第72話:これもひとつのフラグ回収

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第72話:これもひとつのフラグ回収

 教会の幹部たちにより、あまりにもスムーズに進められていく話し合いという名の一方的な提案と決定に、さっきから俺は口を挟むことができずにいる。  あれ、これ、一応俺とイケメン死神の話をしてるんだよなぁ……? 「では式の日取りは、光の御子と聖女ジュリアが帰還してからをご所望、ということですな!承知しましたぞ!!」  ……いや、たしかに彼らの出迎えをしたいという希望は伝えたけれど、別にそれは式の日取りの希望を告げたつもりはない。  ていうか、『式の日取り』って!  その式というのは、結婚式のことでいいんだよな……?  そもそも教会に預けられていた俺が、期限が来たからイケメン死神に引き取られますって話にはなったけど、別に『嫁に行く』とは明言したつもりはないのに!?  なんで、嫁ぐ前提なんだよ!  おかしいだろ!!  そう言いたいのに、さっきから微塵も口を挟む隙が見当たらない。 「我々教会本部といたしましても、この15年オラクル殿には神託神官としてお世話になりましたことですし、感謝の気持ちを込めて式については盛大に執り行いたいと考えております!」  式典長を務める幹部のひとりが発言すれば、衣装担当を管轄する祭礼長が大きくうなずいている。 「この日に備えて長年オラクル殿に仕えてきました専属の衣装担当が、いつ何時その日が来ようと対応可能なようにと、丹精籠めて縫い上げた婚礼衣装も仕上げてございます!」  えぇぇ、いつの間にそんなもの用意してたんだよ……。  まぁ、俺が小さいころにイケメン死神からの指示にしたがって、某夢の国的なプリンセスドレスとかを用意してしまうくらいの彼女なら、どんなデザインの婚礼衣装だろうと余裕だろうなぁ。  しいてあげれば、その用意されているという衣装が、どういうデザインになってるのかってことがこの場合の不安材料だろうか。  いやマジで、この世界の婚礼衣装がどんなものか知らないからこそ、少し怖い。  これで純白のガチな現代日本仕様のウェディングドレスとか出されたら、さすがに泣くぞ!?  こればっかりは、俺の専属衣装担当のおばさまのセンスを信じるしかないな。  いつも式典の際に仕立てられる祭礼服の着やすさと仕上がりの優雅さを考えれば、まちがいないとは思うけど。  ……えぇい、なるようになれ!  そう覚悟を決めたら、スッと気持ちは落ちついた。 「ところで、来賓はどなたをお呼びしますかな?オラクル殿がこれまで御神託を授けられてきた国の代表の方々も、この慶事にぜひ参列したいと願うことでしょう」  誇らしげに言う式典長に、むしろ俺はどんどん気持ちが重くなってくる。  その発言の根底にあるのは『おめでたい』と祝福する気持ちで、そのおめでたいことをどうせなら賑々しく祝いたいという、ただそれだけのことなんだろう。  そこに他意はないのかもしれないけれど、俺にとってはその気持ちが重い。  だって俺がこれまでご神託を直接授けてきたのなんて、基本的には国王クラスばっかりなんだぞ!?  そんなVIPばかりが参列するとか、当然参列するにあたっては随行者だって呼ばなきゃいけなくなるだろうし、最終的にとんでもない人数にならないか?  そうなると当然招待客だって別に俺とは親しいわけでもなんでもなくて、なんなら直接俺の顔を見ていない人ばっかりになるんじゃないだろうか。  ───それって、俺からしたら、さらし者にされてるのと変わらない気がする。  ただでさえこっちは人目にさらされるのになれてない引きこもりだというのに、しかもそれがまかりまちがえて国際政治の材料に使われることになったら、冗談じゃないと思う。  仮にこちらの幹部たちには政治的なものに利用する意図がないにしても、表向きは教会所属ということになっている神託神官がお祀りしている黒龍神様に娶られるっていうのは、うちの教会にとっては大変に名誉なことになるわけだ。  それを他国の王族に示すってのは、すなわちうちの教会の権威を示すことと同義にもなり得てしまうだろうとは思う。  そしてまた、国王としてそんな場に呼ばれるかどうか、呼ばれてどの位置で参列するか、それは教会とのつき合いがどれほど深いかを示しているのとも同じことだ。  この世界ではうちの教会が、世界を統べる三大勢力のひとつに数えられていることをかんがみたら、関係諸国の立ち位置争いにもつながりかねない案件ってことじゃないか!  