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第24話:うちの妖精たちがモンペすぎる
よく見知った妖精たちの顔を見た瞬間、これで助かったと心の底からホッとした。
それと同時に、ふるえていた足から力が抜けていく。
そのせいでまともに立っていられなくて、思わずその場にへたりこんでしまった。
(おっと、あぶねー!)
そうしてひざからくずれ落ちた俺を支えるように、ハヤテの呼んだ風が受け止めてくれる。
おかげで床にひざを強打する、なんてことにもならずに済んだ。
(ほかのやつらも坊のことを心配してるんじゃが、呼んでもいいかのう?)
「え……?あぁ、うん」
ダイチにたずねられ、うなずき返せば一斉に室内に妖精たちが湧いてくる。
(オラクルをなかすヤツがいたら、このオレサマがようしゃしないぜ!)
(オラクルをこまらせるのは、メッなの!)
まずは火の妖精サラマンダーのホムラと、水の妖精ウンディーネのシズクが、パタパタと羽根を広げて飛び出してくる。
そのままホムラは、俺の背後でノビているオルトマーレ護衛班長に向かって、炎をその身にまとわせながら威嚇をはじめるし、シズクは俺の顔に向かって飛びついてくるなり、ちっちゃな手であたまをなでてきた。
……うん、まだ泣いてはいないけどね?
でもたしかに、かなり困ってはいた。
オルトマーレ護衛班長の口調は、あまりにも淡々としていて、それこそまるで本当に授業でもしているかのような感じだったから、どこまで本気なのかわかりにくかったんだ。
それに、その直前に『騎士の誓い』をわざとスルーした一件もあったわけで、相手に対する負い目のようなものを感じてしまっていたのも、どう対処していいか迷う一因になったんだろう。
もしかしたら彼には、俺のそんな心のゆらぎが、隙となって見えてしまったのかもしれない。
その隙のせいで、彼が理性を失いかけたのならば、これは俺自身の弱さが招いてしまった災難だとも言える。
でもこうして、本当に貞操の危機的意味あいで襲われかけたのなんて、これがはじめてだったから、いざとなると自分ではなにもできなかった。
散々イケメン死神やルイス王子から危機感を持てと言われていたのにもかかわらず、なんの対策もとってなかったせいだ。
妖精たちがいなかったら、今ごろどうなっていたことか。
あぁ、俺って本当に無力なんだと、悲しくなってくる。
(オラクルちゃん、無事でしたの!?まったくもって、なんたる破廉恥な輩なのでしょう!アタクシ、許せませんわ!!)
いつもは温厚なツボミでさえも、腰に手を当てプリプリと肩をいからせ、くちびるをとがらせていた。
うん、ありがとう、俺の代わりに怒ってくれて。
なにより彼らの怒りは俺に対する保護者的観点からのものだから、当然のようにその敵意の対象はオルトマーレ護衛班長へと向いていた。
とりあえずツボミは蔦を呼び出すと、それで彼のことをぐるぐる巻きの状態で拘束した。
(そうじゃ、そうじゃ!主様の不在時にオラクル坊に手を出そうとは、いい度胸をしとるわい、そんな輩はワシがとっちめてくれるわ!!)
フンスと鼻息を荒くするダイチは、腕まくりをして力こぶを作っている。
(……ふむ、それともあれか、二度とそんな気を起こさぬように、いっそ物理的に去勢してやるべきかの?)
いつの間にか斧を手にしているダイチが、なにを考えているかなんて、その視線をたどるまでもない。
(よっしゃ!きるんだったら、おいらのかぜのやいばもけっこうイケるぜ!!ズバーってな!)
その横では、ハヤテがそれをまねするように、力こぶを作っていた。
おいおいふたりとも、いくらなんでも物騒すぎないか!?
というか、アイタタタ……。
彼らがやろうとしていることを想像するだけで、制裁を加えるにしてもやりすぎなことがわかる。
(キレイなお花にだって、毒はありますのよ。そのような危険な思想をもった男など、いっそのこと、その毒で仕留めてしまえばよろしいのではなくて?)
