第70話:心残りの清算スタート

1/1
前へ
/82ページ
次へ

第70話:心残りの清算スタート

 わりとあられもない姿に見える今の自分の姿に、今さらながらの羞恥をおぼえる。  でも着替えたくても、前に着ていた神官服は、ヴァイゼによって破かれてしまっているし、どうしたものか。  モヤモヤとかんがえごとをしていたら、フッと笑う気配がしてパチリと指が鳴らされる。 「あれっ?」  それこそ、たった今かんがえていたばかりの神官服が、今の一瞬で着せられていた。  もちろん前だって破かれていない、新品同様の状態にもどっている。  さらには腕を見れば、ヴァイゼによって壊されてしまった変わり身の腕輪までもが、元どおりになっていた。  うわ、これはうれしいし、ありがたい!  せっかくのルイス王子からのもらいものだったから、壊されてしまったのはわりとショックだったんだよな。 「あ、そうか…黒龍神様の司る『再生』のほうの力……」 「そういうことです。それじゃ参りましょうか?」  差し出された手をつかんで立ちあがろうとしたところで、思わずよろめいた。 「おっと危ない、まだ足腰が立たない感じです?」 「え、ウソだろ……っ?!」  自分でも思った以上に、はじめてのがからだにかける負担はデカかったらしい。 「おやおや、いけませんね。そんな状態では、かえって心配されてしまいますよ?」  こちらの顔をのぞき込みながら、イケメン死神がニヤニヤと笑う。  クソ、誰のせいでこうなったと思ってんだ!? 「あー、これはいけない、キミがケガをしたらいけませんし、責任を取ってワタシが連れていきましょう!」 「なんだよ、その棒読み!!」  そうして、軽々と横抱きにされた。 「では、参りましょうか、お姫様?」 「だれが姫だよ、ふざけんな!」  うっすらとくちびるに笑みを刷いたイケメン死神に見とれそうになって、わざとぶっきらぼうにかえせば、相手はさらに笑みを深めるとこちらのおでこにキスを落としてくる。 「なに言ってるんですか、昔から悪者に拐われるのは、ヒロインのお姫様と相場が決まってるじゃないですか!そして助け出された姫は、助けに来たヒーローに抱きかかえられて運ばれるのがお約束ですからねー」 「待て、なに言ってるんだお前はっ!?」  急にわけのわからないことを言い出した相手にふりまわされる。 「そしてヒーローは、そのお礼にと助けられた姫と結婚するところまでがセットです!ほら、めでたしめでたし。完ぺきでしょー!!」 「だからなにが、『めでたし』で『完ぺき』なんだ、それっ!?」  さわがしくする俺とイケメン死神は、そのままいつものように、転移魔法でこの場をあとにしたのだった。  これでも俺はこの世界での『神託神官のオラクル』という立場にいる、己の希少性を理解しているつもりだ。  この世界にただひとりしかいない神様と会話のできるレベルの神託神官が、よりによって人道支援目的で向かったインカローズ公国で事件に巻き込まれたあげく、ギベオン帝国に呼び出され、最終的には魔族に拐われたんだぞ?!  その前にもギベオン帝国は、いくら魔族にあやつられていたからとはいえ、クォーツ村を滅ぼしただけでなく、そこに鎮魂に来たナランハさんとその警護をしていたジョーヌさんを襲い、自国内へと拐っている。  あげくに妖精の加護を得るために必要な情報を吐けと、拷問までしたんだ。  うちの教会的に見たら、かなり罪は重いと思う。  ギベオン帝国では国教がちがうとしても、そもそもうちの教会自体が全世界的に武力を持たぬ中立の立場であり、国際協定で手を出すことが禁じられている事実はゆらがない。  それを堂々と破って神官と護衛騎士を傷つけて誘拐した上で、さらに上位等級神官の身柄を要求してきたわけだしな……。  それだけでもお腹いっぱいなくらいに罪をかさねていると思うけれど、俺が魔族にかけられたギベオン帝国の皇帝陛下の呪いを解いた際に拐われたのだって、魔族側の策略どおりに上層部をあやつられていたせいだというのも、まちがいようもない事実だった。  ここまでいろいろとかさなれば、さすがに国教がちがう国だろうと、その責任を追及されるのは不可避だと思う。  一方で今回のインカローズ公国では、そんなギベオン帝国側からの突然の侵攻があったなかで、教会本部へ送られた救援要請にしてもうちの所属神官であるナランハさんからだったし、国から出したわけではないのだから、ある意味では被害者でしかないようにも思える。  でも国際協定には、うちの教会に手を出すことなかれという内容以外にも、武力を持たぬからこそ、自国内に神官の派遣を受けたならば全力で守ることも同様に謳われていた。  つまりインカローズ公国にとっては、元々いたナランハさんだけでなく追加で派遣されてきた俺たち一行も、その全力で保護すべき対象にふくまれることになるわけだ。  