第27話:宝物庫には罠がある

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第27話:宝物庫には罠がある

「魔除けの首飾り程度じゃ意味ないんですよ、キミの場合はふつうの人よりもさらに弱いんですから!最悪、魔王と対峙しても影響がないくらいの効果を付与しなければ……!」  こぶしをふりあげて熱弁をふるうイケメン死神に、しかし俺は言葉を返せずにいた。  うん、魔力と邪気には弱いのは、たしかだもんな。  それが防げるというのなら、それに越したことはない。  まるっと同意をしたいけれど、動揺のあまりに、ろくに口も利けなくなっている。 「とはいえ、たしかにこれはやりすぎました。というかとにかく早く作って届けたくて、効果ばかりが先走ったので、あらためてこの神気を抑える工夫を施したいと思います」  そう言うなり、やはりパチンと指を鳴らしてヤバい首飾りは消された。  そのことにも、少しホッとする。 「俺からひとつだけ注文があるというか、『お願い』があるんだけど、聞いてもらえないかな?」 「はいっ、なんでしょう!?キミからのお願いなんて、めずらしいこともあるもんですね!」  食い気味にこたえるイケメン死神に、俺は一番気がかりだったことを告げた。 「じゃあベースにするやつは、今まで見せてもらったような華美なアクセサリーじゃなくて、日常使いできるような、シンプルなやつでお願いします」  そう、それは俺にとってはゆずれないポイントだった。  だってそうだろ、ただでさえこの教会のなかでも浮いている存在なんだ。  ちょっと前だって、中庭で勇気を振り絞って話しかけてくれた後輩は、俺から接触を図ろうとしたら、なぜかふたりとも意識を飛ばしているし、どれだけ嫌われてるんだろうかって不安にもなる。  そこへきて、『ひ弱だから』という理由にしたって、やたらと豪華なアクセサリーをこれ見よがしにつけていたら、もうその時点で一般の清貧を貫く神官たちからのヘイトは、一瞬で稼げてしまうだろ。  身内からの嫌われコース、まっしぐらだ。  それは……さすがに、ツラすぎる。 「むむっ、なんということを!せっかくキミが身につけてくれるというから、全力で効果のせられる素体を選んだというのに!」  替えがいくつもあるというならともかく、それだけ気合いをいれて作ったものなら、まずスペアはないと思ったほうがいいだろう。  だから持ち歩いていて、万が一にも盗られたらそれまでだ。  出先でそんなことになりでもしたら、その後はガードフリー状態になってしまう。  そういう出先にいるときこそ、擬装は必要なのだから、それはそれで心配だった。 「た、たしかに……キミの言うことにも、一理あります。防犯的な意味合いで、地味なやつにするというのにも、メリットがありますね」  どうやら、俺の主張は納得してもらえたらしい。 「じゃあ、そういうことで、よろしく」 「むぅ、なんだかうまく言いくるめられたような気がしなくもないんですが、日常的につけてくれるというのなら、それはそれでうれしいので許可します」  よかった、許可されたようだ。 「あぁ、そうだ。気になってたんだけどさ……」 「はい、なんでしょう?」  肩の力が抜けたところで、不安を払拭しようと、気になっていたことをたずねようとする。 「さっきから国宝級のお宝にしか見えないものばかり出されてる気がするんだけど、あれ、どこから調達してきたんだよ?」  あんなにゴツい宝石がついてるものとか、そうそう転がってるものじゃない。  でもさっきからやたらとアクセサリー職人的な発言をくりかえしているヤツのことだから、ひょっとしたら地の妖精ノームとかの力を借りて自作したという可能性もなくはないし、それならまだセーフだろう。  そう思ってたずねた俺は、めちゃくちゃ後悔した。 「あぁ、あれはですね、ここの神宛てに人々から奉納されたものを、しまい込んでいる倉庫から持ってきたんですよ。どうせ祀られてる神自身では、使うことないですしねー」  はいぃ?!  え、なんだって、今なんつった!? 「あ、大丈夫ですよ、この教団の宝物庫を勝手に漁ったわけではないですから!あくまでも教会を通さずに、直接上納されたものだけを納めた倉庫ですもん」 「なお悪いわ!神様のものに手をつけて、どうするんだよ!!」  なんつー恐ろしい出自のアクセサリーだったんだ、あれらは……。 「というよりもですね、キミに贈ると言ったら、むしろ嬉々として提供してくれましたよ?」  ここから好きなものを持っていけ、と。  そう語るイケメン死神に、頭痛がしてきた。  ……うん、知ってた。  うちの教会に祀られてる主祭神様方は、わりとフランクなんだってことは気づいてたけどね!? 