第25話:別にデレ期を迎えたわけじゃない

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第25話:別にデレ期を迎えたわけじゃない

 大量のアクセサリーを手にしたイケメン死神が、この部屋にもどってきた。  言葉にすればただそれだけのことなのに、なぜだか、ものすごいホッとしてしまった。 「おかえり。もっと遅いかと思ってたけど、思ったより早く帰ってきてくれたんだな」  つい歓迎するような言い方をしてしまってから、はたと気づく。  むしろ今帰ってこられたら、面倒なことになるんじゃないかって。  だって俺の背後には、蔦で縛り上げられたオルトマーレ護衛班長が気を失ったまま転がされているわけだろ。  なにがあったのか、たぶん尋問されるパターンになるんじゃないのか?  まぁ、勢ぞろいしている妖精たちを見れば、なにかあったことだけはまちがいないと、バレるとは思うけどな。 「ついに、キミからワタシにデレてくれる日が来るなんて……!!天変地異の前触れじゃないでしょうね!?」  後ずさりながら固まるイケメン死神が、オーバーアクションをとってくる。  そのついでに指をパチリと鳴らして、手のなかのアクセサリーを一旦消していた。  あいかわらず器用だよな、その魔法?は。  指を鳴らすだけで、なんでもできるんじゃないだろうか。 「失礼なこと言うなよ!あと、別にデレたわけじゃないから!」  そりゃ、ちょっとだけホッとしたかもしれないけど、だからって別にこれがデレ期到来とかじゃない。 「よしよし、そんな風に言い返すだけの元気があれば大丈夫ですね。とにかく、キミが無事で良かった……」 「えっ……??なんで……?」  そう言いながら、ぎゅっとやさしく抱きしめられた。 「なんでわかったのかって?まぁ、なにがあったのか、聞くまでもないと思いますけどね。おおかた、そこの血迷った輩がキミに襲いかかって、妖精ガードが発動したってところでしょうかね?」 「………さすが、説明が省けて助かるよ」  正直なところ、思った以上に冷静な対応をしてもらえたことに気が軽くなったし、むしろ絶対さわがれると身がまえていただけに、なんだか肩透かしを食らったような気もする。  けれどそれ以上に、背中をなでさすられているその手の感触に、ホッとした。  あれ、おかしいな……さっきの護衛班長に抱きつかれたときは、嫌悪感しか抱かなかったのに。  イケメン死神がしてくるそれは、嫌悪どころか、すごい安堵に包まれるような気がした。  なんだろう、幼いころからずっとそばにいたからだろうか?  これまでに何度もされてきたから、慣れてしまっただけなんだろうか?  あの護衛の騎士がダメだった理由が、もし俺よりも体格が良かったことで圧迫感をおぼえたからというものだとしたら、コイツだって同じはずなのに。  こうしてそばに立つコイツは、俺よりも背が高いし、たぶん筋肉だってついているから体格がいいと言えるはずなのに、不思議だった。  ……てことは、そういう基準とは別の理由で安心してるってことになる。 「おや?どうしましたか、そんな神妙な顔をして」  そんな風に、不思議な気持ちでいるところに話しかけられた。 「うん、なんか不思議なんだけど、今すげぇ安心してるんだよな……俺にとってはお前も保護者みたいなものだったのかって、ちょっとびっくりしてる」  イケメン死神に首をかしげて顔をのぞきこまれるのに、口もとに手を当てて、必死に違和感の正体を探りながらこたえる。  安心してるってことは、俺にとってのコイツは、無条件で信頼できる身内だと思ってるってことになるんだろうか。  うーん、でもダイチのような『保護者(パパ)』ってのとも、また少しちがう気もするんだけど、なんなんだろう?  必死に考えているのに、はっきりとしたこたえが見えてこなくてモヤモヤした。 「そうですかー、ワタシが保護者ねぇ?