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幕間:以心伝心の結果が触手プレイって、どういうことだ!?
このところ、ずっと気になっていたことがある。
それはイケメン死神が、どうして俺の考えていることを理解しているのかってことだ。
うーん、神様だから読心術的なものが使える、とかなんだろうか?
といっても、そもそも本人?に向かって、なんの神様なのか聞いたことはない。
いや、だって今さら素性を聞くとか、遅すぎるだろ。
知り合って、すでに15年だぞ、もはやきっかけもタイミングも見失いすぎてるっていうか……。
ということで本当に『死神』なのかどうかわからないものの、便宜上ずっと俺はアイツのことを『イケメン死神』と呼んでいる。
それで、そのイケメン死神がどうやって俺の考えていることを理解しているのかってのが、目下の気になることだった。
前にチラッと聞いたときは『ワタシとキミの仲じゃないですか、以心伝心というやつですよ!』なんて、はぐらかされてしまったけれど。
まったく、ふざけてやがる。
なんてことをつらつらと考えながら、お茶を淹れていたら、突然背後から聞きなれた声がかけられた。
「いい香りですね~、ワタシもご相伴にあずかってもよろしいですか?」
あらわれたのは、うわさをすれば影というべきか、まさに今考えていたばかりのイケメン死神だった。
「おぉ、そんなこったろうと思って用意してたよ」
そう言いながら二人前のお茶を、なれた手つきでふたつのカップに注ぎわけていく。
今日のお茶は、鮮やかな橙色のハーブティーだった。
なんて名前のハーブなのかはわからないけれど、たぶんここの料理人のオリジナルブレンドだ。
すっきりとした柑橘系の酸味に、華やかな花の香りが足されている。
奥にかすかに香るのは、ミントだろうか?
ここにはちみつを垂らして飲むのが、またおいしいんだ。
濃いめに淹れて、炭酸水で割ってもおいしいだろうなぁと思う。
それこそジュースみたいになるというか、むしろノンアルコールカクテルみたいというか。
「ふふっ、これ、おいしいですよねぇ~」
イケメン死神もお気に入りなのか、うれしそうにすすっている。
はぁ……なんかこういう気の抜けたときでも、この世のイケメン要素をすべて詰めこんだ、めちゃくちゃ整いすぎた顔に見えるから、なんかムカついてくる。
「さて、今日はキミがなにやら聞きたいことがあるみたいですから、わざわざやってきたんですよ?なにが知りたいんです?」
あぁ、やっぱりそこまでは伝わってるのか。
まったく……怖い反面、話が早くて助かるのもたしかだな。
「それな。なんでお前は俺の考えてることが、手に取るようにわかるんだよ?」
「そりゃあもちろん、キミとワタシの仲だからじゃないですか!なにしろ小さいころから、ワタシのアレをしゃぶらせて……」
「……って、それはもういいから!」
放っておけば、またいかがわしいことを言い出しそうなところをさえぎれば、くちびるをとがらせてむくれられた。
うん、かわいくないぞ、お前がやっても。
「…………はいはい、それじゃたまには、本当のことを教えてあげましょうかね」
「お、おぅ……」
『たまには』なのか……。
やっぱりコイツ、ふだんは信用ならないってことでいいのか。
「あっ、それ、地味に傷つくやつです」
「傷つくくらいなら、ふだんからマジメになればいいだけだろ」
そんなことよりも今は、なんでこっちの考えてることがわかるのか、だ。
「んもー、キミはせっかちさんですねぇ。仕方ないなぁ───昔から『悪いことをすれば神様が見ている』って言うじゃないですか。あとは『うそをついても神様にはバレる』とか」
「あぁ、それなら知ってる。ことわざみたいなものだよな」
この教会本部でも、幼いころに習った言いまわしだ。
「それ、そのままなんですよ。神という存在は、言うなれば人よりもひとつ上の次元に存在しているようなモノですからね、その気になればどこにいても、だれの声でも聞けますし、なにを考えているのか、その気持ちを読みとることができるんです」
───うん、思ったよりもふつうだったな。
「あれ、てことは……、これまでにあれこれ考えてたこと、全部お前に筒抜けだったってことか!?」
うわ、なにそれはずかしすぎる!!
カァッと、ほっぺたが赤くなってくる。
あれっ、だけどそうなると、これまで散々死神扱いしてきたのも、本人にバレてるってことだよな?
もしこれで本当は別の神様とかだったなら、めっちゃ失礼なやつじゃん、俺!?
これはひょっとして、早めにあやまったほうがいいのでは……。
いやでもこの場合、それよりも問題なのは、考えてることが筒抜けだったなら、俺が前世の記憶持ちってこととかも、コイツにバレてたりするんだろうか……?