まさかのツボミまでもが、はてしなく物騒なことを言い出す始末だ。
さっきからおとなしいホムラにしたって、いつでも焼き殺せてしまいそうな感じに、威嚇をつづけている。
───いやいや、ちょっと待って。
いくら相手は俺が手も足も出ないほどに屈強な男で、教会の擁する騎士団の精鋭だと言っても、しょせんは人間なんだから!
君らが総出でなにかやったら、簡単に死んじゃうからね?!
なにより彼は、これでも教会所属の人間なんだし、仮にも俺と同じ我らが三柱の神様方に仕える身、気軽に傷つけていい相手じゃない。
さすがにこのまま放置すれば、ヤバそうな流れになってきたのを感じ、あわてて妖精たちを止める。
「ダイチもハヤテも、本当に今回はふたりのおかげで助かったよ、ありがとう。それにツボミもシズクもホムラも、もう大丈夫だよ」
妖精たちに向かって手を伸ばして、無事だったのだから、その怒りを納めるようにとお願いする。
なんでうちの妖精たちは俺のことになると、こんなに血気盛んなんですか!?
ちょっと前に、俺にとっての家族みたいなものだと思ったけど、これじゃむしろモンペになってないか?!
ちょっと不安になってきたぞ、俺は……。
(オラクルちゃんが止めるというなら、やむなくゆるして差しあげますの。でもアタクシ、この子のことは好きになれなくてよ!)
ツーンとそっぽを向くツボミは、完全におかんむりだな。
うーん、ツボミにすればオルトマーレ護衛班長がつけている、この人工的なキツい香水の匂いもまた嫌なんだろうなぁ。
ちょっと強すぎるもんな、この匂い。
苦手という意味では、俺も同じだからわかる。
そんでもってシズクやホムラは、たぶん俺の困惑だとか嫌悪だとかの気持ちを汲んで、代わりに怒ってくれているんだろう。
なんかこう、やけに俺に対して過保護な気もするけど、俺に対する愛情表現だと思えば、ありがたさしかない。
そうなると残る問題は、ダイチとハヤテだった。
今回彼らが怒っている原因は、そこでノビているオルトマーレ護衛班長が俺に手を出そうとしたことによるものなのはまちがいないし、そしてわりといまだに怒りが解けないくらいにガチギレしているように見える。
たぶんなんだかんだ言って、俺に触れてくる輩の排除のために、一番燃えているのがダイチなんじゃないだろうか。
それこそ、その過保護っぷりは、かわいい娘に近づく虫を追い払うお父さんにも似ているっていうか……。
───って、あれ??
うん、そうだよな、それは年頃の娘さんを持っている、世のなかのお父さんたちの反応の仕方じゃないか?
それはなんとも解せぬ……というか、ダイチが俺にとっての父親めいた存在だと仮定しても、俺は『息子』であって『娘』じゃないぞ!?
ちょっと待て、そもそもの前提がまちがえている。
(オラクル坊は脇が甘いからな、代わりにワシらが守ってやらねばなるまい!主様がいらっしゃらぬ間は、なんびとたりとも坊に手出しはさせぬぞい!!)
(おいらも、おなじくだ!)
怪気炎を上げるダイチに、ハヤテも追従している。
……………うん、パパだ。
まごうことなき、年頃の娘を持つ父親の反応だ。
そしてハヤテは、シスコン気味な兄の立ち位置だろうか?
……と言っても、ハヤテの性別はあいかわらず不明なんだけど。
よくわからないけれど、俺はそう確信した。
(それよりオラクルー、その匂いをとってあげるのー!)