だから今回の一件は、彼らの落ち度になりかねないってことになってしまうんだ。  ついでに言えば国教にもなっているくらいなんだから、インカローズ公国に対して当然のようにうちの教会の発言力は強い。  というか、まちがいなくうちの教会の老獪な狸どもなら、ここぞとばかりにそれをネタにして、ギベオン帝国とインカローズ公国、両国ともに脅すだろ。  実務的には俺だって魔王が討伐されて平和になった世の中では、いなくても問題ない存在だろうし、そもそも本部的にはナランハさんのような三等級神官の価値は低く見られている。  ジョーヌさんも神官の護衛騎士ならば殉職することもあり得るわけで、幹部からすればきっと数多くいる替えの利く人材あつかいされることだろう。  なのにきっと彼らは、自身では軽くあつかっていた存在だとしても、いざこちらが被害を受けたと知れば、黙っているとは思えなかった。  あれだけしたたかな彼らが、他国の足元を見るチャンスを逃すはずがないと、ついかんがえてしまう。  本来の世界線でなら俺はすでに黒龍神様の伴侶になっていて神界の住人だったはずだし、両国ともに教会から責任を追及されずに済んでいた話だったかもしれないけれど、今の俺はまだ教会所属の神官だ。  たぶんオルトマーレ班長ならば、なんらかの手段で教会本部に連絡を入れているだろうし、なにが起きたのか説明してその指示を仰いでいるかもしれない。  そうだとしたら、結構まずい。  いや、想定外の大事件に発展してるのだから、本来なら本部の指示を仰ぐことは正しいことだと思うけどな?  今回にかぎっては、悪手としか言いようがなかった。  転移するほんの一瞬の間に、そんなことを一気に考える。  どうやってそこら辺をうまく決着させるのがいいんだろうか、判断に迷う。  いっそ丸投げしたいくらいだよ、本当に……。  そうしてイケメン死神に横抱きにされたままあらわれたのは、ラルビの町の領主の館の庭だった。  今まさに出陣しそうないきおいのギベオン帝国の兵士たちと、それを先導しようというオルトマーレ班長の姿に、とっさに言葉が出てこない。 「オラクル様っ!!?なんと、ご無事でしたかっ?!」  あわててこちらに駆け寄ってくるオルトマーレ班長の姿は、やっぱりなんかシベリアンハスキーに似ている。 「えぇ、心配をかけました。おかげさまで助けていただいたので……」  そう言って、今も俺を抱きかかえているイケメン死神に目線を移す。  あれ、でもコイツの姿って、ほかの人には見えないんだっけか……? 「ご無事でしたらなによりです!本当に私がついていながら、御身を危険にさらすなど……なんと不甲斐ないことか!このお詫びは、我が命をもって償わせていただきたく……っ!!」  オルトマーレ班長は俺の前で片膝をつき、騎士の礼をしながら、そんなことを言う。  ちょっと待て、やっぱり責任をとるために、命を差し出してきたぞ!?  そういうのがイヤだから、真っ先にここに来たってのに。 「オルトマーレ殿、顔を上げてください。あれはどうしようもないことでした。なによりこうして私が無事だったのだから、それでよしとしましょう?」 「しかし……っ!?」  俺の顔を必死に見ていたオルトマーレ班長の表情が、突如として固まった。 「ま、まさか……、そちらにいらっしゃるのは……っ!?」  顔色は一気に真っ青になり、急にガタガタとふるえ出す。  えっと、どういうことだ?  その視線の先を追うまでもなく、俺の顔の奥に見えるイケメン死神の顔を凝視しているのがわかる。  あれ、でもかぎられた人しか、イケメン死神の───教会で言うところの『御遣(みつか)い様』の姿を見ることができないはずじゃあなかったっけか……?  たしか以前は見えていなかったはずだよなぁ?  どういうことなのかと思わず近くの、そのととのいまくった顔を見あげれば、あからさまに目を逸らされた。  ん……?  これはひょっとして、さっき言ってた『教育』とやらのせいでは?? 「も、申し訳ございません!私がついていながら、オラクル様の御身を危険にさらしてしまったその罪は、この命をもって償わせていただきますので、どうか、どうかおゆるしを……っ!!」  ガタガタとかわいそうなくらいにふるえ、真っ青な顔で土下座をはじめるオルトマーレ班長に、意味がわからずに困惑する。 「……ていうか、マジでなにしたの、お前?」  思わずいつもの口調でイケメン死神にたずねてしまってから、ハッとなって口を押さえた。  今さら出てしまった言葉はどうしようもないけれど、つい素が出てしまった。 「いやー、人に見えるようにしなきゃ、キミのからだが浮いているようにしか見えなくなるから困るでしょう?今のワタシの姿を、可視化しただけですってば」 「えー、あやしい……」  そんなやりとりをしていると、周囲がざわめいているのを感じた。  