第74話:祝勝パーティーの思わぬ存在

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第74話:祝勝パーティーの思わぬ存在

 廊下を先導されてパーティー会場のホールにたどり着けば、そこはすでに大いに盛り上がっているようだった。  だけど先導する人が『神託神官のオラクル様がいらっしゃいました』と告げたとたん、一瞬にしてホールのなかが静まりかえる。  うぅっ、やっぱり妙な注目を集めてしまっているじゃないか。  突き刺さるような周囲からの視線を浴びながら、心持ちうつむき加減に足を進めていく。  そのたびに、俺を取り巻くざわめきも大きくなっていった。  が嫌だから、あんまり人前に出たくなかったのに……。  神託神官なんて多くの王族にとっては珍しい存在なんだろうし、いわばツチノコとかのUMAがあらわれたみたいなもんだろ。  うん、ため息とともに『美しい』とか『なんと妖艶な』とか言ってる声が聞こえる気がするのは気のせいだろう。  いや、むしろ気のせいだと思いたい。  ……それかあれだ、俺の専属衣装担当ヴェルデさん渾身の作である、この礼服が誉められているんだと思おう。 「オラクル様!」 「オラクルお兄様!」  居心地の悪さにやや早足になりかけたところで、その先の人混みのなかから聞きおぼえのある声が聞こえた。  顔を上げた先にいたのは幾重にも人が取り巻くなかに立つルイス王子と聖女様で、ほかにもあのゲームのパッケージやらゲーム画面やらで見おぼえのあるキャラクターが何人もいっしょにいる。  あぁ、本日の主役の勇者様ご一行だ。  そう思った矢先に、ふいにあるはずのない邪気を感じて目を見開いた。  えっ、なんでこの場に邪気を感じるような要因があるんだ??  その理由が思い当たらなくて、思わず首をひねる。  人混みを抜け出し、ルイス王子と聖女様がこちらに向かって駆け出してくるのに気づいて足を止めれば、ふたりは我先にとこちらのほうへと寄ってくる。  その目はキラキラとかがやいて、あいかわらずの奇跡の美少年、美少女っぷりを発揮していた。  ルイス王子は純白のジャケットに金糸で刺繍がほどこされた、いかにも『王子様』な礼服を着ていたし、その姿はふわふわの金髪とあいまってむしろ天使にしか見えない。  だけど少しだけ、表情が精悍になられただろうか。  対する聖女様は、シックなモノトーンでまとめられたシスター服を基調としたドレスだ。  そで口なんかにはレースがあしらわれているし、スカート部分はふんわりと裾が床に広がっている。  よく見れば随所に布と同系色の糸で刺繍がほどこされていたり、フリルだレースだのといった装飾だけでなく、キラキラとかがやくラインストーンなんかもあしらわれていた。  うん、やっぱりうちの教会の衣装担当さんたちは、いい仕事してるなぁ。  遠巻きで見ている分には色をそろえているからか決して華美ではないのに、近づいてよく見ればとても手間のかかったものと知れる。  そんな控えめな感じのするところが、品があっていいというか。  なにより聖女様の淡い紫のロングヘアーにもよく似合っている。  そしてこう見るとふたりとも雰囲気が似ているというか、絵になるなぁなんて思う。 「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。魔王の討伐という偉業を達成されたこと、そして皆さまご無事でもどられたこと、大変よろこばしい知らせとなりました」  人前だからということで、多少よそよそしい話し方になってしまうのは仕方ないだろう。 「オラクル様、今日は無理を言ってお呼び立てしてしまって申し訳ございません!どうしてもオラクル様にお会いしたかったもので、ワガママを言ってしまいました」  ルイス王子から申し訳なさそうに上目づかいで訴えられれば、そのかわいらしさに『許す』としか言えなくなる。  というか許すもなにも、自分だってふたりには会いたかったんだから全然問題ないに決まってるだろ。 「とんでもない、私もルイス様方のことを心配しておりましたから。旅立ちの際にはお見送りもできませんでしたし、こうしてお会いできてうれしいです」  かすかに口はしに笑みをうかべてそうかえせば、とたんにルイス王子のほっぺたがバラ色に染まる。 「ズルいです、オラクルお兄様、私もいっぱいがんばりました!私も誉めてください!」  腕をとられ、聖女様にねだられる。  せっかくの奇跡の美少女がとたんに駄々っ子になるとか、ギャップがすごい。 「はいはい、ジュリアもよくがんばりましたね。皆さんがこうして無事にもどってこられたのは、あなたの癒しの力があればこそです」  そう言ってほほえみかければ、聖女様は実に満足げな顔になった。 「ところで、なにかオラクル様の雰囲気が、前にお会いしたときから少し変わられたような気がするのですが……」 「そうです!前からオラクルお兄様は色気が駄々もれでしたけど、前にも増してドエロくなられた気がします!」  ルイス王子と聖女様からつづけて、そんなことを言われる。  うん、聖女様の残念っぷりは旅立つ前となにひとつ変わってなかったね?!  