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第75話:最後までモブではいられない
魔王討伐成功の祝勝パーティー会場にいたのは、まさかの魔王本人?だった。
なにを言っているかわからないと思うけど、正直、俺にもよく事態は飲み込めていない。
強いてあげれば、俺の知る姿よりも幼くなっているということはわかるけれど、だからといって即安心できるというわけではないと思う。
「なっ……!?」
中空を見つめ、声を失って固まる俺に、勇者様ご一行のメンバーが困ったように顔を見合わせる。
たぶんその顔は、みんな事情を知っているって様子だな。
「やはりオラクル様の目は、ごまかせませんでしたか……」
「だから私も、無理だと申し上げましたのに……」
深々とため息をつくルイス王子に、聖女様が相づちを打つ。
「どういうことなんですか、これは?」
なんならこのパーティーの開催の根拠すらくつがえしかねない事態に、思わず声をひそめてふたりにたずねれば、うるんだ瞳の上目づかいでかえされた。
うっ、そんな顔をしても、だまされませんからねっ!?
「ここではさすがにアレなんで、このパーティーが終わってからお話しいたします。また後ほどということで……」
一瞬の視線の交錯ののちに代表してルイス王子にそう言われ、俺は黙ってうなずいた。
たしかにここまで盛り上がっているパーティーを中断させるのは忍びないし、終わるくらいまで待ってても大丈夫そうかな……。
さっきのやりとりを見るかぎり、ルイス王子と聖女様も確信犯的に連れてきてるみたいだし、第一この程度のかすかな邪気なら一般人じゃ気づけないだろう。
問題は曲がりなりにも神職であるうちの教会の幹部だけれども、視界のすみで調子よく盃を重ねているところを見るに、あれはたぶん気づいていないヤツだ。
───なら、問題はないか。
最後まで、なにごともなく終了とはいかないもんだよなぁ……なんて、思わずこっそりとため息をついたのはここだけの話だ。
(おいそこの黒髪の貴様、たいそう麗しいではないか!実に俺様の好みだ!この俺様の嫁に迎えてやってもいいぞ!!そんな己の匂いを、しつこくつけてくるような心の狭い神など捨てるが良…)
ゴスッ!!
勇者様ご一行のなかから飛び出してきた魔王が俺に迫ってこようとするのに、聖女様が後ろから笑顔のまま無言でチョップをかます。
(アダッ!痛い!痛いぞこのヤロー!!イダッ!あっ、ちょっと、やめろぉっ!!)
涙目になった魔王が、あたまを両手でかばいながら、抗議の声をあげる。
そんな声など聞こえなかったふりをして、聖女様が追加でゴンゴンとこぶしをうならせる。
そのたびに身を縮めていく魔王が半ベソになったところで、こちらもおなじく笑顔のままのルイス王子によって連れもどされていった。
……うん、あれを見るかぎり完全に制御はできてるみたいだな。
つーか聖女様、ますますお強くなられたようで……。
目の前で巻き起こるコントのようなやりとりを見守っているうちに、ふと思い至る。
さっきのイケメン死神からのマーキングって、魔王を知ってたからなんだろうなぁ。
邪気への対抗策として、あらかじめ神気をまとわせておくっていう。
ほら、一応俺も前から『魔王がその存在を知れば欲しがるだろう』とか言われてたわけだし、ついでに言うと邪気にも弱い。
とはいえ、さすがにこれくらいの微量ではどうにもならないとは思うし、なによりさっき魔王が言っていたとおり『己のものだ』というマーキングとしての意味が強いんだろうけどさ。
もうなんなんだよ、そのマウントの取り方!
大人げないというか、なんというか……でも魔王の存在を理解していればこその行動ではある。
そういう意味では神様公認でここに魔王がいるってことになるわけで、そこは安心してもいいのかもしれない。
「はーっ、なんやウワサには聞いてたけど、えっらい美人さんやなぁ!あら神様も惚れてまうのも無理はあらへんな!!」
「アーニャ、神官様に失礼だろっ!」
「固いこと言わんといて!えぇやん、誉めとるんやから」
魔王にプロポーズされかけてゲンナリしたところに追い討ちをかけるようなアーニャの楽しげな声と、それをとがめる勇者様の声とが聞こえてきて、なんとも気まずさが込みあげてくる。
うぅん、できれば俺のいないところで、そういう話はしてほしかったかなぁ……。
でもあながちアーニャの反応はまちがいでもないようで、周囲の王族や貴族たちからは妙に熱のこもった視線が送られてくる。
さすがに欲にまみれた各々の目を見れば、こちらがどんな風に見られているのかってことくらいわかる。
その目に籠められた色欲に、うっかりヴァイゼに襲われかかったときのことを思い出しそうになって、あわてて記憶からふりはらった。
……せっかく終わったことなんだから、あんなものを思い出すのは止めておこう。
まぁそういう意味じゃないとしても、いろんな意味で狙われているのはたしかだろうな。
それこそ神託神官としてこれまでの俺が築き上げてきた実績だけ見ても、個人的につながりを持てれば己の領地を治める際に有利になるのが期待できる。
そうでなくとも、俺がまとう月花燐樹の匂いにしたって、特にこのところは甘さを増して強まってきているわけだし、それだけでも注目を集めやすいんだろうしなぁ……。
なにしろこの匂いは、どれだけ調香師たちが努力を重ねたところで、いまだに再現できていないという特別な匂いであることは今さら言うまでもないわけだし。
いずれにしても、周囲からの熱のこもった視線が煩わしいことに変わりはないわけで、なんて言うかどうしよう、めっちゃ俺の忍耐力が試されている気がする。
よし、がんばれ耐えるんだ、俺!
