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第32話:そこまでの原作改変と影響力は想定外です
ルイス王子の手配により食堂でともに朝食をとったあと、こちらに差し出されたのは、金属製の細やかな意匠の彫り込まれた腕輪だった。
それはもちろんただの腕輪ではなく、先日イケメン死神といっしょにお茶をしたときに話題にのぼった、身を守るための特効を付与したアクセサリーだ。
それだけならば、まだよかったのかもしれない。
大国の王子ならば、多少の特効付与されたアクセサリーくらい、手に入れられなくもないだろう。
だけど差し出されたそれを見た瞬間、思わず俺は言葉を失ってしまった。
なにしろそこにあったのは、あのゲームのなかで『変わり身の腕輪』と呼ばれたイベントアイテムだったからだ。
───そう、それこそ、ずっと俺が念頭に置いて作ろうと思っていたアクセサリーでもある。
その効果はずばり、『人の放つ気や匂いを別のものと周囲に認識させる』というものだ。
黒髪黒目で、しかも香水では決して再現できない月花燐樹の匂いをまとっているという、非常に目立つ特徴をもっている俺にとっては、少しでもリスクを軽減するために、かなり重要となるアクセサリーだった。
たしかにのどから手が出るほど欲しいと願っていたものではあったけれど、それがまさかこのゲーム本編が始まる前のこの時期に、ここにあるとか……本当になにごとだよっ!?
しかも今ルイス王子は、ご自分で妖精たちにお願いして効果を付与してもらったって、そんなことをおっしゃってなかったか??
え……いや、ウソだろ……っ!?
それをルイス王子がご自身でできてしまうってことは、この世界では変わり身の腕輪をいくらでも作り放題ってことにならないか?
ゲーム内では、入手するのに面倒なイベントクエストをクリアしてようやく入手していたはずなのに……。
ましてその入手できる腕輪の個数制限があるからこそ、エルフの村に潜入できるパーティーは厳選しなくちゃいけなくて、そこにも苦労したって記憶がある。
その大前提が根底からくつがえされたわけなんだが、大丈夫なのか、これ?!
だいぶ俺の知っているあのゲーム内でのルイス王子のステータスから比べたら、こちらの世界では冒険に旅立つ前の時点から、かなりチートなレベルに能力が上乗せされているとは思っていたけれど、まさかここまでとは……。
もはや俺ごときでは、どうしていいのかわからない。
そしてなにより、またもや出た『俺という存在がこの世界にあたえる影響』について、俺の想定のななめ上をいくヤツだ。
『変わり身の腕輪』という重要なチートアイテムもまた、俺のために作られたアクセサリーだったって、どういうことなんだよーーっ!!?
そう言いたいのに、意味のある言葉はなにひとつ出てきてはくれない。
腕をとられ、そっとこちらの手の上に乗せられるそれから目を離せないまま、俺は返す言葉を失って呆然としていた。
「せっかくなのでオラクル様、お部屋にもどられてから、試してみませんか?もちろん最初は僕自身で試してみましたので、使用者の安全という面では保証できるんですが……」
「えぇっ!?ご自身でお試しになられたんですか?」
あまりのことにおどろいて、思わずツッコミを入れる。
いや、だってそうだろ?
すでにルイス王子ご自身で人体実験済みとか、万が一そこでなにかあったら、どうされるおつもりだったんですか!?
あなたのその両肩には、この世界がかかっているんですよ??
「はい、いくらルミエールたちに相談しながら作ったとはいえ、元になる術式は僕の発案した光と水による幻の発生と、風の拡散効果の組み合わせですからね。そこはきちんと、開発者責任をとらなければと……」
にこにこと笑みを浮かべたままにそうこたえるルイス王子には、まるで罪悪感というものは見えない。
むしろ、当然だと言わんばかりの表情をされている。
───なんてこった、ここにもイケメン死神みたいな職人気質の人がいたよ……。
あたまの痛い問題だと天を仰ぎ、そして遠い目をした。
うーん、俺もたいてい『無自覚だ』って言われるけど、ルイス王子もひょっとしなくてもそうなんじゃないのかな……。
言葉にしない思いは、しかし周囲の護衛の騎士たちの顔を見れば皆が俺と同じものをかかえていることがわかった。
あぁ、うん、フットワークが軽すぎる王子を持つと、護衛も気が休まらないよな。
お疲れさまです、その気持ちわかりますよ……。
───よし、仕方ない、代わりに俺が苦言を呈しておこう。
ルイス王子の護衛担当からじゃ、言いにくいこともあるだろうしな。
「僭越ながらルイス様……責任感がお強いのは大変頼もしくもあるのですが、やはりそういった、どういう結果になるかわからないものをいきなりご自身でお試しになるのは、お控えください。もしあなた様になにかあったら、どうなさるおつもりですか!?我らが神々もお悲しみになりますし、なにより、周囲のものたちだって心配します!もう少し、魔王を討ち倒す光の御子としてご神託を受けられたという、ご自覚をお持ちくださいませ」
そこまでを、一息で告げる。
「え、あ……はい、そうですよね。すみません……」
とたんにしょんぼりするルイス王子に、とてつもなく良心の呵責が襲いかかってくる。
あまりにも庇護欲をそそられるようなその姿に、キリキリと胸が痛む。
いや、でも俺だって、まちがえたこと言ってないからね?!
