第23話:ヤバいトラップスイッチを踏み抜いた悪寒

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第23話:ヤバいトラップスイッチを踏み抜いた悪寒

 イケメンゴリラ改めシベリアンハスキーとなったオルトマーレ護衛班長に、またもや抱きしめられている。  いやいやいや、どういうことだ、これ?!  俺はただ求められるままに握手をしただけにすぎないはずなのに、どうしてこうなった。 「一度かかえ込まれてしまえば、このようなことだって可能となります」 「はぁっ!?」  淡々と、まるでつまらない授業でもしているかのような口調で解説をしてくる彼の手は、腰から背中をなで上げた後、そのまま下へと降りていき、なぜだか今は俺の尻をなでまわしている。  え?  うん……??  おかしいよな、これ!? 「なにをなさるんですか!」  思わず抗議の声をあげて逃げ出そうとしても、残念なことにガッチリ抱きつかれてしまっているせいで、その筋肉ムキムキな腕はびくともしなかった。 「このように単純に体格や腕力でうわまわる相手であれば、簡単に押さえ込めるのです。そうなれば相手の意のままに、まさぐられてしまいます」 「いや、だからって、なんでそれを実践する必要があるんですかっ!?」  そう言いながらも、今度は首すじに顔をうずめるようにして匂いを嗅がれる。  思いっきり深呼吸されてませんかね、これ?!  呼気が首に当たるし、なんなら相手の鼻がかすかに肌に触れてきて、くすぐったい。 「もちろん、貴方に危機感を持っていただくためです」  それ以外に他意はないと言わんばかりの返答だけど、それにしたって、やってることはアウトだろ。 「わかりました、十分わかりましたから!離してください……っ!」  腕に立つ鳥肌が、なによりも俺の気持ちを雄弁に物語る。  服の下だから、パッと見ではわからないだろうけどさ。  けれど必死になって身をのけ反らせて引き剥がそうとするのに、相手の反応は思ったよりも薄かった。  至近距離から俺をじっと見つめてくるグレーの瞳からは、なんの感情も読み取れない。 「……もちろん、これは相手の力が貴方よりも強い場合ではありますが、必ずしもそれだけが危険というわけでもありません。それこそ、あの神官見習いのような少年であったとしても、場合によっては身体の自由は奪えます」  そう言うなり、今度はすばやく俺の手首をつかむと、後ろにねじり上げてくる。  よくある刑事ドラマとかで、犯人確保の際にやるようなアレだ。  関節技を決めるから、下手に動かそうとすると痛みが走るし、無理をすれば肩がはずれかねないことから、相手を制圧するときには必須とされるひねり方だった。 「痛……っ!」  もちろん本気でねじるというよりは、むしろ軽く動きを封じる程度にしかされていないはずなのに、相手に背後を取られたまま、やや前傾姿勢の状態で身動きがとれなくなった。 「このようにスピードやタイミングさえ見計らえば、貴方よりも力の弱い相手とて、やはり簡単に自由を奪えます」  たしかにこの方法なら、単純に体格だとか力が強いかだけの問題ではない。 「それはわかりましたから……いい加減、手を離してください!」  必死に顔を後ろに向けながら、そう訴えた。  だって危機感を持たせるためだけなら、これで十分だろう。  ここまでされれば、さすがの俺だって相手がどれだけ有利なのかは理解できる。  ちゃんとこちらに伝わったのだと声をあげたのに、なぜだかそれはスルーされた。 「このような体勢に持ち込まれた場合、攻め手はいくつかのパターンが取れます」  こちらを無視したままに、淡々と進められる解説には、もはや嫌な予感しかしなかった。 「っ!ひぅ……っ!」  身体に腕がまわされ、背後から密着される。  そして軽く音を立ててうなじにキスをされ、そのついでのように、ぺろりとなめられた。  その生あたたかく、ぬめるような舌が肌の上を這うような感触に、思わずビクリと身体がふるえる。  いやだ、気持ち悪い……。  なのにその抗議の声は、のどの奥に詰まってしまって、とっさに出てきてくれなかった。 「たとえばこのように、うなじにキスをすることもできますし、さらには股間を押しつけてくることもあり得ます」  そう言ってゴリゴリと服の上から尻に押し当てられる、その硬い触感のモノがナニかなんて、考えたくもない。 