なんだかちょっとその枠に入れられるのは悔しい気もしますけど、キミからの信頼は厚いって意味では、許可しましょう」  そんなことを言うヤツに、伝えきれないもどかしさがたまる。 「そうなんだけど、そうじゃなくて……」  ちがうんだよ、たぶんそうじゃない。  単なる『保護者』という、絶対安全圏にいる人物だと思っているわけじゃなくて、もっと別の信頼の置き方をしてるんだ。  正直、幼少期にからかわれていたという意味では信用ならないところもあるんだけど、それでも本気でこちらを傷つけるようなことはしてこないと信じられる。  それは、あれだけいかがわしい感じをさせてるのに、自らの欲を丸出しに無理矢理に肉体関係を迫ってくることもなかったからかもしれなかった。  だって、そうだろ?  この世界の常識がまったくなかった俺を拾ったんだから、やろうと思えばこの15年のうちに、いくらだって自分に都合のいい人間に仕立て上げることだってできたはずだ。  でも、イケメン死神はそんなことはしてこなかった。  俺が望むように、好きなことをさせてくれたし、できる範囲で自由を与えてくれたんだ。  だから、その紳士なところはちゃんと評価してるんだよ。  ───でもそれを上まわって余りあるほどに、いかがわしいのも、また事実なんだけどな! 「やれやれ、あまりにも無自覚すぎて大事に育てすぎたかと逆に心配していたんですけど、これは意外とあれかもしれませんね……ふふ、楽しみが増えました」  ただ俺が言いたくてもうまく言葉にできない部分は、なぜだか汲んでもらえた。  こうして甘やかされるから、ついついタイミング良く差し出される手にすがってしまって、この曖昧な関係性を維持したくなってしまうんだ。  こんな風に、言わなくても察してもらえるなんて、甘やかされているっていう最たる証拠だろ?  それに甘えてたら、どんどん俺はダメ人間になってしまいそうで、まったく、どうしてくれるんだよ!? 「そのときは、ちゃんと責任とりますから、安心してくださいね?」  責任て、なんだよ?!  人差し指を自らのくちびるに当てたイケメン死神が、フッと笑いかけてくる。  その笑みがまたなんとも蠱惑的で、一瞬目を奪われた。  コイツの顔に思わず見とれただなんて、なんか悔しい。  そのせいで、カァッとほっぺたが赤くなる。 「───っていうか、なんで心の声が聞こえてるんだお前は!?」  思わず照れ隠しもふくめてツッコミを入れてしまったけれど、前から不思議だったんだよ、これ。  なんでコイツは、俺の考えていることを正確に当ててくるんだ? 「ふふふ、それは秘密です」  意味深な笑みを浮かべるのに、まだドキドキと高鳴る心臓が収まってくれなくて、なぜだか居たたまれない気持ちになって、ふいっとそっぽを向く。  我ながら子どもっぽい仕草だと思うものの、わけもなくはずかしさが込み上げてきて困る。  そうして横を向けば、ふいに視界のはしに床に転がる人物が映った。  あぁ、そうだ、それよりもまず対処しないといけないものがあるのを、すっかり忘れていた。  ───そう、オルトマーレ護衛班長だ。  いい加減、目を覚ましそうなものなんだけど、どうするべきか考えなくては……。  そう思ってふりかえったら、なぜだか妖精たちが集合していて、めちゃくちゃいい笑顔で俺とイケメン死神とのやりとりを見守っていた。  なんならダイチは腕組みをして、目尻を思いっきり波打たせながら、満足げに何度もうなずいている。  完全に、娘の結婚式を見守る父親みたいになってますけど??  それとも、推しの幸せを見守るヲタの目に近いだろうか?  ………うん、これ以上はツッコミが追いつかないから、ここまでにしておこう。  なんにしても、今やるべきことを忘れるわけにはいかないしな。 「それより、この護衛班長さんの処遇をどうするかを考えないと……」  ただ、そのまま上層部に付き出したなら、見せしめもふくめて、かなりの極刑になりかねないんじゃないかってのが、目下の心配なことだった。 「そこは任せてください、うまくやっときますから、ね?」  