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第73話:そのマーキングはなんのため?!
この教会本部は、カーネリアン王国の領土のなかにある。
そのカーネリアン王国の嫡子であるルイス王子が勇者やその仲間たちとともに、この世界を破滅に導くという魔王を討伐したという知らせは、またたく間に世界中を駆けめぐった。
まさに王道ファンタジーRPGゲームのエンディングで語られるナレーションのようなそれに、世界は沸き立った。
そして立役者となった勇者一行を讃え、名だたる各地の王侯貴族を招き、カーネリアン王国のお城で祝賀パーティーが開かれることになったのだった。
もちろんこの教会本部に対しても招待状が来ていて、幹部の出席が予定されている。
そんななか、ルイス王子が『光の御子として魔王を討伐せよ』という神様からのご神託を授かった件で関わった俺もまた、特別枠の来賓として招かれていた。
もう『特別枠』ってなんだよ、『特別枠』ってさ……。
「はぁ、緊張してきた……」
「あらあら、大丈夫ですかオラクル様?お顔の色が優れないようですけれど」
各来賓用にと割り当てられた城内の控え室でそっとため息をつけば、俺が幼いころから専属で衣装担当をしてくれているおばさまに心配される。
「本当は人前に出るの、苦手なんです。特に今日はまわりも各国の偉い方々ばかりで恐縮してしまうというか。それにこうして顔を出したままというのも、なんだか落ちつかなくて……」
ここら辺は、いまだに前世の記憶が大きく影響しているからなのか、どうも目立つことが苦手だった。
「昔からそういう控えめでいらっしゃるところは、お変わりありませんのね。しかし僭越ながら申し上げますと、本日のオラクル様も王族の方々といえども思わずひれ伏したくなるくらい、大変お美しい仕上がりになっていると自負しておりますが……」
衣装担当のおばさまは、心配そうにこちらの顔をのぞきこんでくる。
今回のパーティー用の礼服も、この短い期間で一からデザインして仕立てあげられたものだ。
そのデザインから縫製まで、すべてこの人の手によるものだし、なんならそれに合わせて軽いメイクもほどこしてくれていた。
「『馬子にも衣装』って感じかもしれないですけど……でもこの礼服はデザインも着やすさも最高ですよ。さすがはヴェルデさんですね」
「お褒めにあずかり恐縮です。やはり対象となる方の素材が最高ですので、ついこちらとしても職人魂に火がついてしまいますもので……」
うん?
素材が最高って、あぁ、そうか。
なんだか俺が着るにはもったいないくらいにすばらしい出来の神官用礼服は、たぶんふつうの神官用とは比べものにならないくらい、手間と材料費とがかかっている気がする。
使われている布にしても肌ざわりのよさとか黒の色の深さとか、そういうところを見ても高級品なんだろうなって思うし。
こういう風にお金をかけてもらえるところが、やっぱりイケメン死神からの預かりものっていう立場だからなのかな?と思わなくもない。
「ありがとうございます。こうして『神託神官のオラクル』としての服をご用意いただく機会も、あとわずかになってしまいましたね」
「えぇ、オラクル様の専属衣装担当として、これまで大変お世話になりました。もちろん最後を彩る婚礼衣装は、今までで一番力を入れて縫製してございますので!」
あ、やっぱり。
ここまでは、しっかりと話はとおってるんだな……。
こちらこそお世話になったとかえしながら、内心でため息をつく。
この世界では、同性婚自体あまり公にされていない。
そこら辺の倫理観は現代日本とそう大きく変わることはないわけで、見た目が男同士になる俺たちの場合、個人的には俺が嫁の立ち位置にいることに若干の気はずかしさを感じるのは否めない。
いったいどこまで、このことは知られているんだろうか?
少なくともルイス王子と聖女様には、自分の口から伝えたいとは思っている。
そのふたりはある意味で、俺とイケメン死神の関係を以前から知っていた身内なわけだし。
仮に知っていたとしても、きちんと俺から伝えることに意味があると思っていた。
まぁ、あの幹部連中なら慶事だからと他国にまで、うっかり口をすべらせている可能性もなくはないし、出席者の王侯貴族たちにも知られている可能性を考慮しておかないといけないかもしれないよなぁ……。
そういう意味でも、なんとなく素顔をさらしたまま人前に出るのには、抵抗を感じていた。
なにしろいつもなら人前に出るとしても、いわゆる身内以外であれば、ほとんど俺は顔が見えにくいようにヴェールのような布をかぶっていた。
だからこうして素顔をさらしたまま大勢の人の前に出るのは、かなり久しぶりの気がする。
そうしてかんがえてみたけれど……あれ、ひょっとしてオラクルとしては、これがはじめてだったりするのかな?!