何度でもくりかえすけど、本当に人前で目立つことは苦手なのに、なんなんだろうな!?
そんな風に心のなかでうらみごとをはいたところで、ここまで来たからには俺もきちんと自分の仕事をこなさないといけない。
そう、彼らに教会からの祝福をあたえるという役目だ。
とはいえ、それを終わらせたら即退席させてもらえるといいんだけど……。
そうひそかに願っていれば、空気を読んだかのように司会進行の人がすぐにセレモニーをはじめるとその場を仕切りはじめた。
その声に応じてホール内の上座に据えられたセレモニー用にしつらえられた壇上に立ち、ずらりと並んだ勇者様ご一行を前に、あらためて魔王討伐の労をねぎらい、感謝の言葉を述べていく。
「───あらためて教会を代表して感謝申し上げます。この世界に光をもたらした彼らに、どうか祝福を」
そして最後に定型文のような祝詞を唱えると、胸の前で手を組み祈りを捧げる。
本来なら、それでセレモニーが終わるはずだった。
そう、本来ならそれはただ謝辞を述べて勇者様一行にたいする教会本部としての立ち位置を明確にするだけの、いわゆる形式的なものにすぎないはずだったんだ。
だけど次の瞬間、水の妖精ウンディーネの歌う声がその場に響きわたる。
「え……っ!?」
聞きなれたそれは、ほかの妖精たちを呼び出し指揮を取るときの歌だ。
つまりこの場にほかの妖精たちもつどって来る、ということを指している。
「なんだ、この光はっ!?」
「まさかこれは……っ!!」
周囲のざわめきとともにその場につどう妖精たちのまとう光は可視化され、色とりどりの光の玉となって会場内をまばゆいばかりに照らしていく。
───あぁ、しまった最後の最後にヤラかした!
まず思ったのは、それだった。
いや、だって、すっかり忘れていたんだから、しょうがないだろ!?
今の俺が、その……だいぶ人間離れした存在になりつつあるってことを。
それこそイケメン死神からのダメ押しのような最後の神気の付与に加えて、この場に妖精たちからのおぼえもめでたいルイス王子と聖女様もそろっていることが、この事態をさらに悪化させたんだろう。
自重なしで妖精の加護全開の癒しの技を使った、ギベオン帝国でのあの光景を彷彿させるような状況が展開されていくのに、しかし反省をするにはもう遅かった。
今さら祈りをやめるわけにもいかず、そのまま集まってきてくれた彼らに、平静をよそおい勇者様ご一行への加護をお願いする。
(まかせてー!)
(みんなのことを、まもってあげるのー!)
「ありがとうございます、お願いしますね」
妖精たちが元気よく引き受けてくれるのに、笑顔をくずさずにお礼を言うのが精一杯だった。
形式的なセレモニーで終わるはずが、俺の唱えた祝詞を額面どおりに受け取った妖精たちが、わざわざ来てくれた。
本来なら、それこそ『ちょっとだけ運が良くなる』程度の効果しかあたえられないはずの疑似祝福が、妖精からあたえられるホンモノの祝福になってしまった。
目の前ではあらわれた妖精たちが、次々と勇者様ご一行のほっぺたや額にキスをしてその加護をあたえていく。
その動きは妖精をハッキリと見ることができない人ですら、すべて光の奔流として見えているはずだ。
少なくとも光の妖精ルミエールの加護で妖精の姿が見られるようになったルイス王子には、俺とおなじ景色が見えているのだろうけれど。
そうして光が引いたあとに残されたのは、やけに静まりかえった室内の空気だけで、俺が感じていたのは気まずさなんてそんな軽いものじゃなかった。
ここまでド派手な演出になるとか、聞いてないからな?!
