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*第28話:計画的犯行の匂い*
ほんの少し服がこすれるだけで、それがピリピリとした刺激に変わる。
だからベッドの上で寝返りを打ったところで、その衣ずれさえも刺激となって俺を苛んできた。
からだの芯に熱がこもるような、そんな感覚に軽く息をつく。
その吐息すらも、熱っぽい。
あたまはボーッとして、ろくに思考もまとまりはしなかった。
つい先日も襲われたこの感覚は、過剰な神気を摂取してしまったことによる神気酔いの症状だ。
こうなってしまったら、あとは体内で暴れまわるそれを出し尽くすまでは、なかなか快復しないことがわかっていた。
「ふ…ぁっ……」
ビリッとした刺激が体内を走り抜けていくのに、思わず口をついて声が出る。
必死に己の腕でからだをかき抱いたところで、ビクビクとふるえが走ったまま、なかなか落ちついてはくれなかった。
「早く楽になりたいですか?」
「あ、たりまえだろ……!ん…っ、だれが好きこのんで、こんな状態でいるかよ……っ!」
飄々とした雰囲気でこちらの顔をのぞき込んでくるイケメン死神に、むかっ腹が立つ。
だれのせいで、こんなことになったと思ってるんだ!?
わかってて、神気に満ちている場所に連れていって、さらにその神気をたっぷりとたくわえたペンダントをつけさせられたせいで、ぶっ倒れたというわけだ。
「だからちゃんと最後まで、ワタシが責任持って面倒を看ると言ってるじゃないですかぁ~」
さ、ワタシに身を委ねてください、なんて言われても信用できるはずがない。
いくらあの危険な場所から自分の部屋へと連れ帰ってくれたからといって、ハイそうですかとうなずけるはずもなかった。
「そんなこと言っても、めちゃくちゃからだも熱いんでしょう?前回で、このままただ一晩寝たところで、治らないってことは学習しましたよね?」
……う、それはたしかに、言われたとおりだった……けど……。
でも、そもそも今回は不可抗力でこうなったというよりは、むしろ計画的犯行のニオイがプンプンしていると思うのは、気のせいだろうか?
ハメられたと言ったら不穏な感じがするけれど、でも実際、コイツのせいでこうなったと言えなくはないと思う。
「大丈夫ですよ、ちゃんといっぱい出せるように、何度でもイカせてあげますから。キミはただ、気持ちよくあえいでいてくれれば、それでいいんですよ?」
そんなにいい笑顔で言われても、微塵も信用できないんですけど!?
「その便利な指パッチンで、本当はどうにかできるんじゃないのか?このセクハラ大王がっ!」
思いっきり不信のまなざしでにらみつければ、さすがのイケメン死神も多少は感じるところがあったんだろう、深々とため息をついてきた。
「キミの場合、あまりにもからだの相性が良すぎますからね。ガッチリ神様のモノをくわえこんで離さないもんですから、それを抜くのは大変なんですよー?」
「また、どうしてそういかがわしい言い方するんだよ?!」
その言われようは、心外だ。
別に好きこのんで、神気をからだにため込んでるつもりはないぞ、俺は!
なぜか知らないけど、こんなエロゲ体質になってしまって、むしろ困ってるくらいなんだ。
「ふふ、キミは口では否定しますけど、からだは正直に、もっと欲しいってねだってるじゃないですか。だってほら、ちゃんと甘くておいしいって感じてるんでしょう?それが何よりの証拠じゃないですか」
神気を口にして、それを甘いと感じるのは合っているからなんだと言われてしまえば、心当たりがありすぎる。
「それは……」
思わず俺は口をつぐむ。
たしかにイケメン死神の言うとおりなんだけど、すなおに認めるのは、なんだかくやしかった。
「そうですか……それじゃガンコなキミには、お仕置きが必要そうですね。しばらくは抜いてあげませんから、先に事情聴取でもさせてもらいましょうかね」
急にツーンとそっぽを向いたコイツが、また意味のわからないことを言い出した。
「事情聴取って……なにを……」
「おや、本当のことを言えば、これでもワタシだって、少しは怒ってるんですよ?前にもキミに警告はしたはずなんですけどね、まんまと襲われかけるなんて、キミのゆるふわ加減にはビックリですよ」
声色がワントーン下がり、背中にゾクリと寒気が走る。
切れ長の目もとを彩る紫の美しい瞳が、じぃっとこちらを見つめてくるのに、思わず腰が引けてひるみそうになる。
だって、あまりにも冷たい目だったから。
「なにを言って……ひゃぁっ!」
「これです。こんなキスマークなんてつけられて、キミのそのお口からは、そんなことされたなんて聞かされてませんけどねぇ?」
俺の首の後ろにまわされたイケメン死神の指が、つぅっとなぞってきたのは、うなじのあたりだった。
へ?
キスマーク?
そんなもの、つけてたのか俺!?
自分のうなじなんて見えないし、第一、コイツだって、今は正面から向き合っているわけだし、見えるはずがない。
それこそ、いつ見えて、それの存在に気づいたんだろうか?