だいたいイケメン死神だって、今は可視化されているのかもしれないけど、本来ならみんなが見られるものじゃないんだから、場合によっては俺がひとりで挙式をしているようにも見えるんじゃないだろうか?  なにそれ、めちゃくちゃはずかしすぎるだろ!  でもそっと盗み見た幹部たちの顔は、とても楽しそうだった。  彼らにとってもおめでたいことで、俺とイケメン死神の結婚式は全力をあげてお祝いしたいことなんだろうなってことくらい、その顔を見ていればわかる。  あぁ、ここで俺がわがままを言って、場の空気をしらけさせてしまってはまずいんだろうな……。  空気を読めば、『お任せします』と言うしかないか……。  そんな風にあきらめて、流されそうになったそのとき。 「いやはや、キミと出会って早15年、あんなに小さかったキミが、こんなに美しく育つとは……。ただでさえこんな美人さんになったのだから、その丹精籠めて仕上げた婚礼衣装とやらを身につけた姿は、さぞ人心をまどわすほどに魅惑的なものになるのでしょうね」  俺の肩に手をまわして引き寄せると、突然にイケメン死神はそんなことを言い出した。 「なにを突然……っ?!」  いきなり人前でのろけるような発言をしたイケメン死神に、どういう意図かとたずねようとしたところで、いつものように指でくちびるをなぞられ黙らせられる。  ふにふにと触れてくる指先の感触が、妙にくすぐったい。 「えぇ、それはもう!オラクル殿の衣装を担当しております者は、幼きころよりずっと専属で衣装を担当してきておりますゆえ、だれよりもその魅力を引き出すことができるかと存じます」  イケメン死神の発言を単なるのろけととらえた祭礼長は、揉み手をしそうないきおいでかえしていた。 「そうですか……それはとても楽しみではありますが……しかしそんな魅力的な姿を多くの人の目にさらしてあげるほど、私の心は広くないんですよ?この子の美しさを愛でるのはワタシだけで十分です」  だけどそんな祭礼長のおべっかに、笑顔のままにイケメン死神が言い放つ。  とたんに周囲の空気が冷え込んだ。  笑顔のはずなのに、そこからただよってくるのは、そこはかとない黒い圧力だ。  どうやら地雷を踏んでしまったのだと気づいたのか、そのせいで周囲の空気が固まっていく。  言ってることは盛大にのろけているようにしか聞こえないのに、声にはひんやりとした冷気をはらんでいる。  そのセリフからは怒りの感情がにじんでいるのだと、否応なしに気づかされた。 「本来の神と人との婚姻には、そのような挙式は無用です。なんなら、このまますぐに神界へと連れ去りたいくらいなんですがね。見送りできなかった分、本人たっての希望でルイスくんやジュリアちゃんのお出迎えをしたいと言うから、こちらの世界にとどまっているにすぎないのですよ?」  クギを刺すイケメン死神の声は、相手の反論をゆるさないだけの強さがあった。 「良いですか、『この子の保護をするのならば、その身をとおして神託を授ける』と、最初に言ったでしょう?もちろん、おぼえていますよね?」 「「「は、はいっ!」」」  たずねる声も、どこかとげとげしい。 「あなた方はワタシとのその約束を忘れて自らの保身のために、この子の身を危険にさらすきっかけを作りましたね?本来なら保護を万全にするため、本人が教会を出て海を渡って他国へ向かわないでも済むよう、今回のあなた方にはなんらかの策を講じる義務があった」  イケメン死神は、淡々と相手を追いつめていく。 「ましてあなた方は、これだけ大きな組織を率いる幹部なのですから、仮に自身で向かわずとも、ほかの地にいるそれにふさわしい力を持った神官を代わりに向かわせるよう、差配することも可能な立場にあったはずで」  うん、当時俺が思ったことと、ほぼ同じだ。 「し、しかし……その管轄地域を任された神官には、そこでの仕事があるでしょうし、我々がここを離れるわけにもいきますまい……。クォーツ村が滅ぼされたとは、その……オラクル殿からのお言葉でしたし、村人たちがすでに亡くなっているのであれば鎮魂の祈りを捧げるだけですので神官見習いでも十分にできることだと判断して彼らをこの本部より派遣しようとしておりました……」  そうは言いつつも幹部の口ぶりは己の不利を知っているのか、弱いものになりつつあった。 「そうですか……たしかあなた方は引率もつけずに、見習い神官だけを派遣しようとしていましたよね?村が滅ぼされたと言っても、村人までもが全滅したと言ったわけではないですし、当然のように重傷者も出ていることは容易に想像がつくでしょう。見習いでも対応できると判断されるとは、ずいぶんと今の教会所属の神官は優秀になったものですね。