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第71話:察しが良すぎて困ります
イケメン死神にお願いして連れてきてもらったラルビの町で、なにより俺が心配していたのは、ナランハさんたちのことだった。
意識が朦朧とするほどに手酷く痛めつけられていた彼らを、妖精の加護を全開にして癒したつもりではいたけれど、きちんと治すことができたのかどうか、その確認はできていなかったんだ。
なにしろ俺自身が魔族によってその場から連れ去られてしまったせいで、どうなったのかは不明だったからな。
だからこそきちんとナランハさんが意識を取りもどしたのか、ジョーヌさんの左腕は不自由なく動かせているのか、そのあたりを心配していた。
そんな矢先に領主の館の扉が開いて、『強い神気を感じた』と飛び込んできたのがナランハさんその人だった。
後ろからは、急に走り出していったナランハさんを案じる声とともにジョーヌさんがあらわれる。
「ナランハさん、それにジョーヌさんも……よかった……無事に歩けるまでになっていて……」
ホッとするあまりに、うまく言葉が出てこない。
ギベオン帝国の兵士たちにより切り落とされたジョーヌさんの左腕は、再生したあとにも、きちんと動かせているようだ。
「カイト殿……いえ、カイト様!貴方様をお遣わしくださいました、我らが神々のお慈悲に感謝いたします」
ギベオン帝国の兵士たちにつづいて、ナランハさんまで俺に向かって平伏してくる。
もう、なんなんだよ!?
俺はたしかに妖精の加護が特盛りかもしれないけど、これでもまだ人のつもりなんだからな?!
そんな皆でそろって、俺のことを神様あつかいしないでほしい。
申し訳ないやら荷が重いやらで、胃が痛くなってきそうだ。
たぶん今の俺はイケメン死神の──黒龍神様の神気にまみれているから、余計にそう見えるのかもしれないけれど。
両膝をつき、深々とお辞儀をしてくるナランハさんたちの姿に、そんなことを思う。
俺もさすがに自覚があるからなぁ、今の自分の、『人外にますます近づいてきた感じ』ってやつは。
本来なら風の力で拡散させて、ほとんど気づかれないくらいには月花燐樹の匂いを隠してくれるはずの変わり身の腕輪をしていてもなお、その匂いが濃厚に周囲にただよっているくらいだし。
しかもそれは、元の俺自身がまとっていた匂いよりも、若干甘く変化している。
それの原因はかんがえるまでもなく、コイツからつけられた神気によるマーキングというか、思い出すだにはずかしいアレコレのせいだよな……。
なんてことを思うと、もういたたまれなくて仕方なくなりそうだった。
「どうか顔を上げてください、ナランハさん、ジョーヌさん。おふたりがこうしてお元気なのを確認できてよかったです。まだどこか苦しいところなどはないですか?」
「おかげさまで、すっかり良くなりました」
たずねれば、どこにも不調はないというこたえがかえってきて、とにかくホッとする。
いちばんの気がかりなことは解決されていたとして、とはいえ、まだここには問題が山積している。
なにしろ自分が当事者なだけに、さすがにこんな国家間の問題に発展しそうな件を知らないふりなんてできないし、どうしたものか……。
「そうですねぇ、せっかく責任を取りたがっているようですし、そこにいるシベハスにあとをお任せしちゃうってのはどうです?」
急に背後からイケメン死神が顔を出し、そんなことを言う。
そりゃお任せできるなら楽だけどさ、そんなんでいいのかな?
こっそりと見たオルトマーレ班長の顔は、早く命令してくれと言わんばかりにキラキラした目線をこちらへ向けていた。
あ、うん、こりゃ大丈夫そうだな。
ていうか素朴な疑問なんだけど、オルトマーレ班長は自分が『シベハス』だと認識しているんだろうか?