とっさに心当たりがなくて、とまどいがちに相手の顔を見上げれば、そのひんやりとした紫の瞳からは、なんの感情も読みとれなかった。
こうして黙っていると、顔の造作が整いすぎている分、妙な迫力がある。
「えぇと……本当に?」
そんなものついていたかとたずねれば、深々とため息をつかれる。
「それじゃ、にぶちんなキミのために、再現していくとしましょうか?いわゆる『現場検証』というヤツですかね」
そうして、パチリと指を鳴らす。
とたんにキィンと耳鳴りのような音がして、部屋に結界が張られたのがわかった。
「最初は、立ったまま握手を求められたんでしたっけ?」
腕を取られ、ベッドの上から引き起こされて、例のトラブルがあったソファーの横へと連れ出される。
若干足元がふらついたけれど、それはなんとか踏みとどまった。
「あぁ、でもその前に、中庭でちょっと……」
そもそも、こんなところで握手を求められたのも、その一件を咎めるためだったという経緯も話しておいたほうがいいだろうか。
そう思った俺は、その前に中庭で起きたことを簡潔に話した。
めずらしく後輩が話しかけにきてくれたのに、なぜか軽く握手をしただけで固まるわ、もう片方にいたっては握手をする前に倒れてしまったことなんかを、かいつまんで話す。
あと、気がついたらなぜか、ギャラリーがたくさん湧いてたことも。
「ほほう、これまた要注意人物が現れましたね。まぁ、子どもなど、どうとでもなりますから、いいでしょう。さぁ、先をつづけてもらいましょうか」
さりげなく、またもやイケメン死神の視線の温度が、一段下がったような気がする。
なんでだろうか、それとも俺の気のせいだろうか?
「それから例の護衛班長さんに、『騎士の誓い』をされたんだけど、さすがにちょっとそれを受けるわけにはいかないから、申し訳ないけど断らせてもらって……」
「お人好しなキミにしては、いい判断ですね。ほだされてはいけないこともありますから、その判断は良かったですよ」
ほめられて、少しだけイケメン死神の視線の厳しさが和らいだ気がした。
そうして俺は中庭で妖精たちと別れ、その彼によってこの部屋に送ってもらったあとにお茶を出し、まずは謝罪を受けたことなんかを話していく。
その流れのなかで、神官見習いの少年たちとの接触で、気軽に握手に応じるのは危険だと諭されたことを説明した。
「ははぁ、なるほど、そういうことでしたか。読めてきましたよ、彼も最初はキミのその危機感のなさを咎めようとしていた、ということですね」
イケメン死神は、したり顔で何度もうなずいている。
「それじゃ、さっそく再現していきましょうか?はい、ワタシとも握手しましょう!」
あまり気乗りはしなかったけれど、差し出された手をそっとにぎり返せば、とたんにグッとその手が引っぱられる。
あのときよりも、よほど弱い力だったけれど、神気酔いのつづく熱いからだでは、ろくに抵抗もできなかった。
まんまと相手の腕のなかに収まってしまってから、しかし護衛班長とちがって匂いのしないコイツに、どこかホッとしている自分に気づく。
うん、やっぱり香水のつけすぎは良くないよな。
どんな人間でも清潔にしてさえいれば、自然体が一番だよ。
そう思っているうちに首すじに顔をうずめられ、ほおずりをされた。
「んー、キミの月花燐樹の香りは、やはりいい匂いですよね。さわやかなのに、どこか甘い……キミによく似合っています」
そう言う相手の声によってふるえる空気ですら、首に触れてくるだけで、いつもよりもくすぐったくて過敏なくらいに反応してしまう。
「んっ、ちょっと待って……っ!はぅっ…んんっ…」
するりと自然に腰にまわされた手が、あたりまえのように尻をなでまわしてくるのに、思わず抗議の声をあげようとして、しかし出てきたのは思った以上に余裕のない声だった。
そのたびに、あのときには感じなかったビリビリとしびれるような快感が、背中を駆けのぼっていくせいだ。
あのときは、気持ち悪くて不快で、鳥肌だって立っていたというのに。
今はむしろ、別の意味で鳥肌が立ちそうだった。
「あ…ぇ……、なんで……?」
その予想以上にせり上がってくる快感に、カタカタとふるえだすからだは、俺の意思とは無関係に目の前の、存外立派な胸板にすがりつこうとする。
「おや、そんなに気持ち良さそうにしてたんですか?」
「ちがっ……!!」
くすくすと耳元で笑い声とともに問いかけられるのに、あわてて否定をする。
冗談じゃない、そんなわけあるか!