シズクが言うなり、浄化の技をかけてくる。
これまでに何度かお世話になった、あの汚れなんかをキレイにしてくれるアレだ。
「ん、ありがとシズク。この匂い、ちょっと苦手だったんだ」
フワリと水の気配に包まれた次の瞬間には、俺にまで移り香してしまっていたキツい香水の匂いは、キレイさっぱりとなくなってくれた。
(どういたしましてなのー)
シズクは上機嫌に肩に止まっているし、ツボミも反対側の肩の上に乗り、いつもの月花燐樹の匂いにもどった俺に満足したのか、笑顔を取りもどしている。
(いいかオラクル坊よ、もし今後もこのような血迷った輩が現れたなら、なにをおいてもまずはワシらを呼ぶんじゃぞ?)
ダイチに念押しをされ、あわててうなずいた。
「わかった、なにかあったら頼りにしてるから。まぁ、そんなときが来ないのが一番なんだけど……」
そう言いながらも、思わず遠い目をしてしまう。
本当に、そんなときが来ないのに越したことはないというのに、なんとなく危険な気配しかしないんだもんな。
なんだかこのところ、やたらと人──以外のイケメン死神なんてのも混ざってたけど──から性的な対象として見られている気がしてならない。
今までゲーム本編にも登場しない地味なモブとしてひっそりと生きてきたつもりだったのに、いきなりのメインルートに巻き込まれたと言うべきか。
むしろ正統派ヒロイックファンタジーRPGのつもりが、まさかのボブゲにジャンルチェンジするわ、俺自身にメインキャラクターのようなイベントが盛りだくさんふりかかってくるわ、やってられないとしか言いようがなかった。
あの神気酔いするエロゲ体質にしたってそうだし、ついでに原作無視の改変モード爆進中なのだって心配だ。
つまりルイス王子の魔改造とも言うべきチート能力上乗せ作戦は、個人的にはやりすぎだったんじゃないかとも思っていた。
これらのうち、どこまでがセーフで、どこからが危険水域なんだ??
やってること自体で言えば、明らかにルイス王子とのアレコレは行為自体があきらかにアウトだと思う反面、今回のとはちがって不思議と嫌悪感は湧かなかった。
でもって、今回は逆に嫌悪感こそMAXだったものの、せいぜい抱きつかれて服の上からまさぐられただけだ。
とはいえ、いくら考えたところで済んだ話である以上、明確な答えは出そうになかった。
ならば悩んでいたって仕方がないと、俺は意識を切り替える。
「はぁ……それにしても、これどうしようかな……?」
いまだに意識を失ったまま床に転がされているオルトマーレ護衛班長を横目に見つつ、大きなため息をつく。
ツボミの出した蔦で雁字搦めに縛られてるから、目を覚ましたところで、たぶんこちらは安全なんだろうけどさ。
………そもそもだれにどう訴えればいいんだ、これ?
こうして護衛担当の責任者なんて立場にあるくらいなんだから、騎士団のなかでもそれなりに上の地位なんだろ、コイツって。
そんな地位が上の男が血迷ったあげくに、俺の背後から抱きついてきて襲われかけましたとか、言い出しにくくないか?
おたがいの名誉のためにも、ここはひとつ、この男の記憶を消してなかったことにしてしまえれば一番いいんだけどなぁ……。
そうして己の身の振り方を考えて途方に暮れていたそのとき、ふいに妖精たちがザワつきはじめた。
その感覚は、俺もよく知っているものだ……というか、むしろこれは『うわさをすれば影』的な感じだ。
「さぁ、お待たせしました!どれでもキミの好きなものを選んでください!!」
空間をゆがめ、突如として現れたのは姿を消していたイケメン死神だった。
その手にはジャラジャラと音を立てて、派手なアクセサリーがいくつもゆれている。
「あ………」
その顔を見た瞬間、よりによってこの状況を見られたら、また面倒なことになりそうだなんて、とっさに思う。
どうせまた過剰反応されるんだろうとか、それにかこつけてアレコレされるんじゃないかっていう予感というか悪寒が、ひしひしと伝わってくる。
───でも不思議なことに、それだけじゃなくて、たしかに安堵も感じたんだ。
よかった、もどってきてくれた……って。
その気持ちがなぜ生まれたのかはわからなかったけれど、ホッとする気持ちはそのまま吐息となって、自然と口からもれたのだった。
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