ひょっとしなくても、この匂いと神気とで気づかれるんじゃないかと思ってたけど、どこまでわかっているのか逆に不安になってきたな。 「そのお話は後ほどおふたりにはお伝えしようと思っていたのですが……うぅん、なんと言ったらいいのか……」  と、そこで俺は言いよどんだ。  まんま『嫁に行きます』と言うのは、さすがに個人的に抵抗がある。 「ひょっとして、月花(げっか)(きみ)とのことで、なにか進展でもあったのですか?」  口に出すには妙に気はずかしくて、言葉に詰まってしまったところに、ルイス王子からのアシストが入る。 「えぇ、その方と伴侶になる約束を交わしまして……」  まだ正式に夫婦の契りを交わしたわけではないけれど、あの聖別の泉での行為はそれに準じる意味があったわけだ。  だからこうして神官としてこちら側にいられる期間はあと少しなのだと告げれば、ふたりは目を大きく見開いた。 「ええっ!?本当ですか、おめでとうございます!!」 「まぁっ、ついに御遣(みつか)い様と!?なんとおめでたい日なのでしょう!」  ルイス王子と聖女様から、口々にお祝いの言葉を述べられる。  ふたりが急に沸き立ったことで、周囲の視線がこちらにふりそそぐのがわかる。  なにがあったのか、気になるんだろう。  必死になんてことないふりをよそおいつつも、こちらに注意を向けているのがわかった。 「えぇ、事情を知るおふたりには、きちんとご報告をしておかねばと思ったもので」  そんな周囲の視線に気づかないふりをして、話をつづける。  本当なら今日は魔王を無事に倒した彼らのお祝いの席なのだから、帰り際にごあいさつするついでに伝えるつもりだったけど、流れ的にはしょうがないよな? 「まぁ!!ということは、この月花(げっか)燐樹(りんじゅ)の香りが甘くなったのも、ついに御遣い様の想いが通じたからなのですね!」  聖女様が、瞳をキラキラとかがやかせながらたずねてくるのに、赤面しつつもコクリとうなずきかえす。  あらためて問われると、やっぱり照れるな。 「私の話はさておきまして、それよりこの世界を救ってくださった皆さまにお礼を申し上げたいのですが、まずはごあいさつさせていただけますか?」  これはこのパーティーに俺が呼ばれた理由のひとつで、当初から予定に入っていたことだった。  この祝賀会のなかで、勇者様ご一行に教会として世界を救ってくれたお礼を述べ、祝福を授けるというセレモニー的なものが予定されていた。  本来ならうちの教会の代表がやるべきことなのかもしれないけれど、なぜだか俺にお鉢がまわってきていた。  祝福を授けると言っても妖精たちから直接受けるのとはちがって、こちらは大した加護の力が授けられるわけではない。  どちらかといえば教会として恩ある彼らに生涯便宜を図りますという意思表示のようなもので、言うなれば『教会権力利用フリーパス』を授けるセレモニーみたいなものだろうか。  なにも知らない人が聞いたら、金銀財宝ではなく『肩たたき券』レベルのものしか出さないのかって思われるかもしれない。  でも、この世界の三大権力のひとつであるうちの教会を味方につけることができるのは意外と有用だ。  それこそどの国に行っても、楽して暮らせるくらいの効果はある。 「えぇ、もちろんです!ご紹介いたしますね」 「皆さまからも、オラクルお兄様にお礼を言いたいと言われておりますのよ!」  うきうきとした足どりのルイス王子と聖女様に手を引かれ、勇者様ご一行の元へと連れていかれる。  そんな俺たちのやり取りを遠巻きに見ていたらしい彼らのもとへと近寄っていけば、取り巻きをしていたほかの貴族たちが不思議と離れていった。  別に追い出すつもりなんてなかったんだけどな……。  去り際に『ごいっしょするなど恐れ多い』とかなんとか言っているように聞こえたのは、気のせいだろうか。  そんなことより勇者様一行のメンバーと会えるのかと思うと、やっぱりワクワクする。  どうしても前世の記憶に引きずられてしまうこともあって、現実に生きているあのゲームのキャラクターたちに会えるんだと思ったら、わりと本気でうれしくなっていた。  なにしろルイス王子も聖女様にしても、前世でサラリーマンだった俺が寝る間を惜しんで必死にくりかえし遊んでいた王道系ファンタジーRPGゲームの『Lost World Storys』、通称ロスワのキャラクターたちなわけだ。  大好きだったゲームのキャラに生で会えるとなったら、そりゃヲタ的には興奮もするわな。 「お初にお目にかかります、教会で神託神官をしておりますオラクルと申します。このたびは無事に魔王の討伐をされましたこと、そしてこの世界をお救いくださいましたこと、教会を代表してお礼申し上げます」  深々とお辞儀をすれば、どうやら相手方は、だいぶあわてているようだった。 「い、いえっ!むしろこちらこそお礼を言わなければなりません!いただいたお守りのおかげで無事に全員、こうして生きて帰ってくることができました!」  聞きなれないこの声は、おそらくこれが勇者様の声なのだろう。  だけど、なにをあわてるようなことがあるのだろうか?  