「んっ!あの、本当にちょっと待って……ひぁっ!」 「そのように弱々しい抵抗では、拒絶するセリフを口にされたところで、かえって敵を煽り興奮させるだけともなり得ます。そうなればこの体勢からは、胸元もまさぐり放題となるので危険です」  マジで意味がわかんねぇ、お前の頭んなか、どうなってるんだよ!  まさぐんないからね、ふつうは!  なにより今一番危険なのは、お前自身だろうがっ!!  今度は言葉のとおりに、上に羽織ったローブをかき分けて、服の上から的確に乳首を責めてくる。  そしてなぜ、ピンポイントで当ててくるんだ、お前は!? 「ちょっと……っ、あのっ、もう本当にお止めくださいっ!」  とたんに背中を駆け上がってくる嫌悪感にふるえそうになって、それをこらえようとしたら声までもがふるえた。  嫌だ、もうこれ以上俺に触れてくんな!!  そう言って殴り飛ばせたらよかったのに、それは腕を取られているせいで、物理的に不可能だった。  それに、彼に対してはちょっと前に『騎士の誓い』を一方的にお断りしてしまったという負い目のようなものを感じてしまっていた。  そのせいで、とっさに相手をののしることもできなくて、どこまで抵抗をしていいのか判断に迷ってしまったのもある。  どうしたらいい?  どうすれば、ここから逃げ出せるんだ??  考えてみても、まるで解決の糸口が見えてこない。  ……ヤバい、頭が混乱してきた。  だいたい、なんでいきなり俺はコイツに襲われかけてるんだよ!?  こんな状況で、俺はどうすればいいっていうんだ……?  相手はゴリマッチョな騎士で、騎士ってことは対人戦におけるプロなんだぞ。  そんな相手に襲われたら、腕力だけの問題じゃなく、たぶん体術とか武術とかの技術的な問題もあいまって、俺では抵抗しようもない。  ていうか、抵抗って具体的にどうすればいいんだっけ?  腕を振り払いたくとも、身動きひとつままならないこの状況で、できることは少ない。  いざとなるとあたまのなかが真っ白になってしまって、からだがまったく言うことを聞いてくれなかった。  別に相手は身内なのだから、命の危機が差し迫っているわけでもない。  ただ力で敵わない同性から、『俺に危機感を持たせるため』の実践として襲われかけているだけの話だ。  だからもしかしたら、あくまでも目的が達せられたとわかれば、それ以上のことはされないのかもしれないし、をしてみせているだけかもしれない。  けれど相手の性格だとかがわからない以上、どこまで本気で襲うつもりがあるのか、残念ながらわからなかった。  そのせいで、わけもなく恐怖の感情がせりあがってくる。  この部屋のなかなんて、ある意味で密室というか、少なくともだれでも気軽に入ってこられるような場所じゃないことはたしかだ。  ついでに言えば、本当に今日の部屋付きの護衛担当がコイツでまちがいないのであれば、ほかに部屋の前に立つ護衛はいないことになる。  え、あれ……もしかして詰んだ?!  だってそうだろ、仮に俺が大声をあげて助けを呼んだところで、だれも来られないんじゃないのか……?  それって、かなりヤバい状況なんじゃないだろうか。  その可能性に気づいて、サァッと血の気が引いていく。  最悪だ、そんなフラグが立てられるだなんて、されかねないってことになるんじゃないのか?!  そう考えられなくもないんだ。  そのせいで、わずかでも身をよじって逃げ出そうと、もがいていたはずのからだが固まった。  抵抗をやめればどうなるかなんて、わかっているはずなのに、声もなくうなだれるしかなかった。  そうして抵抗をやめた俺の様子に気づいたのか、ようやく後ろにひねられていた腕が解放された。  もちろん、だからといって逃げ出せるわけでもないんだけれど。 「降参ですか、オラクル様?それとも、もっと先のことをしても良いとでも……?」  かすかに興奮したようにうわずる声でたずねてくるのに、力なくかぶりを振って『否』と意思表示をする。 「……んっ!や、めっ…!」  けれどそれは相手に伝わらないどころか、あらためて両腕をまわして背後から抱きつかれた。  首すじに相手のくちびるが押し当てられ、ちりっとした感触が走る。  