最終話:転生神官はモブ志望

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最終話:転生神官はモブ志望

 そして、祝賀パーティーから、明けて翌日。  昨夜のうちにイケメン死神によって教会本部の自室へと連れかえってもらっていた俺は、さわやかな朝を迎えていた。  ここら辺はうまいこと仕切ってくれた、ルイス王子の手腕の見せどころだったように思う。  結局、適当なところで切り上げてこちらへ来る予定だった勇者様ご一行は、なんだかんだといって来賓たちに離してもらえず、夜どおしカーネリアン王国のお城でドンチャンしていたようだ。  まぁ、さすがに聖女様は未成年の聖職者ということもあって早々に解放してもらえたようだけど、皆といっしょに行動するからと、そのままお城にとどまっていたらしい。  本当は少しでも先に教会にかえってきたがっていたものの、そこはグッと我慢したんだとか。  というのも、実はそんな祝賀パーティーの翌日───つまり今日が俺にとって、こちらの世界にいる最後の日となる予定だったからだ。  本当ならあの日、聖別の泉でおたがいの想いをたしかめ合った際に、そのまま神界へと連れていかれる予定だった。  だけどその時点では、俺にまだ迷いがあったことを見抜いたんだろう。  イケメン死神は、俺の気持ちを整理するための猶予をくれたんだ。  真の名はどちらなのか?という問いかけは今となって思えば、ただ俺が『カイト』として生きるか『オラクル』として生きるかという意味だけではないと思う。  いわば『こちらの世界での未練はあるのか?』という問いかけでもあったんだろう。  だからそれにたいして俺の出したこたえは、『出発の際の見送りができなかった分、せめてルイス王子や聖女様が帰還した際のお出迎えをしたい』というものだった。  それを了承してもらえたからこそ、こうして今日がラストの日となったわけだ。  だって俺にとってのふたりは、教会本部に引きこもりがちだった自分にとって、唯一深い縁がつながっている相手なんだ。  幼いころから知っている聖女様だけでなく、ルイス王子にしたって特別枠の存在だった。  ほかにもお世話になった人はいたけれど、それはこの祝賀パーティーの前までの期間であいさつを済ませている。  ある意味で、俺がこの教会で保護されていた15年間、やたらと過保護に引きこもり生活をさせてもらっていたっていうのも、こんな日が来ることを想定していたからなのかもしれないな。  ということで、その最後の気がかりだった案件も終わってしまえば、あとに残っているのはイケメン死神───いや、この場合はもう黒龍神様とお呼びしたほうがいいか。  その方と、伴侶となる契りを交わすだけだった。 「オラクルお兄様!そして御遣(みつか)い様、このたびはご結婚おめでとうございます。幼きころより御遣い様の想いを知り、おふたりがこうして結ばれる日を夢見てきましたこのジュリア、今日という日を迎えられましたこと、感無量にございます。本当に、心よりお慶び申し上げます!」  こうも満面の笑みで祝福をされると、自分の気持ちに素直になってよかったと、しみじみと思う。 「えぇ、僕もこうして月花(げっか)(きみ)とオラクル様のおふたりが結ばれる場に立ち会えましたことを、大変光栄に存じます。どうか、いつまでも末長くお幸せに」  ルイス王子からも、華やかなロイヤルオーラ全開の笑顔で祝福される。  ……うん、きょうもその笑顔がキラキラとまぶしいです。  今日の結婚式への参列はイケメン死神の姿が見える人かつ、以前から俺と交流のあった人限定にしてもらっていた。  だからこれは俺にとって、本当の身内だけに見守られた式ってことだ。  まぁいわゆる、『アットホームな挙式』ってヤツだな。  ちなみに心配していた婚礼衣装は純白のウェディングドレスということもなく、むしろ新年の行事の際に着る、黒を基調にした豪華な神官服に近いものだった。  あわせてかぶるヴェールも顔を見えなくするというよりも、装飾としての意味が強い、黒の透けて見える素材がベースに使われていた。  