「あぁ、そうだ、どうせなら現物見ながらキミに選んでもらえばいいんじゃないでしょうか!ほら、シンプルなヤツだって、探せばたくさんあるはずですよ」  さも、いいことを思いついたかのような言い方をするコイツに、意図が読めない俺は困惑する。 「えぇぇ、どうしてそうなるんだよ?!」  そりゃ神様自身が所有しているという宝物庫には、興味がないってわけじゃないけど。  なんだかコイツが妙に乗り気なところに、引っかかりを覚えるというか、なにかそこには裏があるんじゃないかとか疑ってしまう。 「そりゃあもう、過去からのあれこれそれがいっぱいたまってますから、きっとキミのお眼鏡に叶うものもあるんじゃないでしょうか?」 「うーん、どうしようかな……」  たしかに自分で選ばせてもらえるというのなら、それはそれで安心な気もする。  だってコイツに任せたら、『日常使いができるやつ』って指定をガン無視されそうな気もするし……。  それなら、自分でベースを選ばせてもらえるほうが、まだいいような気がしてきた。  悩むところではあるけれど、収蔵品はどんなものがあるのかっていう好奇心もあったし、軽率にその誘いに乗ることにしたんだ。 「じゃあ、連れていってもらおうかな……」  とたんにイケメン死神は、いい笑顔になった。 「了解です!さぁ、参りましょうか」  そして差し出された手の上に己のそれを重ねたとき、ふいに懐かしさが込み上げてくる。  そういえば、ここにはじめて連れてこられたときも、こうして手をとられて転移したんだっけか。  パチリと指が鳴らされた瞬間、足元からパァッとまぶしい光が立ち上る。  そんなところも、あのときと変わりがなかった。 「っ!」  思わず片腕をあげて目をかばえば、とたんにキィンという、耳鳴りにも似た高い音を感じる。  転移の術だということはわかったけれど、過去に何度か体験したはずのそれとは、なにか感覚がちがっていた。  転移した距離がいつもよりも長いというだけなら、こんな感じはしないはずだ。  少なくともイケメン死神の転移魔法の腕前は、人ではないだけあってずば抜けているし、距離が長いくらいではゆらぎもしないと信じている。  ならばむしろこれは……結界的な、なにかの『境界』を越える感覚だろうか?  そう思ったら、納得した。 「おっと、大丈夫ですか?」  目を閉じていたせいで、少しフラついてしまったのを、そっと抱き止められた。 「悪い、ありがとう」  ようやく落ちついてきて、ホッとため息をつく。 「ここは……」  目を開けると、そこはとんでもない量のお宝に囲まれていた。  唖然として見上げる部屋は、一般的な学校にある体育館よりも広いくらいだろうか、やたらと天井が高くて、それこそ果てが見えないくらいだった。  周囲を神殿風の細かな意匠の彫り込まれた石造りの柱に囲まれ、それをつなぐ壁には、同じく石で作られた彫刻の双龍が壮大にうねっている。  今にも動き出しそうなそれは、あまりにも精緻な彫り込みで、いったいどんな職人なら作れるものなんだろうかと疑問に思うレベルだ。  ほかにもその室内には、目につくかぎり無造作に金塊やらなにやらが積まれていて、重ねられている宝箱もそれ自体にたくさんの宝石が埋め込まれているし、やたらと高価そうだった。  でもなんだろう、金もまるで今、精製されたばかりのようなかがやきを放っている。  長年置いて置かれたものなら、もっとくすんでいてもおかしくないし、なにより俺がこの世界で見たことのある金は、どちらかといえばくすんでいるもののほうが多かった。  てことは、神様への献上品ってことで、相当気合いを入れて磨かれたんだろうか。 「ふわぁ……なんなんだよ、ここ……」  想定以上に豪奢な光景に、ポカンと口を開けて見まわしてしまった。  絵に描いたような『宝物庫』ぶりに、言葉が出てこない。  それこそ室内に照明器具のようなものはないはずなのに、納められた宝の山から、まばゆい光があふれているように見えるくらいだ。  ひょっとしたら、この巨大な神殿風の建物のなかを満たす神気が、それをよりいっそう、キラキラとかがやかせているのかもしれない。  そうか、そう思うと、ここは教会本部にある聖堂の雰囲気と似てるのか。  清浄な空気なのに、どこかしっとりとして重いだ。  そんな神気に満ちていている場所なら、なるほど神様の所有物を納める倉庫にふさわしい。 「この教会の主祭神となる、はるか前からも人によって崇められてきましたからね。そのころから今に至るまで捧げられてきたものを、ひたすらため込んでいる倉庫なんです」  まぁ、神なんて金をもらったところで、使い道ないですからねー、なんて言って笑う。  