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暗黒の呪い
―――ダンジョンに挑む理由。
ルーナに問われたアルカナは、ある日の出来事を思い出す。アルカナがダンジョン・シーカーになることを決めたのは、その日からなのだ。
城砦都市シルバディアの頂点は王だ。東西南北に区切られた都市区。その北部には公爵をはじめとする貴族の邸宅が建ち並び、その中心に「起源の迷宮」を睨むように王城が聳えている。
―――――350年前、忽然と出現した暗黒の穴――「起源の迷宮」は、漆黒の闇から絶え間なく魔物を溢れさせた。周辺に在った街や村は一瞬にして飲み込まれ、阿鼻叫喚の渦に沈んだ。
地平線が見えないほどの魔物は、その勢いのまま周辺の大都市に迫った。普段は協力などしない人々も、容易に想像できる末路に国を超えて一致団結した。すぐさま魔物討伐の軍が編成され、歴史上類を見ない精強な討伐隊が結成されることになる。
屈強な騎士団や高位の魔道師団を中心とした討伐隊は、地平線を埋め尽くす魔物たちを迎え撃った。数十日に及び一進一退の攻防を繰り広げていたが、前線の騎士団がついに主力である魔物の一団を駆逐することに成功する。
主力を失った魔物たちは急激に失速し、その時を境に戦いは一方的な殲滅戦へと移行していった。そしてついに、討伐軍は元凶である漆黒の穴へと到達した―――――
と、ここまでは、世界各地に公式の記録として記されている。しかし、この後、何が起きたのか?それは、どの歴史書にも残されていない。事実として明確になっていることは、シルバディアが350年前に建国されたこと。そして、王城の眼下―――迷宮管理局の地下で、「起源の迷宮」管理されているいう事実だけである。
ただ、公式な記録なはくとも、口伝による伝承はある。
それが真実なのか戯言なのか。
―――シルバディア王家は、「起源の迷宮」の呪いに犯されている。数十年に一人、暗黒に飲み込まれて命を落とす―――
取るに足らない伝承。
時の流れとともに、人から人へと伝えられるうちに形を変える。
分かっていることは、この地に厄災が眠っているということだけ。
あの日、アルカナが10歳の誕生日を迎えた日。その日までアルカナは、何の目標も持たず、ただ漫然と生きていた。自分の境遇を嘆き、未来に何の希望も持たず、ただ街の片隅で細々と生きていく自分しか想像することができなかった。生まれてすぐに捨てられた、不要という烙印を押された自分に何の価値も見出せずにいた。
先に孤児院を卒業し警備兵として雇われた先輩が、ささやかではあったものの、アルカナの誕生日を祝った。僅かな賃金から、普段は入れないようなレストランでご馳走し、皮製のリストバンドをアルカナにプレゼントした。決して高価な物ではなかったものの、アルカナにとっては何物にも変え難い宝物になった。
大通り沿いにあるレストランの外で先輩と別れたアルカナは、いつになく上機嫌で孤児院に戻ろうとした。しかし次の瞬間、突然アルカナは前のめりに倒れることとなる。
「ゴミが地面を舐めてるぞ!!」
「きったねえなあ、ゴミが舐めたところなんか汚くて歩けやしねえ」
「ヒャハハ!!まったくだ」
「それより、何か臭わないか?臭くて息ができねえよ」
「コイツか。コイツが臭いんだ!!」
いきなり背後から背中を蹴られたアルカナは地面に突っ伏していた身体を起こし、唾を吐きながら周囲を見渡した。そこには、いつも孤児院の子供たちを虐める街の悪ガキ集団の姿があった。総勢5人。しかも全員が、貧相なアルカナよりも二回りほど大きい。
アルカナは全力で逃げようとするが、相手は5人もいるのだ。行く手を阻まれ、再び囲まれてしまう。
「お前らゴミは、誰にも相手にされないだろ?」
「仕方ないから、オレたちが遊んでやるよ」
突き飛ばされたアルカナは、フラついて反対側に立っていた少年にぶつかる。
「痛ぇな。あーあ、服が汚れただろうが!!」
その言葉と同時に蹴り飛ばされ、アルカナは地面に尻餅をついた格好で転げる。その姿を見た少年たちは、一斉に大声で笑う。罵倒され嘲笑されても、アルカナに抵抗する術はない。ただ静かに、飽きるまで耐えることしかできない。
アルカナに心無い言葉を浴びせ、全員が交互に蹴り付けていたが、10分もすれば少年たちは飽き始めた。一歩的に虐めても、長時間に渡って優越感に浸ることはできないからだ。
「そろそろ行こうぜ」
誰かがそう口にしたが、5人のうちの一人があることに気付いた。
「コイツ、腕にリストバンドなんかしてるぞ」
「はあ、リストバンドだあ?」
「お、何か安っぽい皮バンド巻いてるぜ!!」
アルカナは慌てて両手を後ろに回すが、背後にいた少年に腕を掴まれる。
「や、やめ・・・」
アルカナが初めて見せた抵抗。そのささやかな抵抗が、少年たちの嗜虐心を掻き立てた。アルカナな即座に地面に組み伏せられ、手にはめていたリストバンドを引き千切られた。
初めて貰った誕生日のプレゼント。大切な宝物。それを、目の前で奪われ、破られ、自分と同じゴミのように捨てられる。アルカナは絶望とともに、声にならない絶叫を上げる。
「お前たち、何をしている」
その時、どこからともなく凛とした涼やかな声が響いた。
少年たちは笑うのを止め、声がしたほ方を睨み付ける。しかし、次の瞬間、顔面を蒼白にしてその場に平伏した。
「たった一人を多人数で嬲り、理由もなく他人の大切な物を奪うなど許せぬ。連れて行き、罰を与えよ」
「ハッ」
金属音が響き、銀色の鎧に身を包んだ兵士たちが、アルカナを虐めていた少年たちを無理矢理立たせて連れて行った。
その場に残されたのは項垂れるアルカナと、その声の主だった。
「災難であったな」
座り込んでいたアルカナの頭上から、柔らかな女性の声が聞こえた。顔を上げると、そこには銀色の鎧に身を包んだ少女の姿があった。サラサラと金髪を靡かせた少女。銀色の瞳にアルカナの姿が写っている。
この少女をアルカナは知っていた。いや、シルバディアでこの少女を知らない者はいない。
シルバディア王国の第一王女、イーフェ・シルバディア。
歴史上初の女王になるのではないかと噂される、才色兼備の王女。知勇に優れ、1を教えれば10を学び、騎士団長以外では練習相手にもならない魔法剣の使い手。しかも、平民、いや貧民にさえ手を差し伸べる仁者。
「あ・・・・」
慌てて平伏しようとするアルカナを、イーフェは制止する。
「よい。もう少し早く、私が気付いていれば、その宝物を失わなくても済んだものを・・・そうだ」
アルカナの目の前で、イーフェが腰に佩いていた短剣を鞘ごと抜く。そして、それをアルカナに差し出した。意味が分からず見上げるアルカナに、イーフェが告げる。
「これを、そなたに。私が気に入っている短剣だ。切れ味も良いし、軽くて丈夫だ。魔法のエンチャントにも素早く反応するし、申し分ない。おこがましいが、これを失った宝物の代わりに」
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