それにキラキラとかがやく宝石がちりばめられた髪飾りがつけられ、神事というよりも華やかなパーティー用にも見える。  神事の際の衣装とはちがって、金糸での飾り刺繍もデザイン性が高くきらびやかだ。  こういうところがウェディング仕様なんだろうか?  またもや小市民な自分では、つけるのをためらってしまいそうな値段が張る装飾品の数々に、緊張してしまいそうになる。  しかも、いつもよりもアクセサリーも多くつけているし本体の衣装もきらびやかだというのに、決して下品な派手さはなく、上品かつ一見して華やかな雰囲気が伝わってくる。  きっとそれは俺の専属衣装担当さんが長年の経験を生かしてデザインして、時間も手間も、なんなら寝る間も惜しまずに仕上げてくれたからなんだろうと思う。  バカ高いコストが了承されていることに関しては、まちがいなく教会本部自体からの俺への餞別的な意味もふくまれていそうだ。  はぁ……周囲の人たちからの愛を感じるなぁ……。 「ふふ、本当に今日のキミは、いつにも増して一段と美しくかがやいて見えますよ」  そしてこの姿はイケメン死神のお眼鏡にも適ったのだろう、さっきからものすごく上機嫌なのが見てとれた。  思わず、そんな軽口まで飛び出す始末だ。 「そっちこそ、いつものローブじゃない姿とかめちゃくちゃ新鮮だし。見ちがえたよ」  そう、いつもは黒いフード付きのローブを羽織っていることが多いイケメン死神も、今日は貴族が婚礼衣装に着るようなタキシードみたいな服を着ている。  おかげで存外厚い胸板だとか、足の長さだとかもよくわかる。  クソ、めちゃくちゃカッコいいじゃないか!  筋肉なんて俺とは一番無縁なものだけに、こういうところは、すなおにうらやましいと思う。  あぁもう、俺の旦那さまが今日もカッコいい。 「そうもすなおなキミというのも、なかなか新鮮ですよね。ふふっ、やっぱりたまにはこうして人の営みを真似てみるのも、悪くないですね」 「そりゃどうも」  でろっでろに甘い顔をしたイケメン死神に、どうにも気はずかしさがわいてくる。 「オラクルあらため、カイトよ。汝は黒龍神様の伴侶としてその生涯を尽くし、いかなるときにもおたがいの幸せのために努め、あきらめぬことを誓いますか?」 「はい、誓います」  これが、この教会式の成婚時の誓いらしい。  でもたしかに前々世のカイトと黒龍神様とのことを思うと、この『おたがいの幸せのために努め、あきらめない』って、すごく大事だよなと思う。  封印の祠でヴァイゼに襲われかけたあのときだって、最後まで知恵を絞ってあきらめなければ、結果的に世界が滅ぼされるようなことにもならなかったかもしれないもんな。  そういう意味では、俺たちにとてもよく似合っている誓いの言葉だ。  今度こそ俺はこの方を悲しませることがないよう、全力で生きよう。  それこそが、俺の一番の目標だと心に誓う。 「それでは、誓いの口づけを……」  うながされて、自分の顔よりも少し高い位置にある相手の顔を見つめれば、その紫の瞳にはやさしげな光がうかんでいた。  あぁ好きだなぁって、そんなあたりまえの感情が自然とうかんできて、そっと目を閉じる。  ほっぺたに手を添えられて、角度をつけたイケメン死神のくちびるが己のそれに重ねられる。  ただくちびるを合わせるだけの軽い口づけでさえ、胸がいっぱいになりそうだった。  わけもなく込み上げて来るものがあって、鼻の奥がツンとする。  あぁもう、幸せすぎて泣きそうになるなんて、たぶんこれがはじめての経験だ。  だけどそんな俺の気持ちは、周囲の人たちにも伝播していたらしい。  幸せすぎるキスのあとに、目を開けて周囲を見まわせば、聖女様は号泣しルイス王子に支えられていたし、そんな彼の目元もまた涙にぬれて光っていた。  幹部の何人かはそこで大きくしゃくりあげていたし、なにより俺が事前に予想したとおりに地の妖精ノームのダイチは大号泣をしていた。  ……その手に酒瓶がにぎりしめられているのは、もはやツッコむべきではないのだろう。  