仮面の用意はできた。 「グリージャ・オルトマーレ殿、その気高き魂からのお気持ちを、大変うれしく思います。しかし……本来この『騎士の誓い』というものは、に向けて行うものです。神々の前においては、貴方も私も等しく、一介の信徒にすぎません。ならば私では、貴方が真を誓うべき主として足らぬものとなりましょう。その気高きお心は、それにふさわしき我々のお祀り申し上げる神々へと、どうぞお向けくださいませ」  決して単なる拒絶にならないよう、できるだけやわらかな口調で諭す。  といっても俺が言いたいのは、『お前の主にはなれない、お断りだ』ってことだけだけどな。  それをめちゃくちゃそれらしく、遠まわしに言うとこうなる。 「……………………承知、いたしました……」  そしてそれは、どうにかこの護衛班長に呑んでもらえたようだ。  ここで食い下がられたら、俺には説得するだけの根拠を示すことはできなかったと思う。  あー、もう、頼むからそんなにあからさまに落ち込むなよ?!  今にも泣き出しそうなのをこらえているみたいで、それを隠そうとうつむいている姿は、まるで主人に叱られた大型犬のような仕草にも思えてくる。  それこそルイス王子のときにはチワワっていう小型犬だったけど、こっちはどちらかと言えばシベリアンハスキーだった。  うん、ゴリラ改めシベハスだな。  どちらにしても、こっちがめちゃくちゃ罪悪感をおぼえることに変わりはないわけだけどな!  うぅ、胸が締めつけられるような感じがする……。  せめてものフォローを入れようと、うちひしがれている様子の護衛班長の肩に手を乗せると、口を開いた。 「オルトマーレ殿、どうか顔をお上げください、その誇り高き魂のかがやきを、我らがお祀りする神々は、きっとご覧くださっているはずです」  意訳をするなら、『落ち込むなよ、まぁ元気出せ。きっとその分、別のいいことが起きて報われるだろうから』ってとこだろうか。  そんな感じの言いかえが、スラスラと口をついて出る。  うーむ、我ながら堂に入ったものだ。  伊達に15年も、ここで神官としてすごしてないからな……。  本心からすれば、断らなくてはいけなかった理由だって話してあげたいし、失礼なことをしたと謝りたかったけれど、それをしちゃいけない場面だろう。  傷つけたことをあやまるのは簡単だけど、それじゃむしろ相手の傷をえぐることになりかねない。  この場合、相手に下手に希望をあたえずにきっぱりと断り、そしてとりつく島もないと思わせておくほうがいい。  なんなら、『誇り高き騎士に恥をかかせた』と恨んでくれてもいいからな……? 「…………………では、お部屋まで、お送りいたします」  それでも意識を切り替えて顔を上げたオルトマーレ護衛班長は、大したものだと思う。  見上げた根性の持ち主だよな、いつか彼が心の底から忠誠を誓える相手があらわれてくれることを願うしかない。 「……よろしくお願いします」  本当ならアクセサリーの特効付与の件で、この中庭にいる妖精たちに相談をしたかったけれど、空気を読んで今日はあきらめたほうがよさそうだ。  素直に従い、オルトマーレ護衛班長にエスコートされながら中庭を突っ切り、自室のある建物の廊下へと向かった。  さりげなく、また渡り廊下のあたりに集まってきた人の視線をさえぎるような位置取りをしてくれる彼に、本当に申し訳ない気持ちになる。  うん、職務にはとても忠実なんだよな。  そういう意味では、本当に『忠犬』っぽい感じがする。  もしこれが俺だったら、ここまでちゃんとできなかったかもしれないのに、さすが教会から護衛の責任者を任されるだけあるな。 「しかし、光の御子様の護衛騎士がおられるからこそ、こうして我ら教会の騎士は同行を遠慮していたというのに……いくら急用ができたとはいえ、こうしてオラクル様をおひとりにされるとは言語道断です!断固として、抗議を申し入れましょう」  部屋に送ってもらう道すがら、憤慨しているらしい護衛班長に、首をかしげた。  別にだれかになにをされたわけでもないし、強いてあげれば客寄せパンダよろしく、観衆の目にさらされたくらいだろうか?  それなら居心地がよくなかったかもしれないけれど、大した問題じゃないし、目くじらを立てるまでもないと思う。 「とんでもない!オラクル様はこの教会にとって、なくてはならないお方です。」  そう告げれば、オルトマーレ護衛班長は、こぶしをにぎりしめて熱弁をふるってくる。 「そんなものでしょうか?もし私がいなくなったところで、きっと同じような力を持った方がまた、すぐにあらわれるのではないかと思いますが……」  だからそんなに熱くならないでも、いいんじゃないかなぁ~なんて、思うんだけどね……。  そんなやりとりをしているうちに、自室の前へと到着した。  ほかに交代要員がいるようにも見えなかったから、このまま彼が部屋の前の立哨警備を行う感じだろうか?  それならさっきのお詫びも兼ねて、お茶くらいふるまうべきかもしれないな。  なんてことを考えていたら、ちょうど向こうからも話があると言ってきた。 