「ではオルトマーレ班長、あとのことを頼みます。私はこうして無事でしたので、その件はどうか穏便におさめるようにお願いします。ただ、魔族による洗脳が行われていた事実は確認できたのですが、だからといってそれでクォーツ村で彼らがしでかしたこと、その罪が消えるわけではないのですが……」
そこで区切り、ひとつため息をつく。
「今度こそナランハ殿を無事にインカローズ公国の教会まで連れ帰り、そしてあなたもそこにいる仲間と合流して、しかるべきタイミングで帰還するのですよ?私は先に本部にもどり、あなた方の帰りを待っていますから」
「ハハッ!必ずや!!」
よし、これでインカローズ公国のこともふくめ、ギベオン帝国がらみの件はうちの教会の手から離れるだろう。
あとは俺が先に本部に帰って、強欲な狸ジジイどもを説得すればいいだけだ。
じゃあ、ここでの用事は済んだかと、きびすをかえしかけたところで、平伏していたギベオン帝国の兵士たちのひとりから声がかけられた。
「恐れながら申し上げます!私はギベオン帝国の皇帝陛下直轄の騎士団をあずかる、団長のアズラクと申します。我らが神の化身たるカイト様より授かりました先ほどのお言葉、私が責任を持って皇帝陛下へと伝えさせていただきたく存じます!」
アズラクと名乗ったのは、くすんだ青い色の髪を刈り上げた、いかにも武骨な壮年男性だ。
少なくとも俺がここから拐われる前には、いなかったように思う。
だけど皇帝陛下直轄の騎士団の団長ということは、それなりに偉い立場なんだろう。
そんな偉い人がここに遣わされてきてるってことは、やっぱりあのとき俺が呪いを解いたのは、いよいよこの国の皇帝だったの確定かな……。
「アズラク殿、あなたを信じ、あとを任せます。人の命を決して軽々しくあつかわぬよう、どうかいかなるときも寛容な気持ちを忘れずに……」
念を押したところで、この場を去ろうという雰囲気は伝わったんだろうか、気がつけば皆がまた一斉に地面にひれ伏していた。
「では参りましょうか?」
「えぇ、お願いします」
イケメン死神に手を取られ、パチンと指が鳴らされる。
とたんに周囲の景色は、ラルビの町の領主の館から、なれ親しんだ教会本部の聖堂のなかへと切り替わる。
一般的な移動の魔法とはちがって、あまりにもなめらかに一瞬で切り替わる景色に、正直からだよりも心がついていけない。
ステンドグラスに彩られ、教会でお祀りしている三柱の神様を模した彫刻が飾られた、荘厳な室内だ。
イケメン死神に手を引かれたままそこにふわりと降り立てば、バランスをくずさないようにとさりげなく腰に手をまわして支えてくれた。
………うん、やることがナチュラルに紳士だ。
あーもう、コイツのそういうところがズルいんだよな!
どうしよう、『俺の旦那様がカッコいい』って思いそうになるだろうが!
「悪い、ありがと」
「いえいえ、どういたしまして。それに無理させちゃったのは、ワタシのせいですからねー、ふふふ」
お礼を言えば、意味深に笑いかえされた。
「なん……っ!バカ、そういうこと言うなよな?!」
カァッと、ほっぺたが熱くなるのを感じる。
無理させたって、俺から積極的に動いて誘ったとはいえ、その後さんざんあえがされて気を失ったことまで思い出させるようなセリフを吐くなよ、バカ!
そんなこと言われたら、いたたまれないなんてもんじゃない。
抗議を込めて軽いパンチをお見舞いすれば、ニヤニヤと口もとに笑いを浮かべたままに、軽くいなされた。
あーもう、その余裕すぎる姿がまたムカつくんだよ、コイツ!
「おおっ、この香り……もしやその姿は……オラクルなのか?!」
ほかにだれもいないと油断していたところに、ふいに声をかけられてふりかえれば、なぜか聖堂内には教会本部の幹部連中が勢ぞろいしていた。
「なんと!悪しきモノに連れ去られたと聞いたのだが、無事だったのか!よかった、本当によかった……!!」
「我らが神々に、そして御遣い様にも、深い感謝を捧げます……」
口々に話しかけられ、祈られる。
「本当に、よくぞ無事でもどってきてくれた……神のご加護に感謝いたします」
声をふるわせながら話しかけられ、その皆が皆、なんなら涙ぐんでいた。
ひょっとしてオルトマーレ班長からの報告を受けて、俺の無事を祈りに来ていたんだろうか。
その根底にあるのは、こちらを思いやるやさしい気持ちだ。
我ながら、ここでも思った以上に大事にされてたんだなぁって思う。
そうだな……そうかんがえると、たしかに彼らも『オラクル』にとっては大事な存在の一部なのかもしれない。
とはいえ俺にはなぜだかやたらと甘い幹部たちも、対外的にはむしろ狸ジジイと呼んだほうがいいくらい老獪な連中ばかりだった。
それこそ俺がさっき心配したみたいに、相手の足下を見る機会があれば、きっとそれを逃さずつけこむタイプが多いと思う。
ただ、だからといって全員が世俗にまみれた悪人というわけじゃない。
これだけデカい組織となった教会を運営する幹部ともなれば、それなりに腹黒さやしたたかさなんてものも必要になるのは、わかっているつもりだった。