周囲の護衛騎士たちは、ここぞとばかりにコクコクとうなずきまくっているし、ふだんからルイス王子は無茶ばかりなさっているのだろうな。
うぅ、でも一応フォローはしておくか。
「ルイス様が私の身を案じてくださったように、私もルイス様のことを案じているのです……もし、あなた様になにかあったら、と……ですから、どうか御身を大切になさってください」
相手の手をとり、かすかに笑みを浮かべて諭す。
とたんに周囲に、ざわめきが走った。
ん、ひょっとして俺の発言内容は不敬だとか、なにか問題でもあったんだろうか?
だけどルイス王子をはじめ、周囲の騎士たちを見ても、皆さん一様に顔を赤らめているだけで、怒っている様子は見えなかった。
はて……、なんなんだろうか?
ともあれ、俺がルイス王子のことを案じているのは、本当のことだもんな。
それこそあのゲームのメインキャラクターだとかをさておいたとしても、なんというか放っておけない感じがする。
「でもこの腕輪は、大変ありがたいです。ルイス様が私の身を案じてくださったのも、うれしいことですし、なにより付与された術式は大変美しい重ね方です」
ついでとばかりに、腕輪のお礼と使われた付与術式の構築についても誉めておく。
「ほっ、本当ですかオラクル様っ?!」
とたんに、ただでさえキラキラのルイス王子が、さらに瞳を輝かせて詰め寄ってくる。
それどころか、うれしそうにピンと立つ三角の犬耳とパタパタとゆれるシッポの幻が見えるくらいだぞ、これ。
「えぇ、光の反射をベースに、シンプルに水の屈折と風の拡散で構成されていますよね?余計な術式もなく、これは機能美だと思います」
「そうなんです!シンプルなほうが術式の維持も楽ですし、くずれにくい分、耐久性が上がるとかと思いまして!」
思わず、さっと分析した中身についてコメントすれば、さらにルイス王子が食いついてくる。
うん、これはあれだな、キラキラ王子様……っていうよりか、ぶっちゃけ知識欲のかたまりのチワワだな。
要するに、学者チックではあるけれど、ビジュアル的には圧倒的にかわいいってことだ。
そんなの本人には、決して言えないけれど。
でもこんな風に誉められてよろこぶのは、それこそ術式の構築に真摯に向き合ったからこそだ。
そういう意味では、やっぱりまじめなんだよなぁ。
それにエンジニアとか職人とかって、自分が苦労した箇所を人に誉められたり認められるの、すごくうれしいものだってのは俺もわかるから、つい言及したくなっちゃうんだよ。
やっぱりわかっていても、面と向かって口に出して誉められるのは、だれだってうれしいことじゃないのかな。
この腕輪に組み込まれた術式は、光属性をベースに水の屈折率や風の拡散能力をうまく利用して、幻を生み出して、匂いをごまかす仕組みになっている。
それは光の妖精ルミエールをメインに、多属性の妖精たちからの加護を受ける、ルイス王子ならではの構築法だと思う。
これがもし別の人だったら、幻を見せるのにも、ちがう術式を組むことだろう。
このゲームに似た世界に実際に暮らしてみて、いちばんちがいを感じるのがそこだった。
今回の変わり身の腕輪にしてもそうだけど、妖精の力を借りるにせよその他の魔法を使うにせよ、その基本的な考え方は化学の実験にも似ている。
なにになにを足せば、どういう効果が出るのか。
求める結果から割り返して、途中の式を推測するというのは、なかなかに想像力が刺激される作業だ。
目的を達するために、どんな手段をとってもいいし、その手段にしてもアプローチ方法が複数あるって、まさに可能性のかたまりだろ?
前世がオタクだからこそ、そういう様々なパターンの知識もあるし、さらに前世での化学の知識は役に立つしで、なおのこと楽しいものだった。
たとえば今回みたいに周囲の人に姿を誤認させるために幻を見せるとして、それを蜃気楼を作る要領でやるなら、必要なのは水分と光、それと熱だろうか。
ならば水の妖精ウンディーネと火の妖精サラマンダーに頼めば、おそらく可能となるだろう。
もちろん、ここにルミエールをまぜてもいい。
それか、霧を作って惑わせるだけなら、サラマンダーの代わりに風の妖精シルフィードの出番になるし、なんならウンディーネだけでもイケるかもしれない。
でも精神に干渉するかたちで見せるのなら、むしろ物理的な視界をふさぐためにも、闇属性の魔法が必要になってくるんだ。
な、考えるだけでもワクワクしてくるだろ?
ちなみに魔法の勉強もこれに似ているところがあって、基本的な四大元素である『地』『水』『火』『風』の単一属性魔法ではなく、複数の属性を組み合わせて使用する『複合魔法』と呼ばれるものは、やっぱりその術式を効果から逆算して組み立てることができる。
きっとルイス王子は、こういう術式を考えるのがお好きなんだろう。
それこそ、俺と同じだ。
ここら辺については、あとで腕輪の効果を試すついでに話し合うってのも楽しいかもしれないな。
「せっかくですので、場所を移してゆっくりお話しいたしましょうか?」
そう提案してみれば、とたんにルイス王子の目がキラキラとかがやき出す。
あぁ、もう、本当に好きなんだなぁ。
「はいっ、よろこんで!ではさっそく、お部屋までお送りしますね!」
今日は特別用事もなかったし、ルイス王子のストレス解消になるなら、ちょうどいい。
そんなわけで、朝食後には俺の自室で術式談義に花を咲かせることになったのだった。
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