ゲームのなかでは、20歳の設定だったっけか?  たしかルイス王子よりも、3つ年上だった気がする。  てことは、本編よりも2年早いここでは、まだ18歳といったところだろうか。  そっと顔を上げれば、たしかに茶髪蒼目の勇者様の姿が確認できる。  ただしその顔はビックリするほど、真っ赤に染まっていたけれど。  なんだろう、勇者様が実はとんでもないあがり症なんて設定あったっけか?  不思議に思いながら思わず首をかしげてじっと見つめれば、目の前の彼はますます挙動不審になっていく。 「あの、これっ!一生の宝物にします!!」  なんて俺の託したアクセサリーをにぎりしめ、わけのわからない宣言をされた。  あぁ、魔王を無事に討伐できた記念品的なものにするってことかな?  たぶん勲章だとか褒賞メダルなんかはカーネリアン王国からもらえるだろうけど、そういうのとは別に仲間同士で同じものを持つとか、そういう記念品もありだと思う。 「私の差し上げたお守りが、皆さまのお役に立てたのなら幸いです」 「それがなかったら、ホンマに危なかったんやで」  ふいに勇者様の背後から少し幼い少女の声がして、魔法使いのアーニャが顔を出す。  ファンからは『ロリババア』だとか『アーにゃん』だとか呼ばれている彼女は、聖女様よりも幼い外見をしているけれど実際には140歳近い年齢である。 「あぁ、たしかに。魔王が弱体化したのを見てとどめを刺そうとしたそのとき、思わぬ反撃を喰らってな。危うく全滅するところだった」  それに同意してくるのは、重戦士のガドだ。  ゲームのなかでは26歳──つまり今はまだ24歳という彼は、すでに山のような大男という体格ではあるけれど、大切な許嫁を失うこともなく健全に鍛練に励んでいるからなのか、ふつうにさわやかな体育会系の青年に見える。  おぉ、生で見る彼は全然『ゴリラのオッサン』なんかじゃない。  あのゲームのファンからは美人すぎる許嫁がうらやましすぎて、やっかみ半分でつけられていたあだ名だったけど、生で見る彼は想像していたよりもよっぽど精悍でイケメンな青年だった。 「あぁ、魔王の体力が残り1割を切ると出してくる『スーパーノヴァ・クラッシュ』ですね」  あれには前世の俺もゲームのラスボス攻略をがんばっていたときに、その対策で相当苦戦させられたのをおぼえている。  スパクラは向こうが残りのHPがわずかになる代わりに、こっちのパーティーの防御力だの耐性だのといった装備での底上げを一切無視して、ガッツリとHPを一定数削ってくる技だ。  たぶんこっちのレベルが55を越えていて、かつHPがフルにないと即死しかねない凶悪な技だった。  特に体力のない聖女様や魔法使いのアーニャあたりはその犠牲になることも多かったし、比較的タンク的運用をされるガドにしても回復が間に合っていなければやられる可能性がある技だ。  その代わりその攻撃に耐えきれたなら、あと一撃だけでも入れられれば倒せるというヤツだった。  俺が彼らに託したアクセサリーは使いきりタイプではあるけれど、HPが0になると自動的に全回復するチートアクセサリーで、実はこのスパクラ対策として考えていたものだった。  いや、だってすでに彼らのレベルは十分に高かったから、攻撃力だの防御力だのについては底上げの必要がなかったんだもんなぁ……。  だけどもし心配があるとすれば、ゲームとはちがって相手の体力ゲージの見えない彼らが、この技を喰らってしまう可能性があるということくらいだった。  何度もくりかえし攻略していれば、なんとなく魔王の動きのパターンで残りの体力もわかるから、いったん攻撃の手を休めてでも自分たちを回復しておくこともできるけど、いくらそれを伝えたところで初見の彼らにそれは無理だ。  そう思っての贈り物だったけど、その心配は的中してしまっていたということか。  本当に心の底から彼らが無事に全員そろって帰ってこられてよかったと、ホッと息をつく。  だけど。 (おい貴様、なんでその技の名を知っている!?)  ふいに耳に飛び込んできた声は、どこか聞きおぼえがあるような声で。  あわてて声のしたほうに顔を向ければ、勇者様ご一行の後ろからやたらと見おぼえのあるシルエットが飛び出してきた。 「えっ……!?」  思わず絶句をしてしまったのは、それがどこからどう見てもだったからだ。  いやいや、このパーティー自体、その魔王を無事に討伐できたからこそ開催されているんじゃないのか?!  だけどその中空にうかぶ姿はどう見てもあのゲームのラスボスだった魔王そのもので、しかし俺の知る時間経過とともに人外めいてくる凶悪極まりない姿ではなく、よほど幼く華奢な姿になっていた。  とはいえゲームのなかで相当苦戦させられた相手だけに、見まちがうはずもない。  どうして、ここに倒されたはずの魔王がいるんだよ!?  てことはさっき感じた邪気の原因は、コイツだったのか!  視線はそこにクギづけとなり、言いたいことはのどの奥でからまって、結局口からは出てきてくれなかった。 .
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