「おぉ、近くでその無事な姿を見せておくれ……」
手招きをされ、ふるえる声で呼びかけられる。
それにコクリとうなずくと、俺は身につけていた変わり身の腕輪をそっとはずす。
すると全身をおおうように、白いモヤにキラキラと光るエフェクトがかかり、己の姿は霧のなかに隠れる。
やがてそれが晴れれば、俺の姿は茶髪茶目の地味神官姿から、元の黒髪黒目のオラクルの姿にもどっていた。
それとともに以前よりも甘さが増して、それこそ満開の花が咲き乱れているときのような月花燐樹の、清々しいのに甘い匂いが辺り一帯に広がっていく。
前はほんのりと香る程度だったはずなのに、今はまるで香水でもつけたかのようにしっかりと香っている。
「ご心配をおかけしました。一時は魔族に拐われたものの、こうして助けていただいたおかげで無事に帰ってくることができました」
深々と頭を下げれば、無事ならばこれ以上のことはない、と口々に声をかけられる。
あぁ、やっぱり俺にとっての教会はたしかに家でもあったんだなぁって思う。
そうだ、ここは『帰ってくる』場所なんだ。
そんな場所が今世の俺にもあったんだと実感できて、心のなかがほのかに温かくなるのを感じる。
さて、それじゃ今回の件で、ナランハさんとジョーヌさんの件はさておき、俺が魔族に拐われた件に関してだけは、インカローズ公国とギベオン帝国の責任追求をお手柔らかにお願いしたいと交渉するか。
そう思ったのに、やたらと涙ぐんだ状態でこちらを見てくる彼らに首をかしげるしかなかった。
「この花のように甘く香る匂い……おぉ、そうか……そなたもついに御遣い様と……」
「いつまでもここにいてほしかったが、そういうわけにもいかないのだな……」
理由はわからなかったけれど、なにかを察したらしい幹部の面々は、感慨深そうに俺を見つめていた。
えーと、なんでだ??
俺はまだ、なにも話してないからな?
そりゃ、ここにいるイケメン死神こと黒龍神様に嫁ぎます的なことは、いずれは覚悟を決めて話さなくてはならないと思ってはいたけれど……。
「もう言わずとも伝わってはいるようですが、あらためてお預けしていたこの子をもらい受けますね?今まで保護していただき、ありがとうございました」
「承知いたしました」
さりげなく俺の肩を抱くイケメン死神がそう告げれば、一斉にあたまを下げてこたえる幹部の面々にとまどいが隠せない。
「それが最初からのお約束とはいえ、こちらの保護が至らず、大変申し訳なく存じます」
その場にひざまずくという神職にとっての最上級のお辞儀をかえしながら、この教会トップの代表がそんなことを言う。
うん?『最初からの約束』とは……?
うかがうように見上げたイケメン死神の顔は、おだやかにほほえんだままで、おでこに軽くキスを落とされる。
こら、人前でそういうことするなよ、はずかしいだろ。
「ふふ、すみません、ついキミがかわいくて。あぁ、そうか、その件はキミには内緒にしていたんでしたっけ。キミをここに預けたときに、ここにいる方々と約束をしていたんですよ」
と、そこで一旦、言葉を区切る。
「いえ、ね。最初に『これからはキミをとおして神託を授けるから、代わりにしっかりと守れ』と伝えたんです。預ける期間は『いつか教会がキミを守れなくなるときまで』として」
なるほど、いろいろ今ので合点がいった。
最初から俺は教会によって保護されていたというよりは、ただ預けられていただけだったってことだ。
なるほど『教会所属の神官』というよりは、『神様から預けられた借り物の神官』って立ち位置ならば、あれだけ過保護にされてきたってのにも納得だ。
つまり俺はここに来た時点で、いずれはイケメン死神の元にかえされる前提だったわけで、そして物語の強制力という名の世界の理が働けば、どれほど保護を万全にしたところで、いずれ必ず俺の命は危険にさらされるわけだ。
きっとオルトマーレ班長からの連絡が入った時点で、彼らはそれを察したというわけなんだろう。
それなら今回の件も、俺が心配したような展開にはならないのかもしれないな。
ひとまずそれは落着したってことでいいとして、次はいつまでここにいるかって話をしておかないとな……。
そう思って口を開きかけたそのとき、幹部のひとりが先んじて話しかけてきた。
「して、婚礼の日取りは、いかがいたしますか?我らとしてもあなた様よりお預かりした大事なお方、できるかぎりのことをして差し上げたいのです」
はいぃ?!
「おぉ!そういうことなら早いほうがいいだろう。さっそく、専属の衣装担当に連絡を!この日のためにあつらえさせた婚礼衣装も、もうずいぶん前から用意されておりますからな!」
えええ、なにを言っちゃってるんだよ、この人まで!?
「おやおや、キミのご実家はずいぶんと協力的ですねぇ」
にっこにこの笑顔になったイケメン死神に話しかけられ、俺は無言で口をぱくぱくさせるしかできなかった。
なぁ、このものわかりの良さ、いったいどういうことなんだ!?
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