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「始まりの迷宮」
ランク1になった翌日から、アルカナは「始まりの迷宮」の攻略を開始した。しかし、戦闘技術もなく、スキルや武技、魔法といった特殊な力を持たないアルカナは、行く手を阻むゴブリンとの戦闘を繰り返すしことしかできなかった。
「ふう・・・今日はどうにか5体」
5個目の魔石をポケットに入れ、右の肩口で汗を拭う。徐々にではあるが、経験によってアルカナの戦闘力は向上していた。1対1であれば、ゴブリンと互角以上に戦えるようになっていたのだ。
「始まの迷宮」はあくまでも初心者のダンジョンであり、5層が最奥である。1層は直線の通路で、ゴブリンが単体で出現するのみ。2層から3層は複数のゴブリンと、コボルトが単体で出現する。コボルトは犬種の魔物であり、ゴブリンよりも俊敏な動きで相手をかく乱し、手にした武器や自らの牙によって攻撃する。体力は低いが、初心者には厄介な魔物だ。
4層以下はこれらの魔物が複数、または混合で出現し、シーカーを襲撃する。手数で劣るためソロのルーキーでは苦戦するものの、パーティを組んでいれば問題なく先進める。そして最奥に辿り着いた者たちは、そこでダンジョンを守護するダンジョン・ボスに遭遇することになる。
―――――ダンジョンは生きている。
過去の識者たちは、口を揃えてそう言った。
ダンジョンの特性として、層を重ねるごとに魔物が強力になる。嘘か真か、「起源の迷宮」の下層には災害とも揶揄される竜種が出現するという。
最初に在ったダンジョンは「起源の迷宮」ただ一つ。しかしその後、「起源の迷宮」を中心として、次々をダンジョンが発生した。それはまるで、「起源の迷宮」を守護しようとするように見えた。
即座にシルバディアは各ダンジョンの討伐に乗り出し、それらを撃破することに成功する。しかし、最奥に陣取るダンジョン・ボスを討伐しても、ダンジョン自体が消滅することはなかった。ある一定の期間の後にダンジョン・ボスは復活し、最奥で再びシーカーを待ち受ける。そして知る。その存在を無視するとダンジョンは階層を増し、攻略がより困難になることを。
放置するという失敗によって形成されたのが、現在シルバディアが有している5つのダンジョンである。だからこそ、「管理」なのだ。
アルカナは1層の端に到達し、初めて2層へと続く階段を覗き込んだ。幅が3メートル以上ある土の階段は、まるで地獄へと続いているかのように下へと伸びている。1層から2層までの階段は意外と長く、下がどうなっているのか窺い知ることはできない。
「よ、よし」
自分に言い聞かせるように気合いを入れ、アルカナは階段を下り始める。単体のゴブリンに対し、負ける自分は想像できなくなっている。しかし、それはあくまでも1対1の場合だ。2層では複数のゴブリンが、同時に襲撃してくる可能性がある。そのときに対処がでるかどうか、アルカナには判断できなかった。
怖い。
もしかしたら、大怪我をするかも知れない。
死んでしまう可能性だって否定できない。
止まりかける足を、意思の力で動かす。
思いのほか堅い地面が、アルカナの足を受け止める。
それでも、いつまでも1層で停滞している訳にはいかないのだ。
近付く階段の終点を目にし、アルカナは左腰に佩いている短剣に手を回す。そして、柄を握って周囲を警戒する。張り詰める緊張の糸。シンと静まり返る空間。階段を踏み締める足音が、やけに大きく響く。そして、アルカナは2層に到達した。
「始まりの迷宮」2層も、熟練のシーカーからすれば安全地帯だ。通路が孤を描いたり、直角に曲がったりするため視界が悪く、1層に比べ全エリアが広くなっている。しかし、あくまでも1層と比較しての話であり、複数が同時に襲撃してくる可能性があるとはいえ、あくまでも相手はゴブリンなのだから。
アルカナの周囲に他のシーカーはいない。「始まりの迷宮」はほぼ初心者専用のダンジョンであり、早い者で10日、遅くても30日程度で通過していく。シーカーの新規登録者は、多くても1日10人前後。そのため、必然的に「始まりの迷宮」上層は人口密度が低くなる。逆に、才能やそれに見合う努力が必要なランク3に到達する者は非常に少なく、ランク2で頭打ちになっているシーカーの数が圧倒的に多い。
耳が痛いほどの静けさの中、アルカナは2層を奥へと進み始める。自分がいる位置からは見えない場所や、分岐する道の先を注視するものの何も感じ取ることはできない。短剣を鞘から抜き、前に突き出した状態でアルカナは岐路まで歩を進める。その瞬間、風切り音がアルカナの耳に響いた。
物陰からの不意打ち。
身構えていたアルカナは、その一撃をどうにか弾く。ゴブリンの強襲は失敗したかのように思えた。しかし次の瞬間、アルカナの足から鈍い音が響いた。
「ぐっ・・・」
突然、脛に走る激痛に顔をしかめ、アルカナは慌てて後方に下がりゴブリンと距離を取る。視線の先には、アルカナにこん棒を弾かれたゴブリンの他に、緑色の魔物が2体立っていた。このゴブリンたちは、拙いながらも共闘しているのだ。
足から駆け上る激痛を我慢し、アルカナはジリジリと距離を詰めるゴブリンに対峙した。
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