ノーランク

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 迷宮管理局の入口は、1日24時間閉まることはない。  職員の勤務時間は8時から18時であるが、広いロビーで一夜を明かす者や、1階の奥に常設されている24時まで営業のラウンジーーレストラン兼バーで飲食する者たちがいるためでもある。  その迷宮管理局の受付は花形である。担当者の容姿や対応に、シーカーの成果は影響を受けるからだ。容姿端麗の異性に対し、女性も男性も好感度を上げようと努力する。それは、この世の摂理である。だからこそ、迷宮管理局は容姿を重視した採用をし、その中から選りすぐりの職員を受付担当とするのだ。つまり、優良なシーカーを釣るエサである。  そして受付の給料が、自分の担当するシーカーの成果に比例するとなれば、当然のように自己研鑽に励む。しかし、だからこそ、受付担当者はシーカーを選別する。無能なシーカーに入れ込んでも、リターンは期待できないからだ。 「ルーナさあ、そろそろハッキリ言った方が良いんじゃないの?」  始業時間の5分前。ドサリという音とともに、立ち並ぶ受付ブースで声が聞こえた。声を掛けられたのは、アルカナの担当者であるルーナだ。  ルーナが声のした方に視線を移すと、そこには緑色の長髪を靡かせるハーフエルフの女性が立っていた。彼女はルーナと同じく受付担当をしているサラだ。1階だけで10人いる受付担当者の中でも、1、2位を争う成績の受付である。  自分が担当しているシーカーの資料を確認しながら、サラが話しを続ける。 「あの、銀髪の子。1週間も経つのに、まだ討伐がゼロなんでしょ?」 「・・・はい」 「1週間経ってもゼロなんて、ちょっと有り得ないし。それに、そもそも心が折れる頃だしね。その前に、事実を告げてあげるのも受付の仕事よ?」  サラはファイリングされた資料を机で整え、隣のブースに座るルーナに顔を向ける。 「分かっていると思うけど、実際に才能がない人はいるし、命を落とす人だって大勢いる。事故がないとも言い切れない。だからーーー」 「分かっています」 「・・・ならいいけど」  ルーナの釈然としない表情を覗いたサラが、嘆息しながら正面に向き直る。あと数秒で、迷宮管理局の業務が開始されるからだ。  ルーナが初めてアルカナと対面したとき、その言葉や態度に強い覚悟を感じた。何百人と担当してきたルーナが、初めて目にした心意だった。  だが、それと才能は別の問題である。ただ、そんな決意をしてダンジョンにアタックするアルカナに、ルーナは引導を渡すことができなかった。  しかし、それもそろそろ限界だ。自分の無力さを知り、自分の限界を悟った者は、例外なく絶望し、最終的に心を折られる。受付の担当者はそういうシーカーたちを数限りなく見てきた。だからこそ分かるのだ。昨日アルカナがとった態度は、その一歩手前の状態だった。  全てを諦める前に、第三者が退場させる。それも、思いやりなのかも知れない。 「優し過ぎる、ということは罪よ」  営業スマイル全開のサラが、正面を向いたままルーナに告げた。  アルカナは覚束ない足取りで大通りまで出ると、目的である迷宮管理局を目指す。迷宮管理局で受付を済ませなければ、ダンジョンに入ることができない。受付を済まさなければ入場の許可証が渡されれないため、素通りしたのでは入り口で追い返されてしまう。  そのため、朝の迷宮管理局は混雑してる。朝帰りのシーカーもいれば、前日の帰還が遅かったために報告をしていないシーカーもいる。しかしそれはほんの一部で、朝一で受付を済ませ、ダンジョンにアタックするシーカーが最も多いためだ。  喧騒の中、この1週間で有名になったアルカナが、迷宮管理局のロビーに姿を見せる。その姿を確認すると同時に、アルカナを中心に波紋を描くように静寂が広がっていった。そしてすぐに、その静寂は嘲笑に変わっていく。 「アイツか、1週間もノーランクっていうのは?」 「ククク、1層でゴブリン1匹に負けそうだったらしいぞ」 「フフッ、有り得ないわあ。アタシだったら顔出せない」  嘲りを受け、笑われながら、アルカナは俯いたまま受付へと歩を進める。2日前までならば、顔を上げて睨み返した。昨日は惨めで、すぐにでも逃げ出したかった。今日は、もう何も感じなくなっていた。  誰とも視線を合わせようとしなかったアルカナが、突然、顔面から床に転がる。誰かが、面白半分にアルカナの足を引っ掛けたのだ。その姿を目にし、1階のロビーに爆笑の渦が巻き起こった。  アルカナはゆっくりと立ち上がると、再び俯いたまま受付に向かって歩き始める。顔面を鼻血で染めながらも何も反応を示さないアルカナに、嘲笑していたシーカーたちは興味を無くしていった。 「おはようございます」  受付に辿り着いたアルカナに、ルーナが声を掛ける。そこにいたルーナも、アルカナの姿は目に写っていた。シーカーたちの事情に、迷宮管理局は感知しない。当然のように、ルーナも見て見ぬふりだった。 「ダンジョンに行きます」  アルカナは力無く告げると、ダンジョン・シーカーの証であるライセンス・カードを差し出す。ライセンス・カードはダンジョン内での活動を自動で記録する魔道具だ。現在のランクを証明することができるほか、身分証明書代わりにもなる。  ライセンス・カードを受け取りながら、ルーナはアルカナの様子を窺う。輝きを失った瞳。生命力が感じられない顔色は、今日が最後の日であることを如実に物語っている。それは、今日のアタックを最後にダンジョンから去るということ。そしてもう一つ、何らかのミスを犯して命を落とすということだ。  サラが無言のまま、ルーナ側の衝立を叩く。その意味を、ルーナは即座に理解した。そして、理解した上で、後悔するかも知れない選択をする。 「アルカナさん」  不意に自分の名前を呼ばれ、アルカナは顔を上げた。今日で8日目になるが、ルーナに名前を呼ばれたのは初めてだった。 「アルカナさんは、何のためにダンジョン・シーカーになったんですか?」  ルーナが発した言葉に、隣のブースで接客中だったサラが嘆息する。 「もう一度お伺いします。何のために、ダンジョン・シーカーになったんですか?」  消えていた光が、アルカナの瞳に微かに戻る。  ーーーーー何のために?
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