今までは全力で教会が保護してくれていたからこそ、ほとんど人前に出る機会すらなく、なぞに包まれていた存在だったんだもんなぁ。
直接対面してご神託を授けるにしても、相手とは決して手が触れることのない距離を保ったままだった。
だからオラクルという存在についてはよく知られていたとしても、顔自体は知られていないと思う。
そんなわけで、ものめずらしさで変に注目を浴びたりしないか、そこが心配だった。
「それは仕方がないでしょうねー、みんなキミの姿を見たがってると思いますよ?まぁ、ワタシの色に染まった美しい姿を、せいぜい見せびらかしてやりましょうかね」
ふいに耳もとでそんな声がして、するりと腕がまわされ、背後から抱きしめられる。
「いきなり出てきて、なに言ってんだよ!?」
ふわりと辺りにただよう匂いで、それがイケメン死神だと気づいた瞬間、とっさにほっぺたが赤く染まっていく。
ちょうど今、どうしているのかな?なんて思いはじめていたときだっただけに、余計におどろいてしまったというか。
うぅ、なんだよもう、たったこれだけでうれしくなるとか、めちゃくちゃ単純すぎる自分がはずかしい……。
「ふふ、そういうキミのツンデレなところ、嫌いじゃないですよ?」
チュ、と音を立てて耳にキスをされれば、ますますほっぺたは熱くなっていく。
あぁもう、人前だっていうのに、なんなんだよ!?
「あらまぁ、貴きお方がいらしたのかしら?それでは私はこれで下がらせていただきますね。また御用がありましたら、いつでもお声がけくださいまし」
直接イケメン死神の姿は見えずともその気配は感じるらしく、なにかを察したらしい彼女は、深々とお辞儀をすると部屋を辞去していった。
「ヴェルデさん、ありがとうございます!」
あわてて声をかけたところで、背後からはあらためてうなじのあたりへとキスがひとつ落とされた。
「ふふっ、本当によくできた方ですよね?」
背後のイケメン死神の言葉には、同意しかなかった。
実際に彼女は空気も読めるし、裁縫スキルはすごいし、よくできた人物だと思う。
今日の衣装だって、祝賀会への参加が決まってからあっという間にデザインし、こうして最高のクオリティで仕立ててくれていた。
中身の俺はさておき、外身の衣装やアクセサリーに関してだけは、自信をもって人前に出せるものになっていると思う。
俺の姿を見て目を細めているイケメン死神を見ながら、やはりその出来はいいのだと自信を持つ。
「さて、では今日も『キミはワタシのものだ』と自己主張でもしておきましょうかね?」
耳もとでささやかれる声は甘く響いて、そこから染み入り、キュンと胸を高鳴らせてくる。
あぁ、ヤバい、コイツ本当にいい声すぎるだろ!
「……イチイチそういうこと、言うなよな?!」
ふりかえって仰ぎ見れば今日もイケメン死神は一分の隙もなく、この世のイケメン要素すべてを詰め込んだように顔が良くて、至近距離から見るそれにまで照れそうになる。
「ふふふ、今日のキミも一段と艶めいていて、ゾクリとするほど大変美しいですよ?」
いつものように指先でくちびるをなぞられ、ついでのようにほっぺたに手を添えてキスされた。
「んっ、そりゃどうも、昨晩散々目の前のイジワル野郎にあえがされたせいで、疲れて見える、のまちがいじゃねぇの?」
ここだけの話、思わず苦情を申し立てたくなるくらい昨夜のアレコレのせいで、からだへのダメージが残っていた。
腰痛いっていうか、のども痛いし、たぶんこんな日でもなきゃベッドの上の住人になってたような気もするくらいだ。
───そう、イケメン死神は聖別の泉で結ばれたあの日から毎夜のように俺のもとへとあらわれては、この身をむさぼるように求めてきていた。
本来なら神職である俺が、こうして快楽におぼれるように毎夜抱かれてるっていうのも、なんとなく後ろめたいような気もする。
とはいえ、相手はふつうの人ではなくて神様だ。
それもうちの教会でお祀りしている主祭神様のうちの一柱っていう、とんでもなく貴い存在なわけで。
ある意味で免罪符になるんじゃないだろうかって、そんな風に自分に言い聞かせていた。
「いえいえ、今日だからこそ『キミはワタシのものだ』という自己主張をしておかないといけないかなぁと思いまして、あらためて来た次第です」
「それって、どういうこ……んぅっ」
たずねる途中で、ふたたびくちびるが重ねられた。
あー、思ったよりもくちびるってやわらかいよなぁ。
そんなことを思っていると、すぐにぬるりとした舌が入ってきて、己のそれにからめられる。
上あごを舌先でつつかれると、そのくすぐったさが背中に抜けていった。
「ん~~っ!」
ゾクゾクと背すじに走るなにかに、知らずからだがふるえる。
すると、ふいにとろりとして甘い神気が口内に流し込まれてきた。
なんで、こんなところで……?