「すみませんが、大変恐縮ではございますが、もしよろしければお話ししたいことがありますので、お時間を取っていただけないでしょうか?」  それなら俺に、否やはない。 「えぇ、特に予定もありませんので、どうぞ」  そうして扉を開き、自室へと招き入れた。 「先ほどは、差し出がましいことをいたしまして、申し訳ございませんでした!」  応接セットのソファーにかけるようすすめたものの、お茶を淹れる間も直立不動のままだった護衛班長は、茶器を手に俺がもどってくるなり盛大にあたまを下げてきた。  その勢いたるや、なんならローテーブルにおでこをぶつけるんじゃないか、そしたら粉砕してしまうんじゃないかってくらいに激しいものだった。  でも、さっきも言ったとおり、俺はまったく気にしていない。 「あの、とりあえず座りませんか?せっかくお茶を淹れたので、温かいうちにどうぞ」  顔を上げさせるついでに、そううながして穏便に済ませようとする。  相手も思うところはあるだろうけれど、まずは座ってくれた。 「……しかし自分は、この教会に仕える騎士の身分なれど、この心を捧げるのはオラクル様と思っております。我が主は三柱の神々であると同時に、オラクル様でもあるのです!」  ───うわぁ、思った以上に熱いコメントだ。  そんな演説をぶち上げるオルトマーレ護衛班長に、若干引き気味になったのは、やむを得ないと思う。  なんか俺のまわりはこんなんばっかりだなーとか、まるで他人事のように思ってしまったのはやむを得まい。  いや、だってそうだろ。  イケメン死神しかり、ルイス王子しかり、本人を置いてきぼりにしてやたらと盛り上がってたじゃないか。  そりゃあれだけ熱弁をふるわれれば俺の稀少価値の高さとか、いい加減理解はしたし、そのためにも自力でできる対策はしておこうと思ったわけだけど。  それにしたって俺と周囲との認識には、あまりにも温度差がある。 「……よろしいですか、オラクル様。ですからあのような輩とは軽率に接触をなさらないよう、重々お気をつけいただきたいのです」  俺がその温度差を心のなかで嘆いている隙にも、護衛班長は滔々と語っていたらしい。  あ、やべ、ちょっとボンヤリとしてて、聞きのがしてた。  どうしよう、でもたぶん前後の脈絡からして『俺が隙だらけだ』とか『危機意識が足りない』とか、そんな感じのことだよな……? 「はい、承知しております」 「それなら良いのですが……」  とりあえず、それらしく返事をしておくか。  神妙な面持ちでうなずきかえせば、一応は納得してくれたようだ。 「では、本当に先ほどの少年たちとは、なにもなかったのですね?!」  しつこいくらいに念押しをされたけれど、記念に握手を求められただけで、俺はただそれに応じたにすぎない。  まぁ、例の『見る』力も少しだけ体験してもらったけれど、それはナイショの話だから、口にするわけにはいかないしな。  だから表向きはあれは単なる握手にすぎないし、問題ないものだったとあらためて請け負えば、めちゃくちゃ渋い顔をされた。 「そこが問題なのです、オラクル様。握手だけとはいえ、そのような者たちと気軽に接触されるのは危険です!」 「………なぜです?今は神官見習いにしても、身元のしっかりしたものばかりだから、さほど心配する必要はないでしょうに」  そこがわからないんだよな。  それこそ外で見知らぬ相手に握手を求められて応じるとなれば、その瞬間に刺されるかもとか、そういうテロ的な意味での危機がひそんでいるという意味でなら、まだ理解はできるけど。  さっきのふたりなんて、完璧に教会関係者だし、身内じゃん? 「本当に先ほどの自分の話を聞いてらしたのですか?その危機感の薄さに対して、最前から気をつけるよう、ご忠告申し上げているというのに……!ならば、実際に体験していただくほうがご理解いただけるかと思いますので、失礼」  そう言って、立ち上がるよううながされた。  言われるままに、俺は応接セットの横に立つ。 「では再現してみましょう、貴方がいかに危険な状況にさらされていたのかということを、これでご理解いただけるかと思いますがね」  少しイラだたしげに言いながら差し出された相手の手をとり、握手する。  次の瞬間、グッとその手をつかんで引き寄せられた。 「わっ!ちょっ……えっ!?」  その強い力によろめいたと思ったら、気がつけば、すっぽりと相手の腕のなかに抱き込まれていた。  とたんに鼻をつく香水の匂いに、あたまがクラリとする。 「いや、あの……っ?!」  さらに腰にまわされた腕がしっかりと抱き止めてくるせいで、ろくに身動きもできなくなっていた。 「……こういう風に、抱きつかれる可能性もあったわけですよ?」  ささやく声は思った以上に低く剣呑な気配をまとい、そして耳に呼気がかかりそうなほど近くに寄せられたくちびるから発せられたのだった。  ───どうして俺はまた、こいつに抱きしめられているんだろう?  その疑問に答えてくれる者は、残念ながらこの場にはいなかったのである。 .
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