ほかにも水の妖精ウンディーネのシズクは祝福の歌を歌い、それに合わせて火の妖精サラマンダーのホムラは踊っているし、花の妖精フローレのツボミはこれでもかときれいな花をばらまいてくる。  風の妖精シルフィードのハヤテは号泣するダイチをなぐさめながら、いっしょになって酒盛りをしていた。  それらの光景は、この聖堂内を満たす黒龍神様の神気により賦活化された俺の力が駄々もれているせいで、参列した皆にまで見えていることだろう。  本来なら妖精たちの姿が見えるなんてこと、教会的には奇蹟のひとつのはずなのに、ここまで安売りされると逆におどろいているどころではないのかもしれない。  ただまぶしいものを見るように、目を細めて俺たちを見守っていた。  この儀式が終了すれば、いよいよ黒龍神様と伴侶になるための真の名の交換となる。  それはあのときと同じ、聖別の泉で行う予定になっていた。  だからここにいられるのは、ここまでだ。 「今日という日を無事に迎えられましたこと、ひとえに皆さまのおかげです。あらためまして、お礼を申し上げます。お世話になりました、そして今までどうもありがとうございます」  参列者ひとりひとりの顔を見ながらのあいさつが済むと、イケメン死神に手を取られた。 「さぁ、参りましょうか、カイトくん」 「はい、よろしくお願いします」  そうしてパチリという音とともに、いつものようにスゥッとなめらかに転移する。  気がつけば周囲の景色は、先日おとずれたばかりの聖別の泉の前となっていた。 「あらためまして、我が伴侶としてキミを迎え入れましょう。カイトくん、ワタシの真の名前をキミに預けます。さぁ呼んでください、『黒曜(こくよう)』と」 「黒曜、様……?」  その名を呼んだ瞬間、パァッと周囲にまばゆい光があふれた。  これが人の身から神様へ転じる感覚なんだろうか?  からだが軽くなるようなフワフワとした感じとともに、腹の底から力がみなぎってくるような、なんとも不思議な感覚だった。  でもきっと、前と大きく姿は変わっていないような気がする。  なにしろ俺はなりたてほやほやの新米神様だし、八百万の神様のなかに入ったら埋もれてしまうくらい、たいした力もないんだろうと思う。  そう、俺はいつでもどこでも、なにになってもモブ志望、それでいいじゃないか。  そう思ったら、神様に転じることにたいする肩の荷がおりた気がした。 「なにを言ってるんですか、キミは久しぶりの大型新神(ルーキー)として、神界でも注目を浴びること請け合いですよ?」 「はぁっ?!どういうことだよ、それ!」  キョトンとした顔で黒曜様に言われ、むしろこっちが不思議な顔になった。 「神というのは、どれだけ人から信仰を集められるかで、その力が決まるのはご存知ですね?」 「えぇ、それはもちろん」  だからこそ、神様になりたてだった前々世の(カイト)では、ヴァイゼに敵わなかったわけだろ? 「キミはこの世界で、どれだけ人の身でいるうちに奇跡を起こしまくってきたと思ってるんですか。ルイスくんへの神託のときだってヤラかしましたし、昨日の祝賀会でもヤラかしたじゃないですか!あげく、ギベオン帝国ではカイトという名前で、すでに神の化身として信仰を集めてましたよね」 「うっ……!」  列挙されるたびに、心当たりがありすぎて息が詰まっていく。 「ちなみに昨日の会場にいたこの世界の王族や貴族たちは、はじめて生で見たキミの姿に夢中でしたしねー。そんなキミが神様(ワタシ)の伴侶となったなんて話を聞いたら、これでもかとその美しさを称えて、姿絵とともにキミと生で会えた自分自身の自慢を兼ねて話を広げていくでしょうねぇ。ほら、人とはそうした虚栄心を持つものですし、そうでない人たちはむしろ、人と神との愛を育んだ結果の婚礼なんてロマンチックなお話を好むのでしょう?」  黒曜様の言うことは、思わず黙り込んでしまうくらいには説得力があった。 「ちなみにかわいいルイスくんとジュリアちゃんたちには、今回のワタシとキミとの婚姻の件をふくめ、絵としてキミの姿を残すことに関して、キミの前世で言うところの『肖像権』を貸与してますからねー。