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まだ足が震えている…気がする。揺れる電車の中だ傍目から見れば、そうでも無いのかもしれない。
でも
まださっきの事が気になって、怖くて仕方なかった。
あの後 ごめん とだけ言って美浦は玄関を開けてくれた。俺は這い出る様に逃げ帰って来た。
「何であんな事」指で唇をなぞる。あの唇の感触だけ何度も思い出してしまう。アイツ何んで、あんな事……
学校の帰り俺の靴箱の中に丁寧に梱包された本が入れられていた。入れた奴は誰かしっている。美浦が約束の本を突っ込んで行ったのだ
美浦はあの日から俺の前に現れない。俺も会いに行く気にはなれないでいた。どう気が狂ったのかは知らないがキスしてくる男友達なんて聞いた事がない!絶対アイツが謝って来るまで許さないからな!!
とは言え、この本はネットで購入した時のままの包装に包まれている。
貸してやらないといけない事になっている。憂鬱だ
それから数日が経った、あんなに面白かった本が面白くない。美浦の事が気になって集中できずに上の空だ。読むには読んだ、貸してやらないと…正直、顔を合わたくない
人気が無くなった放課後、俺は意を決して彼の教室に向かった。と言っても彼がこの時間教室にいる訳はない。デートやバイトで多忙な彼がいる訳がない
教室に人の気配は無く、窓を覗くこともせずにドアを開けた。滑りの悪い引き戸はガラガラガラとガサツな音を立てる。
しかし、机の上に足を組んで乗せている美浦が目に入った。
居た!! 何故だか少し嬉しくなってしまっている事に気がつかない俺
彼は器用な体制で眠っている様だ。
古ぼけた学生机はちんまりとしていてガタイの良い美浦が使うと不恰好に見える
彼の机の上に本を置き逃げるように教室を出る。後ろ手に引き戸を閉め
「…」でも、このまま言葉を交わさずに逃げて良いのだろうか?後腐れが残らないだろうか?きっと本だけ置いて逃げてしまえば”あの事”も無かった様に美浦と遊んだ日の事も忘れられるのだろうけれど…
胸が締め付けられた様に痛む。そんなに楽しかった覚えもないのに美浦の屈託の無い笑顔が頭から離れない。 ダメだ!ダメだ! 逃げるな俺!
俺はあの キス の意味が知りたい!!
美浦は起きていたのか、それとも俺がウダウダしている間に起きたのか、机に突っ伏し、さっきの本を力なくめくっている。
俺は教室に入ったは良いが、引き戸の前から先に進む勇気が出ずにいた。
美浦…こっちを見もしてくれない。
「…あれは。あのキスは…どういう意味だったのかずっと考えてた。読書も手に付かないくらい俺。お前の事しか考えられなくて」声が震える。
「意味なんてねーよ。キスしたかったからキスしただけで」美浦はそっけなく目線を変える事もせずに言う
「でも、俺の事が好きなんだって言った…好きだって…」そう、あの言葉が引っかかっていた。美浦はあの日、俺の事を好きだと言ったのだ。女誑しの美浦が可愛くもない男の俺に 好き だと言った
逃げ出したくなるくらいに頭の中がぐちゃぐちゃだ。意味もわからぬままキスされた事なんかより、好きだと言われた事に動揺していたのだと自分の言葉で気付かされる。
そして今、美浦にキスして欲しいと思っている。また好きだと言ってほしくてたまらない。
唇の寂しさを誤魔化す為に、震える声を整える為に指で口を抑える。目線を落として堪えるしかない。
こんな気持ち悟られたくない。絶対気持ち悪がられる
近づいてきた美浦の影が床に落ちるのが見えた。
「ごめん。あんな事したから田沼と顔合わせづらくて、今も。だからそのまま聞いて欲しいんだけど」さっきまでの突き放した様な口調とは違う、いつもの溌剌とした口調とも違う、落ち着いた声で美浦は話す「さっきも言葉が足らなかったごめん。 好きだって言ったのは本当。だからキスしたくて我慢できなくなった。あの時言ったそのままの意味」
美浦は俺の事が好き。キスしたいくらいに
「田沼にキモがられたって思ったし、自分でも意味わかんなくて悩んで、合わない方が良いと…本だけは渡さないとって下駄箱突っ込んどいた。コレで会わなくて良いはずなのに、毎日ココで田沼が来るの待ってた。会いたくて…」
俺が迎えに来た事なんて一度もない教室で毎日待っていたのか
「また困らせるから言わないつもりだった。けど、もし田沼がオレに会いに来てくれたらその時は」
美浦の顔を見なければいけない。そんな気がて伏せていた顔を上げた。
夕焼け色に染まる美浦と目が合う。手が届きそうで届かない距離。
この距離がとても焦ったくて歯痒い。
「オレと付き合って」
「うん」
予想通りと言えば予想通りの台詞の後、俺は自分とは思えない返答をした。
こんな男に告白されて、こんなに胸が高鳴るなんて思いもしなかった。しかもOKしてしまうとは
足の力が抜けて座り込んでしまう。コレで2回目だ。
だけどこの前とは違う、美浦がそっと距離を詰め手を差し出す。それを掴む。
引き上げてくれるのか?今日は怖くないし、引き上げて欲しい。
けど美浦は引き上げるどころかコチラに屈み、指を絡ませててくる。
え??ちょ!!待って!!心の準備が!!!
俺と美浦の重さに耐えかねて古い引き戸が撓る。
絡み合う指が熱い。唇が溶け合うのではないかと思えるほど何度も何度も重ね合わせる。
こんな事したのは初めてなのに、身体が勝手に彼に引き寄せられてく。離れたく無い
酸素が足りないみたいに朦朧としていると美浦は息を整えるために、俺の前に座り直す。
「どうしたの?」
「そろそろ帰らないと」
時計は5時を過ぎている。部活動を終えて帰る生徒達の声が聞こえ始めた。確かに帰らないと電車がなくなってしまう。
「でも、もう少しだけ。美浦とこうしていたい」
自分でも驚く、甘ったるい声が出た。それを聞いて美浦はドングリの様に目を丸くした、で見る見るうちに耳を赤く染める。
二人で手を繋いで駅に向かった。人目を避けて。
「美浦って、俺を試す様な事をして、意外に女々しいんだな」と揶揄いながら、胸躍らせて。
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