別に今は邪気にまみれたわけでもないし、神力を使い果たして体調が悪いというわけでもない。
強いてあげれば、昨夜もちょっとだけイケメン死神相手に無理をして腰が痛いだけだ。
いやはや、それについてはなんと言うべきか。
長年聖職者なんてやってたから性欲なんて枯れてしまったのかと思ってたけど、自分で思ってた以上にイケメン死神からあたえられる快楽には弱かったらしい。
触られれば、そこから甘くしびれるような広がっていくし、つい流されてしまったというわけだった。
だって、ようやく俺が自覚できて、おたがいの想いが通じあったんだぞ?!
言うなれば晴れて恋人同士になったばかりなら、そんな想う相手とシたいってかんがえてしまうのは当然のことだろ?
そう考えれば俺も、そして神様でさえも、案外ふつうの男だったんだなぁとか思わなくもない。
でもこの神気は俺にとっては媚薬のようなものでもあって、こうして口にしてしまえば、酔うとわかっているのにもっと欲しくなってしまう。
必死に相手の舌に己のそれをからめて応じているうちに、やがて飲み込めなくなった神気が唾液とともに口はしからトロリとこぼれ落ちていった。
「んっ……ふぅ……」
音を立てて離れていく相手のくちびるが少し切なくて、つい名残惜しいと感じてしまってから、あわててそれを打ち消す。
ダメだろ、これから公式行事への参加予定があるんだから!!
特に今日は衣装がこれなんだし、ヴェールもなくて顔を隠せないんだから、こんなところで盛ってる場合じゃないし!
せっかくこんなすごい高そうな服を着付けてもらったんだし、服のままするわけにもいかないだろ!?
わずかに残る理性では、これ以上の神気を摂取するのはまずいと理解しているはずなのに、つい視線は目の前にある形良いくちびるを追ってしまう。
もっと、キスしたかったな……。
「あーもうっ!あいかわらずキミは、どうしてそんなにかわいいんですか!前にも言いましたけど、ワタシの理性も有限なんですからね?!」
キスをする代わりに口はしを親指でぬぐわれ、ギュッと抱きしめられた。
とたんに鼻先に広がる芳香は、どちらのものだったのだろうか?
元々自分がまとっていた月花燐樹の匂いはほんのりと香るだけだったけど、たぶん聖別の泉でシてからというもの、その匂い自体も濃くなったと思うし、なによりそれは日々甘さを増していた。
それこそ今の匂いは、年に一度の開花の日に、ちょうどすべての花が満開になったころみたいだ。
たぶん黒龍神様の加護が最大級に付与されているからなんじゃないかと思うけど、なんにしてもこの匂いが余計に目立つ原因になるであろうことは容易に想像がついた。
というか少なくとも聖女様なら、この匂いだけでなく俺の身に濃く染みついたイケメン死神の神気で、ナニかを察してしまうだろう。
てことは、ルイス王子もまた然りだ。
うぅ、なにそれ気まずい……。
体内をめぐる神気は、ギリギリのところで俺が神気酔いをしない程度に調整されているのか、意識を失うようなことはなかった。
けれどいつもの神気酔いで倒れた翌日の、あの抜けきる直前みたいに、からだの芯に熱がこもっているような感覚がする。
「あー、ちょっとやりすぎちゃいましたかねぇ。またそんなエロい顔さらしちゃって、青少年の健全な育成に悪影響を及ぼしたらどうするんですか!」
「だからっ!だれのせいだと思ってんだよ!!」
色気もなく言い合いをしていれば、部屋の扉が控えめにノックされた。
「恐れ入りますオラクル様、ご用意がお済みでしたら、どうぞお出ましくださいませ」
「あぁ、はい、今行きます!」
抗議の意味を込めてイケメン死神をにらむと、足早に控え室を出る。
そんな俺を、笑顔になったイケメン死神が手を振りながら見送っていた。
クソ、なんだっていきなりこんなことしてくるんだよ!?
なんのためのマーキングなんだか、まったくもって意味がわからなかった。
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