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【オマケ】新米神様は一級フラグ建築士
イケメン死神こと黒龍神の黒曜様と晴れて夫婦となり、神界に暮らすようになってしばらくしてからのことだった。
まだ俺は神様になりたてということもあって、ものめずらしいのか毎日のように入れ替わり立ち替わり、いろんな神様が我が家へ遊びに来てくれていた。
「カイトくん、ちょっとこっちに来てください」
「ん、なに?」
まだ俺は神様としては下っ端なんだから、おもてなしをしなくてはと仕込みをしていたところで、黒曜様に呼ばれてふりかえる。
「あぁ、紫龍神様、ようこそいらっしゃいませ」
そこにいたのは、黒龍神様と対をなす紫龍神様だった。
いかがわしい感じのする俺の旦那さまとはちがって、こちらはとても真面目な神様だ。
名前のとおり腰まであるまっすぐに伸びた髪は紫で、ちょっと固そうな髪質をしている。
やや褐色がかった肌にサラリとした布をまとい、下にはいているパンツは南国風のゆるめのデザインだ。
いかにも筋骨隆々な体型というか、それこそお寺の山門とかにある、阿吽像的な姿を想像して欲しい。
たぶんあれと雷様的なものを掛け合わせて、全体的に紫で彩りをあたえると、紫龍神様の見た目になる。
「うむ、邪魔しておるぞ、カイトよ。黒龍のがあまりにも毎日のろけがてらお主との新婚生活を自慢してくるものでな、つい押しかけてしまったのだ」
はずかしげにほっぺたをかきながら、そんなことを言う。
うん、奥ゆかしい方だ。
「とんでもない、紫龍神様ならいつでも歓迎いたしますよ!なにもおもてなしもできませんが、どうぞゆっくりしていってください」
ペコリとあたまを下げて、あいさつをすれば黒曜様に手招きされてその横に座る。
「うむ、お主はあいかわらず礼儀正しくていい子だな」
紫龍神様は俺がまだ名前もないようなガキのころに教会に保護されてから、神託神官のオラクルとして働いているときまでずっと見守ってくださっていたようで、いまだに俺を子どもを見るように慈しんでくださる。
これはこれで、なんとなく年上のお兄さんができたみたいな気分になるというか、悪くない感覚だった。
そんな風に思っていたら、黒曜様にさりげなく肩に手をかけて引き寄せられた。
「カイトくんの旦那はワタシですからねー。仕方ない、兄の立ち位置くらいは譲ってあげましょう」
むっ、これはひょっとして妬いてたりするのかな?
……大丈夫だよ、俺が愛してるのはお前だけだからな。
「はぁ~、もうなんのご褒美なんですか、これ!?カイトくんがデレ期に入ったとか、もうっ!」
身もだえたと思ったら、ほっぺただの耳だのにキスをふり散らしてくる黒曜様に、紫龍神様は苦笑をもらしていた。
「いやはや、こやつも丸くなったものよ。それもすべてお主のおかげだな」
そう言って、手にしたグラスをかたむける。
極上品であることはまちがいないそれは、紫龍神様の手みやげとして持参されたお酒だった。
神様は総じてザルが多いというか、毎回我が家にいらっしゃるたびに宴会になるのまでをふくめて、ひとつのお約束だった。
そのなかでも紫龍神様は特にお酒が好きでいらっしゃるから、今日の食卓の上にはそれに合わせたツマミも並べてあった。
ちなみにこれは、俺の実家とも言うべき教会本部からの定期的な供物として届けられるものだ。
本来なら神様というのは別になにも食べなくても全然問題ないんだけども、俺が神官をしていたときのころ、たびたび自室で晩酌していた頻度のままに、こうして差し入れてくれていた。
もちろんそこには、料理長自慢のポテトチップスもある。
よく冷やしたエールとあわせて食べるこれが、またおいしいんだよなぁ。
バージョンアップを重ねて、前世で大好きだったそれと変わらないパリパリ感や複雑な味わいも出せるようになってて、料理長の向上心には本当にあたまの下がる思いだった。
元々特に食べること自体は好きというわけでもなかったけれど、前世の記憶のおかげでこれだけはなんとなくやめられないというか、ぶっちゃけ好物だったりする。
そんな俺の様子に気づいたのか、黒曜様はパチリと指を鳴らしてエールを出してくれた。