ぱちりと指を鳴らしてウィンクをしてくるイケメン死神に気をとられた瞬間、床に転がされていたオルトマーレ護衛班長が消えた。 「あれっ?消えた……って、大丈夫なのか!?」 「大丈夫ですよー。とりあえずしかるべき場所へ先に送っておいただけですし、いつまでもここに転がしておくのもアレですからね」  果たして、そういうものなんだろうか? 「それより、ワタシとしてはキミに聞きたいことがあるんですけどねぇ?」  一瞬、その目がキラリと光ったような気がした。  とたんに背すじに、ゾッとしたものが走る。 「なに、を……」  聞きたいというのだろうか? 「いえ、ね、さっきの野良犬に、キミがなにをされたのかなぁと気になりましてね」  そうたずねてくる声は、心なしかひんやりとした色をまとっていた。 「え……と、ハグされて服の上からまさぐられた的な……?」  だから直接触られてはいないからセーフだ、と言いたいところだけど、たぶんそういう感じで聞かれてるわけじゃないんだろうな。 「へぇ?それだけのわりには、キミにしては珍しく、彼らに助けを求めたんですね」  妖精たちがここに勢ぞろいしているってことは、つまり俺が彼らを呼んだってことだと気づいているんだろう。  イケメン死神からは、たしかにふだんから抱きつかれるし、服の上からまさぐられるくらいはされてるんだから、慣れてるはずなのに。  それなのに助けを求めるなんて、おかしいと思ったのかもしれない。  なんだろう、本当にされたのはそれだけで済んだのかって、微妙に疑われてる感じがする。  というよりも、これは心配されてたりするんだろうか? 「そりゃ、お前からはしょっちゅう抱きつかれてるかもしれないけどさ、なぜかあのときはとっさに鳥肌が立っちゃったんだから、しょうがないだろ」  俺だって、不思議に思う。  コイツはゆるせるのに、なんでオルトマーレ護衛班長のときには気持ち悪いって思ったんだろうって。  苦手なタイプの香水をつけていたくらいじゃ、たぶんそこまで嫌悪感を抱くことはなかったかもしれないけど、なぜかあのときはすごく嫌な感じがしたんだ。 「つまり、ワタシ以外の人物に抱きつかれたら、気持ち悪かったと、そういうことですか?」 「うん……そういうことになるのかな。それこそ、さっきみたいに正面から抱きしめられたんだけど、その時点でもう無理だったし」  ウソをつく必要もないから、そこは素直に伝える。 「そのあと『危機感を持て』とかなんとか言って、後ろ手に腕をひねられたんだよ。よく考えてみたら、ここもある意味で密室みたいなもんだし、当然力じゃ敵わないしで、『あ、これ詰んだなー』って思ったら怖くなった……」  たぶん、それがすべてだ。 「そうでしたか、ではワタシからのは大丈夫ということですか?」  そう言いながら、あらためて正面から抱きしめてくるイケメン死神に、俺は軽く身体の力を抜いてもたれかかる。 「そうだな、こんな風に自分から寄っても平気なくらいには、慣れてるかな?」 「っ!!」  耳もとで、軽く息を飲む音が聞こえる。 「なんということでしょう……苦節15年、やはりついにキミからのデレ期が到来したとしか……っ!!」  感動にうちふるえているところに水を差すようで申し訳ないけれど、そもそもこの部屋にもどってきた目的を忘れてないか? 「はっ、そうでした!キミにつけてもらうために、色々と用意してきたんですよー!さぁ、どれがいいですかね!?」  ふたたび指をパチリと鳴らしたその手に、ジャラジャラとアクセサリーがあらわれる。  とたんに濃密な神気が、そこからあふれているのが伝わってきた。  おいおい、なんてモン持ってきたんだよ、コイツは!?  いい笑顔を浮かべながら、気軽に差し出してくるイケメン死神に、俺は舌打ちをしたい気持ちでいっぱいになった。  なぁ、これどう見ても加護が強烈すぎて、こんな初期に入手していいものじゃないだろ───!! .
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