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ライセンス・カードを受け取ったアルカナは、入口とは反対の扉へと進んで行く。他のシーカーたちも、アルカナ同様に奥の扉を目指している。奥行きが50メートル以上はあるロビーを横切り扉を抜けると、そこは円形の広大な広場になっていた。
シルバディアは「起源の迷宮」を中心に形成されている。つまり、都市の中心には迷宮管理局の建物があり、そこを起点にして東西南北に区画が分かれているのだ。北部は王城を中心とした、王侯貴族の居住区。西部・東部は一般庶民や商人、職人たちが生活を営むエリア。そして、南部がダンジョンのエリアとなっている。
直径がゆうに100メートルはある広場に足を踏み出したアルカナは、朝日に照らされる石壁を見上げる。ダンジョン区画は魔物が溢れ出る可能性がゼロではないため、居住区との間に、城壁と同様の巨大な石壁が築かれている。そのため、外から内部を覗き見ることは不可能。大通りに面した建物のエントランスは、あくまでも迷宮管理局だ。この場所こそがが、各ダンジョンへの入口ということになる。
広場から扇形に伸びる4本の道はBランクから「始まりの迷宮」まで4レベルのダンジョンへと続いており、その入口にてライセンス・カードの提示による入場制限が行われいる。それゆえ、アルカナがいきなりBランクのダンジョンにアタックすることはできない。
アルカナは迷わず「始まりの迷宮」へと続く道を選び、すかっり整備された石畳を進む。今日で8日目。自分の才能を疑わなかったアルカナは、ゴブリンとの対決によって己の不甲斐なさを知った。
意気揚々と踏み入れたダンジョン。
暗闇はアルカナに牙を剥き、矮小な自信を軽々と打ち砕いた。
滾っていたはずの闘志を根こそぎ剥ぎ取られる。
次第に足が踏み出せなくなり、剣を持つ手が上がらなくなっていく。
視線は足下に落ち、地面を見詰めることしかできない。
停滞は考える力を萎えさせる。
ついにアルカナは、己の無力さを嘆くことしかできなくなった。
―――――何のために、ダンジョン・シーカーになったのか―――――
石造りの建物に入り、短い通離を進むと、そこには短い階段。そこを下りると、真っ直ぐな通路が伸びるだけの「始まりの迷宮」第1層である。
アルカナは数人の新人、あるいは1ランクシーカーに道を譲り、周囲に人気がいないことを確認して階段を下りた。
幅が5メートル以上ある広い通路は今日も薄暗く、どこからともなく湧き出たゴブリンとアルカナは対峙する。腰に佩いていた短剣を抜き、アルカナは動きやすいように腰を落とした。対するゴブリンは、愉悦を孕んだ細い眼を弓なりにし、無造作にアルカナとの距離を詰める。その足取りは徐々に速くなり、振り上げたこん棒が間合いに入った。
ガキンという不格好な音が通路に響き渡る。
受け止めたこん棒を短剣ではじき、その勢いのまま開いた脇腹を狙って薙ぎ払う。ベテランの剣士であれば難なく振り抜かれる剣が空を切り、バランスを崩したアルカナは、逆にこん棒で殴り付けられてしまう。
「うっ・・・」
「キケケケケ!!」
思わず零れる呻き声を聞き、ゴブリンが嘲るように奇声を上げた。
アルカナの膝が折れ、その瞳に地面が写る。
たかがゴブリン。
誰もが初見で打ち破り、踏み倒す登竜門。
つまづくはずのない小石。
それなのに―――
アルカナの脳裏に自己嫌悪の言葉が渦巻き、ロビーで投げ付けられた罵倒が耳に木霊する。
すでに8日目。
自分を呪い続けて8日目。
どんな強靭なメンタルの持ち主であっても、自分を諦めたとき、その心は驚くほど簡単に折れる。そして、戦闘中に心を砕かれた者は、例外なくダンジョンの贄となる。
アルカナの頭部を狙い、ゴブリンのこん棒が振り下ろされる。
―――――「いつの日か、この短剣で、そなたの道を切り開いてもらえると嬉しい」
あの日、シバルディア王国の第一王女であるイーフェは、アルカナに自らが佩いていた短剣を差し出した。
銀色に輝く短剣を、アルカナはただ見詰める。見詰めることしかできなかった。それを受け取ることなど、薄汚い自分にはできないと思っていた。
しかし、王女は意地悪な笑みを浮かべると、困ったようにアルカナに告げる。
「このままだと、私の手が痺れてしまうのだが・・・そなたは、それでもいいと思っているのか?」
「あ・・・ありがとう、ございます」
こう言われてしまっては、庶民に断る術などありはしない。アルカナはその短剣を受け取り、その場で両膝をついて深々と頭を下げた。
「うむ」
おそるおそる視線を王女に向けるアルカナ。
その視線の先に、異変が写り込む。
偶然が重なって見えてしまった、ソレ。
差し出された腕。
純白のマントに隠された銀色の小手の隙間から、漆黒のアザが覗いていた。
アルカナの心臓が、ドクンと跳ねる。
背を向けて歩き始めるイーフェ。常に傍に立っていた騎士が、イーフェに声を掛ける。
「よろしいので?」
「よい」
「しかし、あれは―――」
「よいのだ。もうすぐ、私には不要になる。それならば、前途ある者の道を照らす光になった方がよい」
遠ざかる背中。
それを呼び止める術はない。
隠された真実に言及する権利もない。
何も持たない。
何も。
今のアルカナには何もない。
アルカナの鼓動が速くなり、耳の奥で大きな音を立てる。
真実は、膨大な虚構の中に存在する。
真実は、遭遇した瞬間に身体を震わせる。
シルバディア王家は、「起源の迷宮」の呪いに犯されている。数十年に一人、暗黒に飲み込まれて命を落とす。
この口伝には続きがある。
―――――「起源の迷宮」の最奥に辿り着かない限り、この呪いは解ない。
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