ついでに言うと、色々とこの世界にはない、メタ的要素の発想をこれまでに、けっこうしてきてしまったおぼえがある。
「ふふふ、そうですね、キミがふつうの人より物知りさんなのは理解しておりますよ。これまでにこの世界にも、そういう子は何⑽もいましたからね~」
あ、そうなんだ?
なら、特別俺がおかしいってわけじゃないなら、よかったよ。
でも、たとえば『エロゲ』とかは、こっちの世界にはない単語だと思うんだけど、それはどういう風に伝わっているんだろう?
ほかにも、『インターネット』とかも。
うーん、疑問だ。
「あぁ、それはですね……」
「──って、さっきから俺、全然しゃべってないんだけど!」
思わずガマンしきれずに、ツッコんでしまった。
「いえいえ、ある意味でキミの秘密に関わる部分ですからね、そのまま黙ってていいんですよ?ワタシの声はほかの人には聞かれにくいですけど、さすがにキミの声は結界でも張らないかぎり、外に聞こえてしまう可能性が高いですからねー」
「それは、たしかにそうだけど……」
言われてみれば、情報セキュリティ的な意味では、この会話方法は便利だな。
「……じゃあ、つづけますね」
俺が落ちついたのを見計らって聞かされたことは、一応納得のできる内容だった。
いわく、『そもそも神様の使う言語と、人間の使う言語はまったくちがう』のだそうだ。
だから人の使う、地域ごとにまるで異なる言葉だとしても、それこそ神様からしたら、方言だとか語尾のちがいくらいの些細な差異にしか感じられないんだとか。
基本的にはこちらの言葉をひとつずつ単語として認識しているのではなく、その言葉が持つ意味を、概念的に認識しているってことになるわけだ。
だからたとえスラングだろうと、だいたいのニュアンスは伝わっているらしいから、わざわざ言い換えたりする必要はないらしい。
まるで万能な、自動翻訳装置を介しているみたいだな、それ。
うん、便利だし、こちらとしては特に単語の言い換えとか気にしなくて済むなら、非常に助かるけどさ。
「だからね、キミのよく言う『エロゲ』とやらが、基本的に汁だくで、あはんでうふんな絵と話を楽しむ遊びだってことは理解してますから!せっかくですし、よく『巫女さん』がグチョグチョにされてる『触手プレイ』とやらを試してみますか!?」
おいおい、とんでもないこと言い出したぞ、コイツ?!
ていうか、やめてくれーーっ!!
前世でどんなエロゲをたしなんでたかなんて、そこははずかしいんで、掘り下げなくていいから無視して!!
ついでに話をこっちに振るんじゃない、断固拒否だ!!
「いえいえ、遠慮なんて不要ですよ、ワタシとキミの仲じゃないですか!なんなら、今すぐにでも!」
急にノリノリになって身を乗り出してきたイケメン死神に、背すじにゾッとしたものが走る。
………冗談、なんだよな……?
そのわりに、ものすごい楽しそうな笑みを浮かべているのが恐ろしい。
あの、本当にこれ、不穏すぎやしませんかね?
「イヤ、だーーっ!!」
脱兎のごとく身をひるがえして逃げ出す俺は、しかし部屋の扉にたどり着いた瞬間、まったくノブが動かないことに気づいた。
この部屋の鍵は、かかってないはずなのに。
クソ、結界か!
いくら魔法が使えるからといって、さすがの俺でも、仮にも神様が張ったそれを破れるほど、魔力があるわけでもなんでもないからな!?
微塵も動かないドアノブに、扉自体を叩いたところで、その衝撃は張りめぐらされた結界に吸収され、音ひとつ立たない。
「ウソだろっ!!だれか……っ!!」
「さぁさぁ、どうぞ遠慮なく!」
ドアにすがりついたままの俺のもとへと、悠然とした足どりで歩み寄ってくる。
そして途中で立ち止まると、いつものようにパチリと指を鳴らした。
その瞬間、室内の空気が一変した。
ゾワリとした生あたたかいような、肌にまとわりついてくるような不快な空気が充満してきて、思わず首をすくませて身ぶるいをする。
───つーか、なんなんだよ、アレは!?