おかげで教会の幹部たちですら、あんぐりと口を開けてこちらを見ているだけだ。
すっかり酔いもさめたような顔をして、言葉を失っている。
うん、もはや『ヤラかした』以外の言葉がうかばないな!
下手に興味津々になって根掘り葉掘り話を聞かれるのも困るけれど、こうして『畏れ多いものを見た』とばかりに遠巻きにされるのも、なかなかどうしてツラいものだ。
今さらだけど『目立ちたくない』『モブでいたい』って言っても、こんなんじゃ信じてもらえないだろうなぁ……。
「オラクル様、平和を祝う席にふさわしい奇跡を起こされた御身には、さぞかしご負担がかかったことでしょう。よろしければこちらにいらして、ゆっくりとお休みください」
だけどそんな俺の気まずげな様子に気づいたのか、機転を利かせてルイス王子がその場から連れ出してくれた。
そうして案内されたのは、会場内の奥にある部屋だった。
なんとなく出入口が国王のいる座席からも近いところを見ると、本来なら王族専用の部屋とかなんじゃないだろうか。
そこにひとりで取り残されて、やたらと豪華な内装に居心地の悪さを感じていれば、ふいによく知る気配があらわれる。
「どうです、おどろきましたかー?」
ふりかえるまでもない、その声の主はイケメン死神だった。
椅子に座る俺の背後に立つと、するりと腕を伸ばして抱きしめてくる。
「めちゃくちゃおどろいたよ!こういうことは先に言っといてもらわないと困るから!」
「ふふ、すみませんでした」
思わず苦情を申し立てれば、うなじに軽くキスをされてあやまられた。
「……で、どうでした?」
「どうもこうもないだろ、あれはいったいどういうことなんだよ?!たしか俺は『魔王の討伐は無事にできた』って聞いてたはずなんだけど?」
中空にうかぶ少年めいた魔王の姿は、勇者様ご一行をのぞいたらおそらく俺くらいにしか見えてなかったみたいだけどさ。
「まぁアレです、最初は完全に滅ぼしてしまおうかとも思ったんですけど、そうなると次の魔王がまたすぐに生まれかねないもんですからね。神界で話し合った結果、ひとまず弱体化させて飼い殺しにしようかとなりまして……」
けれど神様同士での話し合いの結果だと言われたら、もうそれ以上苦情を言うこともできなかった。
「ふふっ、魔王から分離した力はワタシが作った珠を使ってマヌケな部下に封印されちゃいましたし、なにより彼の真名はルイスくんやジュリアちゃんにバッチリにぎられちゃってますからねー」
だからもう妖精レベルの力しかないのだと説明されれば、なるほどだから周囲には見えない姿なのかと納得するしかなかった。
くわしく話を聞いてみれば、魔王として迎え撃ったときですら、ほぼ瞬殺に近かったらしい。
うん、なんとなくそんな気はしてた……。
だってよみがえったばっかりなら、魔王の力だって完全に取りもどしていたわけでないんだろ?
そこにオーバーレベルな勇者様ご一行を当てたらどうなるかなんて、容易に想像がついたさ。
むしろ俺が事前に心配していたように、魔王はちゃんとラスボスらしい魔王をできなかったようだ。
ご愁傷さまです……。
「あと、形式的に祝福をあたえるポーズを取ればよかっただけなのに、妖精たちが来てくれたのは?」
「うん?アレはワタシも関知していませんから、キミ個人の力ですよ?」
あれはだれの差し金かと問えば、まさかのこたえがかえってくる。
マジか。
え、やっぱり俺は、妖精たちのやさしさで生かされてる的なアレなのか??
いや、でもダメ押しの神気付与のせいっていうのも可能性としては捨てきれないからな!?
「ワタシのそれはキミが考えていたとおり、ただのマーキングです。むしろ出席者全員に、ワタシのエロくてかわいい嫁を見てほしい的な?」
「はぁ?!」
またもや訳のわからないことを言い出すイケメン死神に、どうかえしていいのかわからない。
「だってほら、あの程度の神気を摂取したあとのキミはほろ酔い状態になるわけでしょう?そりゃあもう、色気は駄々もれになる訳ですし、皆さんの目の毒になるかなーっていう、いわば『見せびらかしテロ』をしたかっただけです!」
「……………………………」
もういい、これ以上会話をつづけたら、こっちのあたまがおかしくなりそうだ。
あたまをかかえてしまいそうな気持ちでいても、真剣にノロケてくるイケメン死神は、ある意味でこっちこそ通常営業な気がしてくる。
どうやら俺は、自分の旦那さまにはとことん甘いらしい。
そんなことを思って、小さくため息をついたのだった。
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