そりゃそうか、いきなり人があらわれたら、ふつうおどろくよな。  というか変わり身の腕輪こそつけていたけれど、うっかりして術式をかさねるのを忘れていた。  今の自分の姿は茶髪に茶目だけど、カイトと名乗っていた神官の姿ではなく、オラクルとしての姿のままだったことに気づく。 「あぁ、すみません、この姿ではわからないのも無理はないですよね」  服こそ神官のカイトと名乗っていたときに着ていたものと同じだったけど、この姿に見おぼえのないギベオン帝国の人たちには、いきなり知らない神官があらわれたように感じるんだろう。 「ごめん、一旦降ろしてもらってもいいかな?」 「はいはい、気をつけてくださいね」  そっと足から降ろされ、必死にフラつかないようにと気合いを入れれば、さりげなくイケメン死神に腰の辺りを支えられた。  あらためて変わり身の腕輪に術式をかさねれば、白いモヤのようなキラキラと光るエフェクトがかかり、己の姿がカイトと名乗っていたときの地味な神官姿に変わっていく。  むしろおぼえられていなくてもおかしくはないくらい、特徴のない顔だ。  だからひょっとしたら気づかれないかもしれない、なんて思っていた俺は読みが浅かったのかもしれない。  なぜならその姿に変わった瞬間、その場の空気は劇的に変化したからだった。 「おおおっ、あのお方はっ!?」 「あのお姿を見まちがうなど、断じてあってはならん!!」  一斉に兵士たちがざわめき、そして直後に武器を捨ててその場に平伏していく。 「「「我らが神の化身に、敬虔なる祈りを捧げます……どうぞ我らの罪をおゆるしくださいませっ!!」」」  それなりの人数の兵士たちが一斉に声をそろえてそんなことを言い、屋外で平伏してくる姿ってのは、案外迫力があるものだ。  そういえば拐われる直前、俺がナランハさんたちを妖精の加護の力を使って回復させたときにも、彼らは同じようなことを言っていたような気がする。  ラルビの町の領主のように、妖精の加護を尊ぶギベオン帝国の人々が信仰している宗教は、その妖精たちを統べるモノを神として崇めている。  だからこそ、複数の妖精の加護の力で奇跡を起こして見せた俺は、彼らにとっての神様が姿を変えてあらわれたように見えたってことなんだろう。  うん、冷静になれば必要以上に派手な演出になってしまっていたような気もするし、彼らが誤解をするのも無理はないかもしれないよな……。  とはいえ想像以上に過剰な反応を見せる彼らのあつかいに困り、助けをもとめてそばにあるホンモノの神様の顔を見あげれば、ただほほえみかえされただけだった。  なぁ、その笑みは『適当にかえしとけばいいんじゃねぇの?』って意味じゃないよな?! 「さすがはキミですね、完ぺきな以心伝心じゃないですか」  ボソボソと耳元でささやかれる声に、ガックリと肩を落とす。  なんだよそれ、全然役に立ってない助言だからな?!  むぅ、仕方ない。  一応これでも神託神官として、それっぽいことを言うのはなれてるほうなんだ。  即興でどうにかするしかないよな、うん。 「この世に闇をもたらす魔王は、光の御子により打ち祓われました。ですが人々がいがみ合い憎しみ合う気持ちこそ、次の魔王を生むきっかけとなるのです。どうか異教徒であろうと、寛容な気持ちで接してください」  ありがたいお話をしろというのなら、これでも神職なんだからいくらでも長々と話せるけどさ、そんなに話したら、かえってが出そうだしな。  とりあえずそれらしいことを言っとけば、なんとかなるだろう。  現に目の前の彼らは平伏したままにやたらとありがたがっているし、本当に神の化身と信じていればこそ、きっと緊張のあまりにろくに話を聞いてないだろうし、結果的にはなにを言われたかおぼえてないと思う。  なんとかやりすごせたと、肩の力を抜いてオルトマーレ班長に目をやれば、あいかわらずイケメン死神に怯えた様子のままだった。  ナランハさんとジョーヌさんがどうなったか、そっちのほうが気になっていたから、それを聞こうと思っていたんだけど、これは無理そうだ。  そんな矢先に、領主の館の扉がいきおいよく開いた。 「今、強い神気を感じたのですが、いったいなにが……っ?!」 「お待ちください、ナランハ殿!いきなり走られては危ないです!」  先に飛び出してきた人影は肩まで伸びた、明るいオレンジ色のふわふわの髪をした神官服を身にまとった人物で、あとから出てきた人物は金髪で甲冑姿をしている。 「───ナランハさんに、ジョーヌさんっ!?」 「あぁっ、あなたは……っ!!」  そこにいたのは、俺が気にしていたナランハさんとジョーヌさん、その人たちだった。 .
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

739人が本棚に入れています
本棚に追加