俺の目に飛び込んできたのは、イケメン死神の足元でうねる何本もの紫色の触手だった。
それこそ、よくあるエロゲに出てくるような、なぞの粘液にまみれた、太いミミズみたいなヤツだ。
しかもごていねいにも、先っちょは例のいかがわしい性器を模したような形をしている。
それが鎌首をもたげる蛇のごとく、まるでこちらを威嚇するかのように伸びあがってくるのに、血の気が引いていく。
画面の向こうで見るのとはちがって、生で見ると、それは想像以上にグロテスクだった。
「はっ?!ウソだろ……っ!!」
「こんな感じでいかがでしょう、なかなかの再現度だと思いませんか?ワタシの自信作です!」
悪気なんてなにもない、それどころか若干のドヤ顔で問いかけてくるイケメン死神が、今は本当に死刑宣告をしに来た死神に感じられる。
いやいや、おかしいから。
どこをどうしたら、そんなやべぇモン呼び出そうとか思うわけよ!?
なに考えてんだ、バカ!!
エロゲってのは、二次元のかわいい娘が画面の向こうでアレコレされてるのを見て楽しむものであって、自分でそれを体験するもんじゃないだろーがっ!!
……なんて言いたいのに、あまりにもおぞましい姿をしたそれに、とっさに言葉が出てこない。
「さぁ、いっぱい気持ちよくなってくださいね?」
「冗…っ談……、キツいからっ!」
さらに室内を逃げまわろうとしたところで指をパチリと鳴らされ、まったく足が動かなくなる。
「なん、で……っ!?」
「さーて、早めに観念したほうがいいですよ」
必死に這ってでも逃げ出そうとしたのに、足どころか、からだの自由が一切利かなくなっていることに気づいた。
はいっ?
マジで??
なにかの術が使われたんだろうってことは、目の前で実に楽しげな笑みを浮かべているコイツを見ればわかる。
でも確実にひとつ言えることは、かつてないほどの絶体絶命の大ピンチだってことだけだ。
ぬるぬると地面を這ってくる触手から逃げだそうと、必死にあがいてみる。
もちろん、それは……ムダな努力になってしまったけど。
「なあ、思い直そう!触手プレイなんて、男相手にやっても、おもしろくもなんともないから!なっ!?」
「いえいえ、キミは特別ですからね。楽しくなる予感しかしないですよ」
やに下がった笑みを浮かべたイケメン死神に、両手をほっぺたの横で組んだ、きゃるんというぶりっ子ポーズをとられる。
そんな格好をしたところで、かわいくもなんともないからな!?
そして、やろうとしていることのエグさは、なにひとつ軽減されてないからな!!?
「ひぃ……っ!?」
ぬとぉ…と、ひんやりとぬれた質感の触手が鼻のあたまに触れてくる。
俺にできることは、ただ身を強ばらせ恐怖をこらえることくらいだけだった。
「大丈夫ですよ、すぐに気持ちよくなりますから」
「やっ、ホントに……やめ……っ!」
今度は足元から巻きついたそれが、ズルズルと這い上がってくるのに、くちびるがふるえる。
やぶ蛇というか、とにかくきっかけは些細な疑問でしかなかったはずなのに、大変な目に遭わされようとしている己の身の上に、ただただふるえが止まらなくなっていた。
なぁ、なんでか今世の俺、やたらとこういう目に遭うの多くないか?!
よく、すべての事柄はつながっていると、因果応報とか自業自得とか言うけど、まさかこんな『どうしてイケメン死神には、俺の心の声が聴こえているのか?』っていう疑問を持っただけだったのに。
まさか、こんな触手プレイに持ち込まれるとか、ふつうは想像つかないだろ?!
なに、このジョーカー率高めすぎるババ抜き!?
それとも『ドキッ!ハズレだらけのくじ引き大会!!』とでも言えば良いのかよ?
もはや俺がなにをえらんだところで、絶対悪いことしか起きないだろ!
いつの間にこのゲームは、戦略シミュレーション要素を兼ね備えたファンタジーRPGから、18禁のボブゲにクラスチェンジしたんだよ、まったく!!
思わずそんな風になげきたくなったのは、言うまでもない。
───なお、俺個人の名誉のために、その後どうなったのかは、伏せさせてもらうことにする。
いやもうマジで、アイツ絶対コロス…!
そんな、神官にあるまじき殺意が芽生えたことだけは、いたしかたあるまいとつけ加えておくけどな。
うん……俺はただ、地味なモブでいたいだけなのに。
この世界に生きる俺の願いなんて、せいぜい『せっかくファンタジー世界に来たからには、魔法とかは使えるものなら使ってみたい』程度でしかないんだぞ……。
別に異世界転生したからって、よくあるラノベみたいに俺TUEEEで無双したいわけでもないし、魔王を倒す勇者になりたいわけでもない。
分不相応なことなんて、願ってないはずなのに、なぜ??
そんな風に泣きそうな俺の心の声は、残念なことに今日もイケメン死神にしか拾われないのだった。
え、当然のように黙殺されたよ、コンチクショー!!
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