なのに、あのときとはちがって、胸板を押し返す力はちっとも入らなかった。
それどころか、反対に立っていられなくてその服にしがみつくありさまだ。
あぁ、もうなんなんだよ、それもこれもすべて神気酔いのせいだ。
そう思いたいのに、からだの芯に灯った熱は俺から思考能力を奪っていく。
「んっ、はぁ……あ、やだ……ぁっ!」
ゾクゾクと腰から背中にかけて、甘いしびれが体内を走りまわるせいで、わけがわからなくなってくる。
「うん?ずいぶんととろけた顔をしちゃって、そんなにお尻が気持ちいいんですか?」
ちがう、そう言い返そうと思うのに、口を開けたら不様なあえぎ声がもれてしまいそうで、黙って首を横に振って否定した。
うっすらとくちびるに笑みを浮かべたイケメン死神は、両手で尻をまさぐっていたのを止め、片手を離した。
もちろん片手は、さわさわと尻から腰にかけてをなでまわしつづけているままだったけど。
離れていったはずの片手が、そっと腰に添えられたと思ったら、今度はつぅっと、細くて長い指が割れ目にそって下に降りてくる。
あぁ、まさかその指が向かっているのは……。
「もしかしてここが、うずいてしまってたりします?」
服の上から、グッと指で尻穴を押してきた。
そんなところ、うずいてなんかいない、そう言えたら良かったのに……残念ながら俺のからだは、持ち主の気持ちを容易に裏切ってくれる。
ぐにぐにと指先がそこを刺激してくるたびに、下腹部に甘くうずきが広がっていく。
からだはそのたびに小刻みにゆれ、服をつかむ手にも力が入る。
あまりのはずかしさに、ギュッと目を閉じた。
「あっ、あっ、なん、で…ぇ…っ?」
わけがわからない、だってそこはただ排せつ用の場所なんじゃ……そう思うのに、まるで指が入ってくるのを待ち望むようにヒクついていた。
それこそ、服があるのをもどかしく思うくらいにキュンキュンと切なげに訴えてくる。
「そうですね、ワタシに許可なく勝手にキミを襲ったことは許せませんが、こうして握手をするふりをして、かかえ込んで襲うこともできてしまいますからね?そういう危険性があるってことも、ちゃんと知っておいたほうがいいですよ」
「ひぅっ!!」
からだから力が抜けていき、すがりついていたはずの胸元から、ずるずると手がすべり落ちていく。
それと同時に腰も引けてしまいそうになるのを、さらにグッと指を強く押し当てられながら引きもどされた。
おかげでその指先が、下着ごとなかにまで入り込んできて、それがまたたまらない。
もっと奥まで突き入れて、ぐちゃぐちゃにかきまわしてほしい……なんてとっさに願いそうになって、そんな己にがく然とする。
───なんで、いやだ、怖い。
自分のからだなのに、そうじゃないみたいだ。
なんでそんなこと、思ってしまったんだろう?
こんなの、おかしいのに……まるで俺のからだは、その奥にもっと気持ち良くなれる場所があることを、知っているみたいだった。
なんで、どうして───?!
だけどその刺激で芯に灯った熱は、さらに体内で暴走している神気を賦活化させていく。
全身にピリピリとした弱い電流が走りまわっているような刺激があって、より肌が敏感になっていた。
その刺激に、思わずじわりと視界がにじむ。
「あーあ、そんなトロ顔さらして、ワタシの理性を試すつもりですか?ふふ、イケナイ子ですね。そんなんじゃ『もっとしてほしい』って、言ってるみたいですよ」
尻をなでまわしていた片手がスッとはなれ、いつものように俺のくちびるをなぞってくる。
でも、服の上から尻穴をいじる手は、そのままだ。
力の抜けていくからだは、膝の力が抜けそうになっては、そのたびにイケメン死神が支えるように引き寄せてくるのにあわせて、グッと指先が押し込まれて、そこを軽くタップされる。
「そんなこと、言ってな……んぅっ!」
でも否定の言葉を口にしようにも、たったそれだけの刺激が、たまらなくからだを熱くした。
上がっていく息が、己の余裕のなさを教えてくれる。
本当に、神気酔いだけが原因なのか───?
思わず疑いたくなるけれど、残念ながら自分の記憶をあたったところで、こんな快楽の波に呑まれそうになる経験なんて、まるでなかった。
「あぁ、まったくキミときたら、今すぐにでもめちゃくちゃにしてあげたくなるような顔で誘うなんて、本当にイケナイ子ですね」
「なん、……のかっ、わかんな……っ!」
自分でもわからないと訴えたいのに、舌がもつれてうまくことばにならない。
「……………そういえば、まだ現場検証の途中でしたね。あの駄犬には、こうして抱きつかれたあと、どうされたんですか?」
そんな俺の様子をひんやりとした目で見下ろしてきたイケメン死神は、その視線の冷たさと同じくらいそっけない感じにたずねてきた。
尻穴をいじっていた手も、ピタリと止まる。
「あ……っ?」
解放されたとホッとするよりも先に、なんで止めちゃうのかと抗議の声を上げそうになった自分に気がつき、あわてて口をふさいだ。
本当に、どうしてしまったんだろうか?
こんなにからだが熱くて、理性もとろけていくなんて、今までになかったことなのに。
でもあのときにはあんなに嫌だったはずの抱擁だけで、ここまで気持ち良くなるなんて……。
それを思うと、この先あのオルトマーレ護衛班長にされたことをコイツにされたなら、俺はどうなってしまうんだろうか?
そう考えたら、ゾクリと背中に、これまでにないほどに甘いしびれが上っていった。
恐怖に似た感情と、そしてそれだけではない感情とともに、目の前の美しく澄んだ紫を見上げたのだった。
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