それだけでなく、コイツの太くゴツい指が服の上からとはいえ、あらためて両手を使って胸元を無遠慮にまさぐってきた。  乳首を押しつぶすようにこねてきたと思ったら、ギュッとキツくつままれ、そしてまた今度は円を描くようにゆっくりと刺激される。  いくらなんでも、危機感を持たせるためだけの目的で、ここまでする必要なんてないだろ!  そう思うのと同時に、だからこそコイツ自身に『その気』があるとしか思えなくて、なにをされるのかが不安でたまらない。 「オラクル様、もしかしてふるえていらっしゃいますか?我慢なさらずとも、存分に声をあげていただいて結構ですからね」  背後からおおいかぶさるようにして、耳元にささやきかけられた。  その低く響くいい声は、いつもだったら『ゲームのなかに出てくるなら、CVはだれになるんだろうか』とか思って、ワクワクしていたかもしれない。  だけど今日にかぎっては、ただただ恐怖を感じるだけだ。  それだけじゃない、そのねちっこい指の動きに引きずられて、昨日のイケメン死神からの愛撫も思い出させられた。  でもあのときのふたりには、『まぁいいか』なんて流されそうになったけど、今回はどうしたってそんな風には思えなかった。  からだだけじゃなく、気持ちだって全力で拒否をしている。 「あぁ、オラクル様、お慕いしております……」  陶酔したような声でささやきかけられたところで、なにひとつ俺にとっては救いにすらならない。  まだ押し倒されたわけでもないし、ただ背後から抱きつかれているだけではあるけれど、ただひたすらに怖かった。 「あの……やめっ……本当に……っ!」  たぶん今の俺は傍目に見たら、情けないくらいに顔色も青くしていることだろう。  からだだって、俺の意思なんておかまいなしにカタカタとふるえているし、事実ろくな抵抗もできていなかった。  今までだって有ったかもしれない危機だとしても、こうして実際に自分と同じ男から、性的な意味で襲われるのを身をもって体験することなんて、なかったんだから。  己の無力さにただふるえるだけで、とっさに解決法ひとつ浮かばない。  後ろからまわされた片手が、下へと降りていき、いまだ反応することのない性器を服の上からつかんできた。 「すぐに善くして差し上げますね」  陶然とした声が、耳もとでささやかれる。  そのままこすりはじめる手の動きに、さらに嫌悪感は増すばかりだった。  冗談じゃない、善くなんてなるはずがない。  ただそのときに思っていたことは、ひとつだけだった。  ───いやだ、だれか助けて、と。  その願いは、口をついてこぼれ出る。 「や、だっ…………っ!」  だれに対して言ったわけでもないそれは、しかしバッチリと拾われていた。 (オラクル坊に、なにをするんじゃーーーっ!!!) (そうだ、そうだ!おまえなんて、およびじゃないんだよ!!)  聞き覚えのある声とともに、が室内にあらわれる。  その直後だった。  室内にもかかわらず、突風が吹いてきた。  その風は巧みに俺を避けると、背後をとっていたオルトマーレ護衛班長に襲いかかる。 「なん……うわあぁぁっ!!?」  突如として室内に吹き荒れる風と、叫び声とともに背後から消える護衛班長の気配。  やがて室内の風が吹き止んだのを見計らって、俺はそっと詰めていた息を吐く。 (遅くなってすまんかったのう、オラクル坊。ワシらは呼ばれんかぎりは、坊のそばに飛ぶことができなくてな……) (ごめんよ、おいらのはやさにも、げんかいがあるんだ) 「────っ、ダイチ、ハヤテ……っ!ありがとう……!!」  そこにいたのは地の妖精ノームのダイチと、風の妖精シルフィードのハヤテだった。  一般的な妖精らしく、手のひらサイズのハヤテに、それよりも大きいダイチにしたって、せいぜいふたまわり大きいくらいである。  けれどその小さな身体が、今ほど頼もしく見えたことはない。 (不埒な輩からオラクル坊を守るのも、ワシらの仕事じゃからな!) (そうそう、だからあんまりきにすんなよな!)  そのふたりの姿を見たとき、ようやく強ばっていたからだから力が抜けていった。 .
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