「あれ、いいの?」
残念ながらたしなむ程度にしか飲めない俺は、あいかわらず人前で(この場合は神様の前でになるのか……?)お酒を飲むことを禁じられていたけれど、今日はどうやら解禁されるらしい。
「まぁ、相手が朴念仁のコレですからね。少しくらいキミが羽目をはずしたところで、まぁ問題ないでしょう」
ウィンクを飛ばしながらこたえる姿も様になっていて、チクショー、めっちゃカッコいいじゃないか。
「それじゃありがたく、いただきまーす」
そうして、気のおけない宴会がはじまった。
おたがいに近況報告だとか、ときおりのろけを交えつつ語り合っているおふたりは、やっぱり長年対になる存在だったからこその気安さがあって、俺にはそこに割って入ることができなかった。
そんな対になるような存在がいるっていうのは、ちょっとうらやましい。
「───いやはや、それにしてもこれがウワサの『ポテチ』とやらか!なるほど、これは美味いな!」
どうやら紫龍神様もお気に入りになったらしく、バリバリと召し上がっていらっしゃる。
うちにいらした神様のうち、たまたまこうして差し入れをされているときにめぐり会うと、はじめて食べるポテトチップスにたいてい夢中になっていく。
そうして気に入った神様の口コミが広がり、今の神界は言うなれば空前のポテチブームが巻き起こされていた。
ちなみに地上でも、ポテトチップスはブームとなっているようだ。
教会のパーティーを通じてそれを知った各地の貴族たちもハマっている人が多いらしく、自国の領地に帰ってから再現しようとしているせいで、急速に広がっているんだとか。
その派生なのか、ウワサを聞きつけた神様の間でも、それを供物に要求するのが流行っているらしい。
それでも教会本部の料理長お手製のものがあたまひとつ抜きん出ているらしくて、それはうちでしか食べられないと神様たちの間でも評判になっているのだった。
神様まで虜にするなんて、さすがは料理長だ。
ちょっと誇らしい気持ちになるのは、やっぱり教会本部が俺の出身地というか、実家だと思ってるからかも。
身内が誉められるのはやっぱり誇らしいことだし、すなおにうれしいと感じる。
「この『ポテチ』とやらは、お主が広めたものなのだろう?人の知恵というものは、あなどりがたいものよ。なんとも素晴らしい発明ではないか!」
「いえいえ、こうしておいしくなったのは、料理長が一生懸命改良を加えてくださったからですよ」
そんな風に話しているうちに、気がつけば相手のペースにつられて俺まで杯が進んでしまっていた。
あぁ、ヤバい、結構酔ってきたのかも。
フワフワとして、からだも熱くなってきた気がする。
「おや、カイトくんは酔ってしまいましたか?」
「うん、なんか飲みすぎたのかな?」
うーん残念、神様になっても俺ではザルになれないもんなんだなぁ。
「んー、あいかわらず冷たくて気持ちいいな……」
するりと首もとから忍び込み素肌にふれてくる黒曜様の手は、前と変わらずひんやりとしていて気持ちがいい。
「フフッ、すっかり慣れましたね」
思わず身をあずけたところで、耳もとで笑う声が聞こえた。
ん、なにに慣れたって?
「いえ、ね……前だったら、こんな風にだれかがいる前では決してさわらせてくれなかったじゃないですか」
「えぇと、そうだったっけ?」
いつももっといやらしいことをしてくるくせに、これくらいのことで動じるはずないだろ?
「んー、それもそうなんですけどね……」
やけに歯切れの悪い相手に、首をかしげる。
紫龍神様なら大丈夫だって、さっき自分で言ってたくせに。
「ていうか、アチィ……」
まだ新米神様だからなのか、自分よりも神格の高い神様の神気を浴びてると、まだ酔ってしまうことがある。
さすがにもう、気を失うようなことはないんだけどさ。
だけどこうしてからだは熱くなるし、しっかりと首もとまで閉めてるボタンだってはずしたくなるわけだ。
あぁ、そうか、すっかり自分の旦那さまの仕事上での相棒みたいな方だからと油断してたけど、よく考えたら紫龍神様だって創造神様に次ぐ高い神格をお持ちの神様だった。
じゃあこれって、ひょっとしなくても神気酔いみたいな感じだったりするのかな……?
えっ?!