警護する騎士もつけず、指導者もなく、どうやって魔物のいる海を渡り、戦火にまかれた地域で重傷者の治癒が行えるというのでしょうか?」  これまた強烈なイヤミが、イケメン死神の口から飛び出してきた。  あぁ……俺があのとき感じた憤り、それと同じことを今、面と向かって問いつめている。  それなんだよな、幹部連中は俺に対しては甘いのかもしれないけれど、それ以外の下位等級神官や見習い神官にはやたらと冷たいんだよなぁ。  大事な後輩たちを、まるで簡単に替えの利く消耗品のようなあつかいをされて思わずキレた結果が、だったんだ。 「───そもそも己が引率して行きたくないと感じるのならば、それは行き先が危険な場所だと感じているという、なによりの証拠でしょう。そんなところに、あなた方はこの子を送り込んだのですよ?それともなんですか、教会は中立の立場だから安全だと思ったんですか?それならばなおのこと、自らが指揮して向かっても良かったのでは?」  彼らの論理の矛盾を、そして果たすべき責任を逃れていたことを、イケメン死神は冷笑を浮かべたままに追及していく。 「神との約束をないがしろにした、その罪は重いですからね。この子の命が危うく失われるところだった責任は、ほかのだれでもなくあなた方にあることを、ゆめゆめお忘れなきように」 「あ、あぁ……」  イケメン死神からもれ出る神気はひんやりどころではなく、まるで雪山にいるかのように冷たく、それを間近に感じている幹部たちはカタカタとふるえていた。  そうだよな……黒龍神様は前回この世界で伴侶となっていたカイトを失ったことで、八つ当たりのようにくらいに嘆き悲しんだんだもんなぁ。  今回だって俺を無事に助けられたとはいえ、それだって薄氷を踏むような瀬戸際のところで助けられたにすぎなかったわけだ。  その原因を作ったというか、どちらかと言えば回避させられる可能性を持っていながら、みすみすそれを見逃した彼らに対する怒りが込み上げてきていたとしてもおかしくはない。  すべては教会幹部の、『ことなかれ主義』が生んだことだとも言えるかもしれないけど。 「ただでさえ失態をおかし、この子を危険にさらしたあなた方がこの上、さらにその存在を教会の持つ権力の示威のために利用しようなんてこと、ワタシがゆるすはずがないでしょう?」  その声色には、まちがいようもなく怒りがにじんでいた。 「「「も、申し訳ありませんでしたっ!!」」」  あわてた幹部たちは、一斉にあたまを下げてくる。  すごいな……イケメン死神は俺が言いたいけれど角が立つのを恐れて言えなかったことを、今のも過去のもふくめて全部汲んで、代わりに言ってくれた。 「ごめん、ありがとう……」  俺だっていい大人のはずなのに、自分の意見すら言えないのかと情けなさでいっぱいになる。  どこまでも甘やかされてしまっていて、そんなところも申し訳なくなった。  それこそ最初に交渉したかった『俺が魔族に拐われた云々の責任をインカローズ公国やギベオン帝国に問わないように』ということについても、そもそもの責任は俺の派遣をゆるした幹部にこそあると言ってくれていた。  これなら両国が教会から不当な要求をされたり、のちのちに遺恨を残したりするようなことにはならないだろう。 「いえいえ、いいんですよ。それよりそろそろルイスくんたちのほうも、無事にこのカーネリアン王国のお城まで帰ってこられたみたいですね」  ほほえみを浮かべながら彼らの旅の進捗状況を伝えてくれるイケメン死神に、ようやく緊張が解けてホッとする。  よかった、彼らも無事に帰ってこられたのか。 「あぁ、でもなんか全世界に伝令を飛ばすとか祝勝会を開きたいとかで、ルイスくんは国王(お父さん)から城にとどまるように泣きつかれているみたいですねー」  そりゃそうか、世界を滅ぼすなんて言われている魔王を無事に討伐できたんだ。  世界中に知らせたいと思うだろうし、祝勝会だって開きたいだろう。  そんなやり取りをしていれば、まさにそのとき、聖堂に伝令が駆け込んできた。 「お知らせいたします!ただいま聖女ジュリア様と光の御子様より、無事に魔王を討伐した旨のご連絡が入りました!」  すでにそのことを知っていた幹部連中も、あらためての通知にようやくホッとした顔を見せる。  さて、いよいよ俺もこの世界でやり残したことを回収するターンに入るとするか。  つづけて告げられる祝勝会の日取りを聞きながら、そんな風に決意を固める。  真のエンディングを迎えるときは、刻一刻と近づいてきていた。 .
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