彼らの生活はうるおうことでしょうし、これからもその絵を通じてますますキミの信者が増えていくことでしょう」  あーもう、なんてことをしてくれたんだよ?! 「いやでも……ギベオン帝国には、すでに『妖精を統べる存在』だという神様がいるわけで、俺への信仰というわけじゃないし……」  それにあの国の信仰が俺に移ってしまっては、あのちょっとだけ物騒な感じのする元の神様に支障が出るのではないだろうかと言いかえせば、にっこりと笑いかけられた。  なんだその笑顔、嫌な予感しかしないぞ。 「あぁ、それもワタシですから、問題ないです。ほら、伴侶が代理になるなんてよくあることですし、なによりキミとワタシは夫婦なのですから一心同体と言いますか。キミの力が増えればワタシの力も増えるし、その逆もまた然りです」  そりゃ神様同士の夫婦なら、そうなのかもしれないけども! 「………っていうか今、おどろきの新事実がサラッと明かされたんだけどっ!?」 「あれー、気づいてませんでした?キミとはじめてここで出会ったとき、ディーネたちがワタシをなんと呼んでいたかおぼえてますか?」  思わず声をあげれば、さらにサラッとかえされる。 「え、最初にここで会ったとき……?」  それは俺がまだ、ほんのガキだったころの話だ。  保護者らしい保護者もいない状態で、餓死しかけていたところをコイツに拾われて、連れてこられたときのことだろうか。  ウンディーネたちが、コイツのことをどう呼んでいたか……?  そのとき、ずっとこれまで我慢をしていたらしい妖精たちが一斉に湧いてきた。 (ぬしさまー、およめさんできたのー?) (おめでとうー、およめさんきれいだねー!)  その声に、はたと気づいて動きを止めた。  今ウンディーネたちはコイツのことを、『ぬしさま』と呼んだ。  そうだ、それだ!  あのときのウンディーネたちも、『』──つまりコイツが自分たちのご主神(しゅじん)様だと言っていたじゃないか。 「はい、ようやくわかりましたかー?神なんて、いくつもの顔や姿を持っているものですからね。だからあの国で信仰されているのも、姿を変えたワタシだったというわけです。ほら、キミがワタシの伴侶となったのなら、キミがそこで信仰を集めたところでなんら問題ないでしょう?」  あぁそうだ、夫婦ならただの相乗効果になるだけで、信者からの信仰の力の奪い合いにはならないもんな。 「ウソだろ……」  にわかには信じがたいことだったけれど、そう言われれば納得するしかなくて。  ゆれる瞳で見上げれば、ほほえんだままに額にキスされた。 「ということで人の身であるときから神のように信仰を集めてきたキミは、はじめから相当強い力を得たかと思いますし、今後もキミの話が伝説として語り継がれるたびにその力は増していくでしょうね!」  あまりにもいい笑顔でつむがれるセリフは、俺の耳を素どおりしていく。  ───あぁクソッ、俺は単なるモブでいたいのに!  どうやらこの世界で、その望みが叶うことはないらしい。  そんな事実に気づいてしまい、思わず気が遠くなりかけたのは言うまでもなかった。  ───これは、何度転生したところで、モブでいたいのに結局モブではいられなかった、そんな俺の話だ。  でもな、もし本当にそうだったなら、きっと今のようなコイツとの幸せな生活も得られなかったのだと思えば、モブじゃなくてよかった……なんて思えてくるから不思議だ。 「……なんてな、愛してるよ、俺のいとしい旦那さま?」 「えぇ、ワタシもですよカイトくん」  そんなセリフを最後に残し、二柱の神は神界へとかえっていったのだった。      ~ Happy End ~      *  *  * ここまでご覧いただきまして、ありがとうございました。 これをもちまして、『転生神官はモブ志望』本編完結です。 この後は、オマケの後日談が2話ほどあります。
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