えぇっ、それは困る!!
もしそれならば、この後に来るのは……。
「……んっ!」
ピリ、と皮膚に触れている服がこすれる際に走る、甘くしびれるような感覚に思わず身をふるわせた。
ヤバい、これ、来ちゃったかもしんない。
「あ……っ、ん……っ!」
首をふって必死に気を紛らせようとするのに、その動きですらも、かえって敏感になった皮膚には余計な刺激となってしまう。
ビクリ、とからだがはねた。
「あぁ、そろそろ慣れてきたころかと思ってましたが、やっぱりまだダメでしたかー」
「~~~~~~っ!!」
ギュッと抱きしめられるのに、声にならない悲鳴がのどの奥でこぼれる。
「おぉ、どうしたのだ、カイトよ?まさかそれっぽっちの酒精で、悪酔いでもしてしまったのか?」
こちらを心配そうにのぞき込んでくる紫龍神様は、まだ俺が神気酔いする体質だってことをご存知ないのかもしれない。
そりゃそうだ、いくらなんでも神様の端くれでありながら神気酔いするなんて、聞いたことないだろうし。
そんな自分が情けなくて、はずかしくなる。
おかげで神気酔いとあいまって、きっとほっぺたは真っ赤に染まっていることだろう。
「い、いえ、その……あぅ」
必死に顔をあげてこたえようとした矢先、ふいに黒曜様の手がスッと背中をなでてきて、思わずからだがふるえて視界がにじむ。
「っ?!」
とたんに紫龍神様が息を飲む音がしたと思ったら、その顔がどんどん赤く染まっていく。
そして目を白黒させながら挙動不審に陥るころには俺も余裕がなくなっていて、つい近くにあるいつもの頼り甲斐のある胸板へとすがりついていた。
「ふふっ、しょうがないですね。うちのかわいい奥さんが酔ってしまったようなんで、今日はこれでお開きにしましょうか」
「あ、あぁ……そうだな……独り身には少々刺激が強すぎたようだ……」
そんなやり取りが交わされているのをどこか遠くに聴きながら、いたずらな指が耳をくすぐってくるのに息を切らす。
あぁ、クソッ!
本当に厄介な体質は、なかなか治らないもんだ。
「ではまた……今度は酒ではないものでも持ってくるとしよう」
そう言い残して紫龍神様は帰っていった。
本当に、たいしたおもてなしもできなかったのがくやまれる。
「さて、ワタシはあいかわらず心が狭いもので、キミのそんな姿を見るのはワタシだけでいいと思ってしまうんですけどね?」
「んんっ!」
わずかな嫉妬心をにじませながら、そう言ってキスを落としてくるのに、くちびるをかみしめながら身を強ばらせた。
「バカ……こうなるってわかってたくせに、わざとだろ!」
「おや、バレちゃいました?」
カマをかければ、案の定肯定される。
まったく、確信犯ってこういうことを言うんだ。
「そりゃな、だいたい今なにを考えてるかってことくらい、わかるに決まってるだろ」
───そう、だから今『めちゃくちゃシたい』って思ってることくらい、俺にもわかる。
情欲にまみれ鋭さを増した瞳に見つめられると、まるで捕食される前の獲物になった気分だ。
正直、こういう姿がたまらなくカッコいいと思う。
だからこそ俺も、精一杯の誘惑をするんだ。
「だったら……お前のことしか考えられないくらい、めちゃくちゃにシて?」
するりと腕を伸ばして相手の首に抱きつき、それが危険な誘いだとわかっていてもなお耳もとでそうささやく。
「~~~っ、まったくキミときたら、どこでそんな誘い文句を覚えたんですか!」
なかば照れ隠しをかねて怒りをにじませてくる旦那さまが、かわいく思えてくる。
そんな姿ですら愛おしいと心の底から思うくらい、お前に惚れてるんだからしょうがないだろ?
「それじゃカイトくんのお望みどおり、めちゃくちゃにしてあげますよ」
「あぁ、望むところだよ」
くっと口角をあげて勝ち気にほほえみかえせば、あらためてくちびるがかさねられた。
あーあ、これはまた明日もベッドの上の住人になりそうだ……。
ソファーの上に押し倒されながら、ふとそんなことを思う。
けれどそんな神界での日々もまた、俺にとっては特別に感じられるものだった。
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