そんなわけで、場合によっては収穫されたばかりの農作物なんかも納められることもあるわけだし、このなかでは時間の進行が止められているのだとか。  だから金は精製したてのピカピカを保っているし、食べものも傷むことがないらしい。  ついでに言えば、そうして保管をされていた食べものなんかは、別のタイミングで神様からあたえられる『恵み』として、人々に下賜されることもあるようだ。  そういや昔から、神様からの下さりモノで飢饉での大量餓死の危機を脱したとか、そういう話はたくさんあると聞くもんなぁ……。  そう聞いてからあらためて見まわすと、見たこともないような植物やら動物の死骸なんかも、ちょいちょい混ざっていた。  古代文字の書物なんてのもあるけれど、ひょっとして今の世のなかに出たら、問題になるようなレベルのレアものだったりするんだろうか?  ……まぁ、興味は尽きないけれど、あまり深く考えると怖くなりそうだから、そこまでにしておこう。  今はそんなことよりも、アクセサリーだ。 「ここら辺にアクセサリー類は、まとめて置いてあるんですよね、ちょっと見てみてください」  うながされてそちらに近寄れば、さっき見せられた強烈な加護付きの首飾りも、無造作に置かれていた。  隣には、あのゴツいエメラルドのブローチも置いてあるし、その対になるような指輪もある。  いずれにしても、値段がつけられなさそうなくらい、高価な品物に見える。  この一角だけで、この世界の経済がひっくり返るぞ……なんて思ったら、恐ろしさにふるえそうになった。 「ほら、こっちには可愛くないから選ばなかったんですけど、一応シンプルなヤツもあるんですよ」  そう言って見せられたのは、これといった装飾のついていない、くすんだ金のチェーンネックレスや、黒革と金を組み合わせたようなペンダントだ。  たしかにこの辺りにあるものは、ほかと比べるとシンプルなデザインが多かった。  特に勾玉のような磨かれた黒い石が吊り下がっているペンダントなんかは、これなら日常的に身につけるにも、ちょうどよさそうだった。 「気になるものがあったら、つけてみてください。合うならそのまま、それをお持ち帰りしましょう」  イケメン死神にうながされて、その勾玉のペンダントを手に取る。  ヒンヤリとした石の感触に、なぜだか心が落ちついていくような気がした。 「これがいい、かな……?」  なんとなくそのペンダントにも歓迎されているような気がして、首から下げてみれば、それは一瞬だけピカッと光る。 「っ!?」  フワリとあたたかな風が吹いて、ほっぺたをなでていった。 「ふぅん、キミは所有者として認められたみたいですね。なら首飾りのベースは、それにしましょう」  このペンダントの由来なんかは、きっと気にしたら大変なことになりそうな気がして、聞かなかったけど。  でもこれがお守りになるっていうのは、なんとなく感じられた。  そうして当初の目的を果たしてみれば、少しだけ心にも余裕が生まれてくるもので、あらためて周囲を見まわせば、あのゲームでも見覚えのある武器も転がっているのに気がついた。  それ一振で、ラスボスである魔王戦で、敵の体力をガッツリ削ってくれる『伝説の剣』に見えるぞ。  うぅん、ある意味で危ない場所だよなぁ……だってアレだけヤバいと思っていたはずの首飾りが、そこまで目立ってないもんな……。  と、そこまで思ったところで、なぜそうなのか、という理由に思い当たった。  それってつまり───ここの庫内にあふれる神気が、元からかなり濃いってことなんじゃないのか?!  そうだよ、だって考えてもみろ。  さっきから感じていたとおり、ここのなかは神気が濃い。  そんな場所に納められた、経年劣化することのないものには、その濃い神気がなかまで染みていてもおかしくはないわけだろ?  この首にかけたばかりのシンプルなペンダントも、またしかりだ。  それに気がついた瞬間、カクリと膝から力が抜けていく。  マズイ、そう思ったときには、もう遅かった。  あたまはクラクラとして、まともに働いてくれそうにない。 「おやおや、ひょっとして酔っちゃいましたか?」  そんな俺のことをしっかりと抱き止めながら、たずねてくるイケメン死神の声には、かすかに笑いが込められていた。  コイツ、わざとここの神気が濃くて酔うレベルだってこと、言わないでいたんだろーっ!?  そう叫びたいのに、強烈なめまいに見舞われたからだからは、どんどん力が抜けていく。 「大丈夫ですよ、ちゃんと最後まで面倒看ますからね、ふふっ」  そんな不穏な響きを持つ声を最後に、俺の意識は闇に飲まれていった。  ふざけんなよ、この野郎!! .
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