「始まりの迷宮」

2/3
前へ
/28ページ
次へ
「そろそろ、出迎えに行かねばなりませんね」  窓の外に視線を送り太陽の高さを確認した女性が、長い髪を靡かせて振り返る。金色の髪は光りを集めて煌き、銀色の瞳はこの世に存在するあらゆる宝石を凌駕する輝きを放っている。一点の曇りもない陶器のような肌は純白で、整った目鼻立ちは、美の結晶と言われるエルフと比較してもまったく遜色がない。 「イーフェ様」  少し離れた場所で恭しく頭を垂れる侍女に、イーフェと呼ばれた女性は目だけで自らの意を示す。即座に数人の侍女が駆け寄り、その虹彩と同じ銀色の鎧を装備していく。  鎧は銀色ではあるが、銀製品ではない。魔力を帯びた稀少金属であるミスリル製である。鋼鉄製よりもはるかに軽く、より堅固であり、魔力伝達率が高いため付与魔法にも適している。全てのシーカーが憧れる一品だ。ただし、稀少金属であるため非常に高価であり、このような装備をできる者はハイランクのシーカーなどに限定される。  イーフェはシルバディア王国の第一王女である。その装備は、至極自然に彼女の身を包んでいく。純白の鞘に収まる長剣を手にし左の腰に装着すると、イーフェは立ち並ぶ侍女の間を通り抜け廊下に出た。これから向かう先は迷宮管理局だ。  イーフェが廊下に出ると、外で待っていた複数の騎士がそれに付き従う。青色の甲冑に身を包んだ騎士隊は、イーフェ専属の近衛である。イーフェの方が戦闘能力が高いため本来であれば無用だが、王女が一人で外出することなど許されないのだ。  赤色の絨毯が敷き詰められた王城の廊下を歩き始めてすぐ、正面から近付いて来る足音に気付いたイーフェの表情が曇った。 「よう」 「ネクスお兄様」  声を掛けてきた人物に、イーフェは浅く頭を下げる。  純白の髪を撫で付け、前髪だけをドリルのように尖らせた奇抜な髪型。それに加え、曇った緋色の瞳。正面から歩いてきた人物はイーフェの兄、シルバディア王国第一王子であるネスト・シルバディアであった。 「オマエ、そんな格好で一体どこに行くつもりなんだ。ダンジョンにでも潜るのか?」  ネクスは歪んだ笑みを浮かべ、イーフェの表情を窺いながら訊ねる。  シルバディア王国は長子の世襲制度ではない。最も能力が高く、功績を挙げた者が次代の王に指名される。それを判断するのは現国王と、それを補佐する重臣たちである。ゆえに、次の王座を狙う者にとって、他の王族は敵以外の何者でもない。  イーフェはネストの問いに、内心で嘆息しながら答えた。 「これから、迷宮管理局に向かいます」 「な、なに・・・迷宮管理局だと?・・・まさか!!」  淡々とした口調のイーフェとは対照的に、それを耳にしたネストは余裕の笑みを崩した。イーフェはさらに、平坦な口調で続ける。 「先行隊の報告によれば、本日の夕刻に帰還するとのことですので」 「い、い、いったい、何層まで到達したのだ!?」 「37層まで、です」 「さ、さ、さ、さ、37・・・何かの間違いだろ。いや、そうだ、何かの間違いに決まっている!!」  これ以上話すことはないとばかり、狼狽するネストに軽く頭を下げるとイーフェは道を譲るようにして廊下の端を通り抜ける。ネストは勢い良く振り返り、顔を紅潮させて地団駄を踏んだ。  イーフェとネストは、シルバディアが誇る二大クラン――クランとはダンジョン・シーカーが所属するグループ――のマスターである。互いに対抗心を燃やしながら、「起源の迷宮」の最奥を目指してアタックを続けている。  その攻略記録は、ネストが指揮するクラン、レグルスが保持する34層だ。いや、だった。今の話が本当であれば、レグルスの記録を大幅に更新し、イーフェがマスターであるレクスが最奥記録を保持することになる。  ネストは歯噛みする。自身の能力を誇示するには、自らが指揮するクランの最奥記録が最も効果的だからである。  廊下を進み角を曲がったところで、イーフェは大きなため息を吐いた。野心家であるネストと違い、イーフェは王座に何ら興味がない。イーフェは、「起源の迷宮」の最奥に到達したいだけなのだ。  突き当たりの扉を見詰めた後、イーフェは表情を引き締めて再び歩き始める。  クラン・マスターとして、メンバーか遠征から帰還するときには、必ず出迎えることにしている。それは、クラン・マスターの地位とともに引き継いだ意思であり、覚悟でもある。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加